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少女と猫とお人好しダークエルフの魔石工房  作者: 江本マシメサ
第二部 少女はダークエルフと商売を始める!
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少女は公爵の話に耳を傾ける

 いつも飄々としていて隙を見せないフォースターが、動揺を瞳に滲ませている。

 それはエルが問いかけた質問に対して、思うことがあると言っているようなものだろう。


「お願い。知っていることがあったら、教えて。知らないというのは、とても、恐ろしい……」


 大人から見たら、エルはまだ子どもだ。もしかしたら、聞くにはまだ早い話なのかもしれない。

 それでもエルは、知りたかった。


 シンと、静まりかえる。やはり、エルに話せないのか。そっとフォースターを見たら、彼も今にも泣きそうな表情でエルを見つめていた。 


「おじいさん、わたしは、あなたの家族なの?」


 そのエルの言葉が、引き金となったのだろう。フォースターの瞳から、一筋の涙が零れる。

 小さく、消え入りそうな声で「そうなんだよ」と答えた。


「君は、驚くほど、娘の面影を残していた。けれど、本当の孫娘かどうかは、半信半疑だったんだよ」

「どうして?」

「天使が私の罪を裁くために、娘の姿を借りてやってきたのだと思っていた」

「罪って?」


 言葉はなく、フォースターは静かに涙を流す。エルは立ち上がり、フォースターの隣に座るとハンカチを差し出した。


「君は、本当に天使だね。早く、私の心臓をひと突きして、地獄へ突き落としてくれないだろうか」

「何を、言っているの?」

「私は、それだけの罪を犯したのだ」


 静かに、ぽつりぽつりと話し始める。


「若い頃の私は、権力こそすべてだと思っていたんだよ」


 出世のためならば他人を蹴落とし、罠に嵌め、欲望に溺れさせることも平気で行っていた。そうして得た地位から、人々を見下ろすことに喜びを覚える最低最悪な人間だったという。


「もっとも罪深い行為は、国王に娘を差し出したことだろう。娘はすでに婚約者がいて、結婚間近だった。かつての婚約は、家同士の繋がりを強くするための政略結婚だったが、娘と婚約者の男は、深く愛し合っていたのだ」


 キャロルに聞いた話の通りである。フォースターは本当に、幸せな恋人達の仲を引き裂いていたようだ。


「婚約者の名は、フーゴ・ド・ノイリンドール。君の、お父さん、だね?」

「そう」

「彼には、本当に、酷いことをした」


 フーゴを犯罪者のように扱い、王妃に横恋慕した哀れな男という噂も流させたという。


「そんな彼を、私は、利用したのだ」

「双子の片割れとして生まれたわたしを、連れ去るように、と?」

「君は――その話を、聞いていたのか? だからずっと、私に冷たくしていたのか?」

「ううん、知らなかった。冷たくしていたのは、なんとなく。おじいさん、なんだか胡散臭かったし」

「それは……喜んでいいのか、悪いのか。わからないな」

「そうだね」


 娘を国王に差し出し、絶対的な地位を得たあと、フォースターは娘から絶縁宣言を受ける。そのときになって、我に返ったという。


「私はなんて、罪深いことをしてしまったのかと。でも、もう遅い。娘と国王は、国を守護する大精霊の前で永遠の愛を誓ってしまった」


 もしも、娘が助けを求めたら、手を貸そう。フォースターはそう思っていた。

 しかし、王妃となったフォースターの娘は、二度と、父親に助けを求めなかったのだ。


「娘は、双子の娘を産んだ。大精霊の予言にあった『救国の聖女』は一人だった。双子ではない。あとから生まれたほうを殺そうと決まったときにも、娘は虚ろな瞳で頷くばかりだった」

「そう」


 もうどうにでもなれ、という心境だったのかもしれない。

 会ったこともない母親に対して、酷いと思う心境は欠片もなかった。


「娘はどうであれ、私は、助けたかった。それが、大精霊の予言や因習に反するとしても」


 フォースターはフーゴを呼び寄せ、ありもしない罪を被せた。王都から追放させる振りをして、双子の片割れを託したのだ。


「ただ、乳離れをしていない赤子を、子育ての子の字も知らない男に託すのは、殺したも同然だと思っていた」


 不吉な双子の子どもを生き長らえさせたのに、戦争も災害も起こらないのは、どこかで死んだからなのだろう。

 フォースターは長い間、そう思っていた。


「私の罪は、これだけでは、ない」


 フォースターは掠れた声で呟く。フーゴ・ド・ノイリンドールを、助けることができなかった、と。


「助ける?」

「彼は、王妃誘拐の罪で、処刑されてしまったのだよ」


 サーッと、血の気が引いていくのを感じていく。

 フーゴは、病死でも事故死でもなく、処刑されて命を散らしたのだ。

 王妃が黒斑病で亡くなったことは知っていたが、それにフーゴが関わっていたのは初耳だった。


「フーゴ・ド・ノイリンドールは、親友が、黒斑病の治療法を知っている、と言って、連れて行こうとしていたんだ」


 フーゴの言う親友とは、モーリッツのことだろう。エルの手が、ガタガタと震える。


「私も、頭に血が上っていたんだ。だから、本気で助けようとしなかった。その親友が、本当に黒斑病の治療方法を知っているとは、思わずにね」


 処刑される日に、フォースターはフーゴと面会した。そのときに、フーゴはモーリッツとエルについて話す。


「南の辺境にある森に、十二年前に託された子と、モーリッツがいる、と」


 その瞬間、フォースターは思い出す。

 モーリッツならば、黒斑病の治療法を知っているだろうと。

 気付いたときには遅かった。いくらフォースターが奔走しても、処刑を中止させることはできなかったのだ。


「フーゴ・ド・ノイリンドールの遺言通り、十二年前に託した娘と、モーリッツを探しに出かけた。けれど、見つけられなかった」


 初めてフォースターと会ったときに、彼は親友を探しに行っていたと話していた。

 エルとモーリッツを探しに行った帰りだったのだろう。


「どれだけ探しても、見つけられなかったものだから、死んだと思っていた」


 おそらく、モーリッツが張った結界があったのだろう。おまけに、深い森の中に住んでいたのだ。見つけるのは困難だっただろう。


「けれど君は、生きて、私の前に現れた。エル、君が、十二年前に逃がした双子の片割れだと、思うだろうか?」

「普通は、思わない」

「だろう? まだ、私を裁きにきた天使というほうが、信じられる」


 エルを前に、フォースターは涙をポロポロ流す。


「本当に、奇跡だ。こんなに嬉しいことはない。君を今すぐ抱きしめたいのに、私の手のひらは、罪で汚れている。触れるわけにはいかない……」


 目の前で涙するフォースターは気の毒である。しかし、同情する気にはなれない。

 ただ、フォースターがエルの家族であるということには、変わりなかった。

 エルは優しく、フォースターの丸めた背中を撫でてやる。


「君は、天使だ」


 フォースターの罪を裁くことはできない。天使ではないから。

 けれど、できることはある。


「今度、何か酷いことをしたら、家族であるわたしが責任を持って、心臓をひと突きするから」


 エルの辛辣な言葉に、フォースターは微笑みを浮かべる。


「ぜひ、そうしてくれ」


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