少女は公爵に問いかける
フォースターは最初から、エルが孫であることを、知っていたのかもしれない。
だとしたら、どうして今まで知らない振りをしていたのか。
聞き出すのは、正直に言えば恐ろしい。一人では、絶対に聞けなかっただろう。
けれど今は、イングリットがいる。「フォースターから話を聞くべきだ」と言わんばかりに、強く手を引いてくれていた。
それが、どれだけ心強いか。正しい道へ導いてくれるイングリットの存在に、エルは救われていた。
フォースターの執務室の前には、侍従が立っていた。
エルの存在に気付くと、姿勢を低くして問いかける。
「ご主人様に、ご用でしょうか?」
「う、うん」
「かしこまりました。しばし、こちらでお待ちください」
「わかった」
エルのほうからフォースターへ話しをしに行くのは、初めてだった。ドキドキしながら、廊下で待つ。
三十秒と待たずに、侍従が戻ってきた。「どうぞ」と、手で示してくれる。
一歩、部屋に入ると、執務机につき、サラサラとペンを走らせているフォースターの姿が見えた。
ドキンと、胸が大きく跳ねる。
もしかして、忙しい時間にやってきて、仕事を邪魔してしまったのではないか。
内心、冷や汗たらたらであった。
しかし、フォースターはすぐに顔を上げ、にっこり微笑んでくれる。
「珍しいね。君のほうから、私に会いにきてくれるなんて。嬉しいから、記念日にしようか。エルが初めて、私の部屋に来てくれたすばらしき日だ。記念品も、作らせよう」
エルが反応を示さずとも、フォースターはペラペラと喋り続ける。
緊張しつつやってきたのに、脱力しそうになってしまった。
「それで、何用かね?」
「話、長くなると思う。平気? 忙しくない?」
「君の用事以上に、大事なことはないよ。隣の部屋へ移ろうか。インク臭い部屋で、君と過ごしたくない」
フォースターは立ち上がり、続き部屋となっている隣へ誘う。そこは、フォースターの私室のようだった。
「ここはね、掃除をする使用人と侍従以外、誰も入れていない部屋なんだよ。初めての客人だ」
「私も、入っていいのか?」
イングリットは気まずげに質問する。
「もちろんだ。エルが、大事に思っている人だからね。私も同じように、尊重したい」
「だったら、遠慮なく」
フォースターの私室はそこまで広くない。毛足の長いふかふかの絨毯に、淡い陽光が差し込む窓、落ち着いた色合いの家具が並んだ、温もりを感じる内装である。
絢爛豪華なフォースター公爵家当主の私室とは思えない、シンプルな部屋だった。
「エル、私の部屋はどうだね?」
「なんていうか、無駄なものが何一つない感じ」
「そうなんだ。ごちゃごちゃした装飾は、ときに精神を疲弊させるからね」
「それは、なんだかわかるかも」
エルはフォースター公爵家の部屋よりも、イングリットと住んでいた部屋のほうが落ち着く。貴族の家の内装は、フォースターの言葉を借りるならば「ごちゃごちゃ」なのだ。
侍従が紅茶と菓子を運んでくる。せっかく持ってきてくれたのだが、胸がいっぱいで口を付ける気にはならなかった。
今、心の中で燻っている問題を解決しない限り、好物であっても喉を通さないだろう。
「話を、始めてもいい?」
「どうぞ」
エルは息を大きく吸い込んで、深くはきだす。
イングリットが奮い立たせてくれるように、背中を撫でてくれた。
大丈夫と自らに言い聞かせ、口を開く。
「おじいさんは、わたしのことを、知っていたの?」
「はて。それは、どういう意味かな?」
フォースターは笑顔を崩さずに、エルに問いかける。
狐ジジイは、簡単に尻尾を出してくれないらしい。
遠回しな質問で、相手のほうから話をさせる方法は通用しないのだろう。
真実を織り交ぜつつ質問した。
「わたしとおじいさんが、血縁関係にあるってことを、知っていたのか聞きたかったの」
フォースターから、初めて笑顔が消えた。




