少女は出生の真実に触れる その二
「エルさんの瞳は、薄暗い場所だと青みがかっていて、以前大迷宮で会ったときは気付かなかったのですが、明るい場所で見ると、美しい緑色の瞳なんですよ」
「だったら私は――!?」
「おそらく、国王陛下と王妃のお子様でしょう」
くらりと、目眩を覚える。視界がぐにゃりと歪んだ。
白銀の髪は、母親譲りらしい。そして瞳は、王家が代々引き継ぐものであると。
思えば、フーゴと似ているところなど、一つもなかった。
気付いた瞬間、目の前が真っ暗になる。
「お、おい、エル! 大丈夫か!?」
イングリットに肩を掴まれ、耳元で名を呼びかけられた瞬間ハッとなる。どうやら、一瞬気を失っていたらしい。
「すみません。衝撃的な話を、いろいろしてしまって」
情報量があまりにも多くて、エルは言葉を失っていた。代わりに、イングリットが問いかける。
「キャロル。あんたは妙に、王妃とエルの父親についての話に詳しいな」
「ええ、実は……」
神妙な様子で、キャロルは口を開く。
「私、『王妃、最後の恋』の大ファンでして」
「王妃、最後の恋、だと?」
「はい。十年前に出版された、王妃とフーゴ・ド・ノイリンドールの恋を元に執筆された本があったのです」
瞬く間に話題の本となったが、発売からたった三日で即回収された幻の本らしい。それを、キャロルは隠し持っていて、何度も何度も読んでいたようだ。
「王妃と親しかった侍女の監修のもと、書かれていたもので、創作とはいえかなり事実に忠実に書かれていたようです」
「なるほどな」
「今日、フォースター公爵家にやってくるときも、まさか聖地巡礼が叶うとは思いもせず」
「聖地って……」
「だってここは、物語序盤にあった衝撃的なシーンである、鬼畜公爵から婚約破棄が告げられる場面があった場所で、もしかしたら、あの、人の心を持っているとは思えない生きる伝説、生きる残酷、恋人達の敵、フォースター公爵に会えると思ったら、興奮して――!」
「キャロル、すまないが、ちょっと黙っていてくれないか?」
「す、すみません」
イングリットはエルをぎゅっと抱きしめ、背中を優しく撫でてくれる。
「イングリット……! わたしのお父さんは、お父さんでは、なかった」
「そんなことはない。エルのお父さんは、ずっと、エルのお父さんをしてくれていただろう? 大事なのは、血縁じゃないんだ。お父さんが、きちんと、お父さんであったかなんだよ」
記憶の中にある、フーゴの姿が、言葉が、甦る。
――エル、帰ったぞ!
いつも泥だらけで、獲物を片手に帰ってきた。エルはいつも、汚い恰好で帰ってこないでと、憤っていた。
――エルの料理は、世界一おいしいな!
貴族の生まれで、おいしい料理をたくさん知っているはずなのに、いつもいつでも、フーゴはエルの料理を褒めてくれた。
――エルは、最高の娘だ。モーリッツの爺さんにしか自慢できないのは、悔しいがな!
フーゴはエルに、惜しみない愛情を注いでくれた。
イングリットの言う通り、フーゴは確かに、エルの父親だった。
血縁なんて、関係ない。
「エル、もう、この話を止めるか?」
「ううん、大丈夫」
ずっと、心の中でモヤモヤと燻っていたのだ。これを機会に、いろいろとはっきりさせておくのは、悪いことではないのだろう。
「でも、どうして、お父さんはわたしを、森に連れて行ったの?」
「それは――」
キャロルは言いにくそうに、口ごもる。この際なので、はっきり言うよう急かした。
「では、言わせていただきますが、王家では、双子の子どもは不吉とされているのです」
王家の歴史を遡ると、多くの双子の子どもが生まれていた。
「双子が生まれるたびに、王位継承権を争う内戦が起きていたんです。加えて、双子が生まれると、自然災害に見舞われることが多かったようで」
双子の王族は不吉だ。もしも生まれたら、片方は殺すべきである。
そんな因習が生まれるようになったらしい。
「ここから先は完全な推測なのですが、フーゴ・ド・ノイリンドールは、子どもが殺される前に、王妃に頼み込まれてエルさんを連れ去ったのではないのかな、と」
「王妃様が、お父さんに?」
「ええ。これも推測なのですが、そのための、追放だったのかなと、思わなくもないのです」
「ということは、もしかして、フォースターは?」
「共犯の、可能性が高いですね」
フォースター自身が、フーゴが逃げやすいように、あえて王都から追放するように仕向けたと。
「だったら、フォースターは、わたしのことを、知っているの?」
「かも、しれないですね」
今までの行動や言動は、すべて孫であるエルへかけられた言葉だったとしたら――。
「とんだ、狐ジジイだな」
「ええ」
エルはすっと立ち上がる。一歩踏み出した瞬間、イングリットに手を引かれた。
「エル、どこに行くんだ?」
「フォースターのところへ」
真実を、聞き出さないといけない。
フォースターとの関係は黙っているつもりであったが、相手が知っているとなれば話は別だった。
「わたしは、聞く権利が、ある」
「わかった。ならば、一緒に行こう」
「ありがとう、イングリット……!」




