少女は出生の真実に触れる
「キャロル、わたしのお父さんを、知っているの?」
「知っているも何も、十二年前の事件は有名で、最期も――あ、いや、なんでもありません」
シン……と静まり返る。このまま「はい、そうですか」と流せる話題ではない。
「キャロル、お父さんについて、知っていることがあったら、教えて」
「いや、娘さんの耳に入れることではないよなーと」
「キャロル!!」
エルは立ち上がり、キャロルのもとへと駆け寄った。
「お願い、キャロル。わたし、お父さんについて、知りたいの」
「で、でも……」
「一生のお願い! 何でもするから!」
「エルさん、ダメですよ。なんでもするとか言っては」
「いいの! わたしは、お父さんについて調べるために、王都に来たのだから」
ポロリと、涙が零れる。
王都に来るまで涙は我慢していたのに、イングリットに出会ってからすっかり涙もろくなってしまった。恥ずかしく思いながら、頬に流れる涙を拭う。
イングリットが、そっと優しくエルの背中を撫でてくれる。
「キャロル、私からも、頼む。どうかエルに、父親についての話を聞かせてほしい」
「いい話ではないですよ?」
「それでも、わたしは、知りたい……!」
「わかりました」
キャロルは深く長いため息をついてから、語り始める。
フーゴ・ド・ノイリンドールという、一人の男の話を。
「フーゴ・ド・ノイリンドールは、歴史あるノイリンドール侯爵家の三男で、亡くなった王妃様の元婚約者でした。それはそれは、仲睦まじいカップルだったと、評判だったそうです。しかし、とある夜会で国王陛下が王妃様に一目惚れし、求婚なさったので、お二方の婚約は破棄されたのです」
「……」
キュッと、エルは唇を噛みしめる。
ネージュを通じて王妃が母親かもしれないという事実を知ったエルは、自分がどのようにして生まれたかまでは考えたくなかった。
フーゴと王妃は婚約で結ばれた関係で、かつては愛し合っていた。
仮に、二人の不貞の末に生まれたとあれば、あまりにも辛い事実である。
「王妃様は、結婚されてからも、フーゴ・ド・ノイリンドールを深く愛していたそうです。それに嫉妬した国王陛下は、当時王太子の近衛部隊だった彼を、辺境の村の警備隊長として左遷してしまいました」
「そう……。お父さんは、騎士、だったんだね」
その情報すら、エルは知らなかった。
生活能力は皆無だったが腕っ節は強く、背筋がピンと張っていて立ち姿は美しかった。騎士だったと聞き、エルは納得してしまう。
「王妃様の結婚から数年経った聖夜祭の晩、国を守護する大精霊セレスデーテより、三百年ぶりに神託が下りました。次なる王家の王女は、国を救う『救世の聖女』である、と」
「救世の、聖女……!」
「はい。その翌月、王女リュミエール様が誕生したのです。同時に、衝撃的な事件が発覚しました。王妃様と、フーゴ・ド・ノイリンドールが密会していると」
王妃とフーゴの関係は、ずっと続いていたようだ。その事実に、フォースターは激怒。
フーゴを訴え、国外追放の刑にまで追い詰める。
「結局、国外追放はできなかったのですが、フーゴ・ド・ノイリンドールは十年間の王都立ち入り禁止に加えて、騎士の位を剥奪。それから、二度と王城を跨ぐことを許されなかったそうです」
話を聞いているうちに、ポロリ、ポロリと涙が零れる。
本当に、フーゴが王妃と密会していたのならば、それは罪だろう。けれど二人は、本来ならば結ばれるはずの幸せな男女だったのだ。
引き裂いたのは、国王であり、フォースターである。
「エル……」
イングリットが、エルをぎゅっと抱きしめてくれる。すると、余計に涙が溢れてきた。
一人ではなくてよかったと、エルは優しい温もりに触れながら思う。
「事態はフーゴ・ド・ノイリンドールが追放されるだけでは、収まりませんでした。王妃が産んだ王女まで、疑いの目が向けられるようになったのです」
子どもは、フーゴとの不貞の末に生まれた子ではないのか。
王家に手厳しい非難が集まった。
けれども、それもすぐに収束する。
「王家の者は、代々受け継ぐものがありました。エルさんは、ご存じですか?」
「いいえ」
キャロルが指し示したのは、自らの瞳。
「王族の者は、初夏の森のような、若々しくも深い、緑の瞳を持って生まれるのです。王女は、国王陛下と同じ、緑色の瞳を持っていたのですよ」
新生児は通常、瞼を閉じて生まれてくる。それから、数日経ったらぱっちり開くようになるのだ。
王女が瞼を開くまでの数日間、王妃は一人矢面に立っていた。
「王女は、不貞の末に生まれたわけではなかったのです」
「そう、だったんだ」
ホッとしたのもつかの間のこと。ここで、新たな疑問が生じた。
十二年前、王妃は王女を出産した。
ならば、自分は王妃の子どもではなかったのかと。
「わたしのお母さんは、いったい、誰だったの?」
「エルさん、この鏡で、ご自分の瞳をよーく見てくださいな」
キャロルから手渡された鏡で、エルは自らの瞳を覗き込む。
初夏の森のような、若々しくも深い、緑の瞳が、映っていた。




