少女とダークエルフは国家錬金術師と再会する
翌日、エルとイングリットのもとにある人物が訪問する。
「もー! 居場所を教えてくれないなんて、酷いですよー!」
エルとイングリットを前に憤っているのは、国家錬金術師のキャロルであった。
手紙を受け取った彼女は、魔石バイクに塗る塗料を用意し、下町の工房に足を運んだのだ。
「工房はもぬけの殻。魔法騎士がうじゃうじゃいて、不審者扱いされた上に、関与も疑われて――」
「いや、すまなかった」
「キャロル、ごめんなさい」
危うく連行されそうになったが、寸前でイングリットが残していた魔法に気付いたのだという。
「ああいうの、ほとんどの魔法使いは気付かないですからねー!」
「いや、あんたみたいな優秀な錬金術師ならば、気付くと思っていたんだよ」
「褒めても、許しませんから!」
そうは言ったものの、キャロルの眉間の皺は解れている。案外、褒め言葉に弱いようだ。
イングリットが残した伝言は、ほんのちょっとの魔力の残滓で描いた文字。キャロルはイングリットの魔力の質を、記憶していたために読めたのだ。
「私達は今、騒ぎに巻き込まれていてな。姿を隠さなければならないんだ」
イングリットの言い訳を聞いたキャロルは、チラリとエルを見る。
「もしかして、黒斑病の原因となった魔女として、追われているとか、ですか?」
沈黙は、肯定しているようなものだった。
「魔女は、王女様にそっくりだと、噂されています。エルさんは……」
「わたしは、黒斑病の原因となった魔女じゃない」
「はい、わかっています」
キャロルがあっさり同意したので、エルはキョトンとしてしまう。
「どうして、わたしが魔女ではないって、わかるの?」
「黒斑病は、感染症です。魔法の類いで広められるものではないので、人為的に感染が広がったという解釈は間違ったものかと」
キャロルの考えを聞いて、エルは安堵する。
「すみません、研究室に籠もりっぱなしだったので、あまり事態を把握していなくて」
黒斑病の研究をしているキャロルには一切情報が届かず、魔法騎士隊だけが動いている状態だったらしい。
「魔法騎士隊を動かしているのは、ローエンバルン侯爵家でしょう」
「ローエンバルン侯爵家?」
「ええ。魔法騎士隊を牛耳っている一族で、フォースター公爵家の政敵なんです」
フォースターが派遣した騎士が、火事で焼け落ちた村から一本のナイフを持ち帰った。
そこには、釘で引っ掻いたような文字が書かれていたのだ。
「――疫病は、森の魔物喰いが持ってきた。幼い少女であるが、呪われし存在。早く殺さないと、我々が滅びてしまう」
「な、何、それ?」
「国家魔法薬師の研究室にもたらされた情報です。一応、フォースター公爵が国家秘密レベルで保管を申請していたようですが、どこからか漏れてしまったようですね」
情報が錯綜し、文字が刻まれたナイフを持ち帰った話が、火事で焼けた村の生存者を連れ帰ったとまで情報がねじ曲がっていたらしい。
古の時代から、魔女と呼ばれる魔法使いは邪悪な闇魔法を操り、人々を苦しめていた。
外見を偽り幼い少女の姿をしている者も多かったことから、黒斑病の原因は少女の姿をした魔女だろうと、決めつけていたようだ。
「でも、なんで王女に似た銀髪の少女が魔女だと言われていたんだ?」
「それは、フォースター公爵がお城に戻ったときに、王妃に似た少女を見かけた、という話をしたらしいのです。それが、王妃の亡霊を見たという話になり、挙げ句の果てに王女に似た魔女が黒斑病の原因だ、みたいな噂として広がったのでしょう」
「人伝いに話が広まった結果、真実と噂話がごちゃごちゃになったってワケか」
「ですね。私も、ここに訪問するまでの間に、気付いたのですが」
キャロルの話を聞いたエルは、がっくりとうな垂れる。
話をまとめると、フォースターが話した内容と黒斑病の調査についての間違った噂が広がった結果、エルは追われることとなった、と。
「一言で表すならば、フォースター公爵のせい、だな」
「そうだね」
再び、キャロルはエルをじっと見つめている。
「キャロル、何?」
「いえ、見れば見るほど、王女にそっくりだなと思いまして」
「フォースターは、わたしを見て、王妃のほうに似ているって言っていたけれど?」
「亡くなった王妃様と、王女様は生き写しのようにそっくりなのです」
「そうなんだ」
エルは王妃の子である。証拠はないが、王妃が贈ったネージュがエルの手元にあった。
出生については、今のところ調査をする気にもなれない。
「そんなに似ているのならば、フォースターはどうして、王女に似ているって思わなかったんだろう」
「フォースター公爵は、王女を避けているようです。だから、生き写しだとご存じではないのでしょう」
「どうして、避けているの?」
「さあ? それは、わからないのですが」
何か、複雑な心境があるのかもしれない。それは、他人が推測して分かるようなものでもないのだろう。
「エルさんは、フォースター公爵の親族なのですか?」
「違う。私のお父さんは、フーゴ」
「もしかして、フーゴ・ド・ノイリンドールですか!?」
フーゴ・ド・ノイリンドール。それは、図書館に登録されていた、フーゴのもう一つの名前だ。
久しぶりの更新ですので、登場人物を書いてみました。
登場人物
エル
12歳
天才少女だが、自分の才能をあまり自覚していない。
ヨヨ
エルと契約した猫妖精。料理や洗濯が得意。
イングリット・フェルマータ
27歳
ダークエルフの美女。明るく、大雑把な性格。
王都にやってきたエルを、必要以上に気に懸ける。
モーリッツ
享年87
エルの師匠であり、かつては国の重鎮だった魔法使い。
親友であるフォースターと大げんかしたのちに、国を出た。
ツンデレジジイだが、エルを心の中では深く愛していた。
フーゴ
享年36
エルの父親。脳天気で、明るい性格だった。
王都では、フーゴ・ド・ノイリンドールという名前で貴族名鑑に登録されていた。
シャーロット
12歳
エルが客船で出会った金髪碧眼の美少女。王都にある貴族街の、シャモア通りの三番地に住んでいる。
ジルベール・ド・フォースター
79歳
フォースター公爵家の当主。飄々としているが、油断ならない人物。
いろいろと、複雑な問題を抱えている模様。
今でも、エルの訪問を心待ちにしている。
プロクス
エルと契約した火竜。クッキーが大好き。
フランベルジュ
エルと契約した剣。かつては炎の勇者と呼ばれていた。
キャロル・レトルライン
23歳
国家錬金術師。おっとりした性格だが、鋭い面もある。
ジョゼット・ニコル
26歳
黒髪縦ロール美女。魔法騎士隊第一機動隊第三席。神速の炎槍という二つ名を持つ。




