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少女と猫とお人好しダークエルフの魔石工房  作者: 江本マシメサ
第二部 少女はダークエルフと商売を始める!
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少女は公爵にちょっとだけ優しくする

 フォースター公爵邸にたどり着く。追っ手もいないようだ。

 玄関から入り、パタンと扉が閉められ、執事が施錠する。ここで、エルは胸を押さえて安堵した。

 フォースターは笑顔で話しかけてくる。


「さて、目的の品も入手したようだし、生クリームをたっぷり絞ったココアでも飲もうか」

「おじいさん、暢気にココアなんか飲んでいて大丈夫なの?」

「大丈夫、とは?」

「イングリットの家から出てきたところを、たくさんの騎士に目撃されたでしょう?」

「ああ、そうだね。だから、怪しく思われないように、娘の件で情報が手に入らずに大暴れし、連行されるという一連の演技をしてきただろう?」


 あれだけで、大丈夫なのか。エルは不安になる。


「おじいさんの行動は、怪しく映らない?」

「心配はいらないよ。そもそも私は、今までまともな行動を起こしてきた記憶がない」

「たとえば?」

「うーん、そうだな。何から話せばいいのか。人が死んでいないのがいいのかな?」

「いい。聞きたくない」


 エルがバッサリ切り捨てると、フォースターは眉尻を下げて悲しそうな表情をする。


「ココアを一緒に飲むだけだったら、いいよ」

「ほ、本当かい!?」

「その代わり、ココアには、ホイップクリームじゃなくて、マシュマロを浮かべてほしい」


 しょんぼりしていたフォースターの表情が、一気にパッと明るくなる。  


「そうか、そうか! エルはマシュマロが好きなのだね! 百個でも、二百個でも、載せるといい」

「そんなに載るわけないでしょう?」

「それもそうだな」


 フォースターは上機嫌な様子で、使用人を振り返る。


「マシュマロを浮かべたココアを用意するように。いいか? 百個も二百個も載せるんじゃないぞ」


 浮かれたフォースターの命令に、使用人達は表情を崩さず会釈した。


 イングリットは部屋で魔石バイクの設計図を見直すという。

 フォースターと二人きりになりたくなかったエルは、執事にヨヨやプロクス、フランベルジュを連れてくるよう頼んでおいた。


 長い廊下を、フォースターと並んで歩く。


「さてさて、ココアを飲みながら、どんな話をしようか。私のお嬢さんエル?」

「おじいさんのじゃないから」

「言うだけ無償タダだろう?」

「ダメなの」

「そうか」


 エルが冷たくあしらえばあしらうほど、フォースターを喜ばせてしまう結果となる。いったい、どんな態度で接すればいいのか、いまだにわからないでいる。


 ただ、フォースターはエル自身を気に入っているわけではない。

 孫娘そっくりで、娘の面影があるエルに、親しみを覚えているだけだろう。


「ねえ、おじいさん」

「なんだね?」

「おじいさんの、本当の孫も、わたしみたいに、可愛がっているの?」


 フォースターは動きを止め、引きつった表情となる。いつも飄々としているフォースターが、このような顔を見せるのは珍しい。


「聞かないほうが、よかった?」

「いいや、そんなことはないよ。私はね、孫娘に、怖がられているんだ」

「どうして?」

「それは――」


 フォースターの指先が、ガタガタと震えていた。エルは心配になり、ぎゅっと握る。

 とても冷たくて、驚いてしまった。


「冷たい手」


 エルはそう呟き、フォースターの手を両手で包み込んだ。


「そんな……君は、絶妙なタイミングで、私に優しくしてくれるんだね」

「弱っている人は、優しくしないといけないから」

「ますます、君のことが、好きになってしまいそうだ」


 これ以上好きになってもらっては困る。そう思ったエルは、手を離した。


「すまない。恥ずかしいところを、見せてしまった」

「大丈夫。いつものわたしに対するおじいさんの発言のほうが、恥ずかしいから」

「そうだったか。よかった」


 果たして、それはよかったのか。エルは考えるが、答えは見つからない。

 エルがじっと見つめていると、フォースターは潤んだ瞳を向けながら語り始める。


「孫娘はね、私が王妃を殺したと思っているんだよ」

「王妃様は、黒斑病で亡くなったんでしょう?」

「ああ、そうだ。だが、黒斑病がいる村に行くよう指示を出したのが私だと、誰かが吹き込んでいたようなんだよ」

「そっか」


 それが本当か嘘か、エルは問いただすつもりはない。自らが見たフォースター像だけを、信じているから。フォースター自身や、人が語る彼を信じるつもりは毛頭なかった。


 立ち話ではなんだからと、フォースターは居間へエルを誘う。そこには、マシュマロを浮かべたココアが用意されていた。甘いココアの匂いが、部屋の中に漂っている。


 エルの希望通り、ヨヨやプロクス、フランベルジュも連れて来られていた。


『エル、おかえり~』

『ぎゃう!(おかえりなさい)』

『意外と早かったな』

「うん、ただいま」


 返事をした瞬間、エルはギョッとする。

 なぜか、意識のないネージュまでも、一人掛けの長椅子に座らせていたから。


 続けてやってきたフォースターは、目ざとくネージュの存在に気付く。


「このぬいぐるみは!?」


 ネージュはもともと、フォースターが娘へ贈った品だった。きちんと覚えていたのだろう。

 エルはしまったと、血の気が引く思いとなる。

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