少女は公爵にちょっとだけ優しくする
フォースター公爵邸にたどり着く。追っ手もいないようだ。
玄関から入り、パタンと扉が閉められ、執事が施錠する。ここで、エルは胸を押さえて安堵した。
フォースターは笑顔で話しかけてくる。
「さて、目的の品も入手したようだし、生クリームをたっぷり絞ったココアでも飲もうか」
「おじいさん、暢気にココアなんか飲んでいて大丈夫なの?」
「大丈夫、とは?」
「イングリットの家から出てきたところを、たくさんの騎士に目撃されたでしょう?」
「ああ、そうだね。だから、怪しく思われないように、娘の件で情報が手に入らずに大暴れし、連行されるという一連の演技をしてきただろう?」
あれだけで、大丈夫なのか。エルは不安になる。
「おじいさんの行動は、怪しく映らない?」
「心配はいらないよ。そもそも私は、今までまともな行動を起こしてきた記憶がない」
「たとえば?」
「うーん、そうだな。何から話せばいいのか。人が死んでいないのがいいのかな?」
「いい。聞きたくない」
エルがバッサリ切り捨てると、フォースターは眉尻を下げて悲しそうな表情をする。
「ココアを一緒に飲むだけだったら、いいよ」
「ほ、本当かい!?」
「その代わり、ココアには、ホイップクリームじゃなくて、マシュマロを浮かべてほしい」
しょんぼりしていたフォースターの表情が、一気にパッと明るくなる。
「そうか、そうか! エルはマシュマロが好きなのだね! 百個でも、二百個でも、載せるといい」
「そんなに載るわけないでしょう?」
「それもそうだな」
フォースターは上機嫌な様子で、使用人を振り返る。
「マシュマロを浮かべたココアを用意するように。いいか? 百個も二百個も載せるんじゃないぞ」
浮かれたフォースターの命令に、使用人達は表情を崩さず会釈した。
イングリットは部屋で魔石バイクの設計図を見直すという。
フォースターと二人きりになりたくなかったエルは、執事にヨヨやプロクス、フランベルジュを連れてくるよう頼んでおいた。
長い廊下を、フォースターと並んで歩く。
「さてさて、ココアを飲みながら、どんな話をしようか。私のお嬢さん?」
「おじいさんのじゃないから」
「言うだけ無償だろう?」
「ダメなの」
「そうか」
エルが冷たくあしらえばあしらうほど、フォースターを喜ばせてしまう結果となる。いったい、どんな態度で接すればいいのか、いまだにわからないでいる。
ただ、フォースターはエル自身を気に入っているわけではない。
孫娘そっくりで、娘の面影があるエルに、親しみを覚えているだけだろう。
「ねえ、おじいさん」
「なんだね?」
「おじいさんの、本当の孫も、わたしみたいに、可愛がっているの?」
フォースターは動きを止め、引きつった表情となる。いつも飄々としているフォースターが、このような顔を見せるのは珍しい。
「聞かないほうが、よかった?」
「いいや、そんなことはないよ。私はね、孫娘に、怖がられているんだ」
「どうして?」
「それは――」
フォースターの指先が、ガタガタと震えていた。エルは心配になり、ぎゅっと握る。
とても冷たくて、驚いてしまった。
「冷たい手」
エルはそう呟き、フォースターの手を両手で包み込んだ。
「そんな……君は、絶妙なタイミングで、私に優しくしてくれるんだね」
「弱っている人は、優しくしないといけないから」
「ますます、君のことが、好きになってしまいそうだ」
これ以上好きになってもらっては困る。そう思ったエルは、手を離した。
「すまない。恥ずかしいところを、見せてしまった」
「大丈夫。いつものわたしに対するおじいさんの発言のほうが、恥ずかしいから」
「そうだったか。よかった」
果たして、それはよかったのか。エルは考えるが、答えは見つからない。
エルがじっと見つめていると、フォースターは潤んだ瞳を向けながら語り始める。
「孫娘はね、私が王妃を殺したと思っているんだよ」
「王妃様は、黒斑病で亡くなったんでしょう?」
「ああ、そうだ。だが、黒斑病がいる村に行くよう指示を出したのが私だと、誰かが吹き込んでいたようなんだよ」
「そっか」
それが本当か嘘か、エルは問いただすつもりはない。自らが見たフォースター像だけを、信じているから。フォースター自身や、人が語る彼を信じるつもりは毛頭なかった。
立ち話ではなんだからと、フォースターは居間へエルを誘う。そこには、マシュマロを浮かべたココアが用意されていた。甘いココアの匂いが、部屋の中に漂っている。
エルの希望通り、ヨヨやプロクス、フランベルジュも連れて来られていた。
『エル、おかえり~』
『ぎゃう!(おかえりなさい)』
『意外と早かったな』
「うん、ただいま」
返事をした瞬間、エルはギョッとする。
なぜか、意識のないネージュまでも、一人掛けの長椅子に座らせていたから。
続けてやってきたフォースターは、目ざとくネージュの存在に気付く。
「このぬいぐるみは!?」
ネージュはもともと、フォースターが娘へ贈った品だった。きちんと覚えていたのだろう。
エルはしまったと、血の気が引く思いとなる。




