少女は公爵としょうもない話をする
イングリットはやっとのことで家に足を踏み入れる。あまり、長居はできない。騎士隊も、すぐに戻ってくるだろう。
イングリットが走って部屋に行こうとした瞬間、エルは引き留めた。
「イングリット、これ、使って!」
エルが差し出したのは、魔法鞄である。中身は空にしておいた。
イングリットの大事なものは、魔石バイクの設計図だけではないだろう。
「必要なもの、ぜんぶ詰めていいから」
「エル、ありがとう。でもこれ、おじいさんから貰った、大事なものなんだろう?」
「いいから! 少しだけ、貸してあげる!」
「感謝する!」
イングリットはエルから魔法鞄を受け取り、走って二階まで上がっていった。
エルの私物は、すべて魔法鞄の中に詰めてあった。そのため、この家の中に必要な品はない。
結界の解除が成功して、本当によかった。改めて、胸をなで下ろしていたら、背後にいたフォースターより話しかけられる。
「おじいさんとは、誰だね?」
「え?」
「君に、おじいさんがいたのか?」
「お父さんがいるんだから、おじいさんだっているよ」
「どこの誰なんだ! おじいさんとしての気持ちならば、負けていないぞ!」
意味のわからないことを言っている。エルは「はあ」と盛大なため息をつき、呆れた振りをしていた。
というのも、理由がある。
エルの“おじいさん”は、モーリッツだ。フォースターの親友でもある。
まだ、エルは心からフォースターを信用したわけではない。すべてを、話すつもりはなかった。
「どっちのおじいさんが、好きなのかね?」
「バカなことを言わないで」
「私は真剣なのだよ! 私のほうがね、君を、幸せにできるんだ」
はー、はー、はーと、フォースターの息遣いが荒くなる。
ヨヨを連れてくればよかったと、エルは後悔していた。
「それ以上わたしに近づいたら、絶交するから」
「ぜ、絶交だと!? そ、そんなの、できるわけがない。君は、追われているのだろう? 行き先なんて、他に、ないはずだ」
なぜ、ここまでフォースターに好かれているのか、エルにはわからない。
ただひとつだけわかるのは、本当の孫だとわかったら、今まで以上に遠慮なく好かれるだろう、ということ。
絶対に、口にできる情報ではない。
「う、嘘でもいいんだ。私のほうが、好きだと言ってくれ!」
「嘘でいいんだ」
「いいっ!!」
あまりにもキッパリ言い切ったので、エルは笑ってしまった。
「ああ……大天使……!」
フォースターは床に膝を突き、胸を押さえている。笑っただけでこんなにも喜ぶなんて、面白い人だ。エルは、しみじみ思ってしまう。
しかたないので、嘘の“好き”を言ってあげることにした。
「嘘だけど、私は、フォースターおじいさんが、一番好きだよ。嘘だけど」
念のため、二回嘘だと言っておく。それでも、フォースターは嬉しかったようだ。「我が人生に悔いなし!!」と言って、目を閉じ、微かに震えていた。
「ちょっと、昇天しないでよ」
「自信がまったくない……!」
少し、サービスしすぎたか。エルは、明後日の方向を向き考える。
だが、これだけ喜ばせておけば、しばらく世話になっても文句は言わないだろう。
そういうことにしておいた。
十分ほどで、イングリットは戻ってきた。
「え、何これ?」
イングリットが見たのは、エルの前に片膝を突き、祈りを捧げているフォースターの姿だった。窓から、いい感じに光が差し込んでいる。
「私の可愛い可愛いお嬢さんが、大天使過ぎて、思わず祈りを捧げてしまったんだ」
「バカなことをしていないで、早く帰ったほうがいい。騎士隊が、こっちに向かっている」
「そうだな。とりあえず――」
立ち上がったフォースターは、思いがけない行動に出る。扉を蹴破ったのだ。そして、叫んだ。
「この、人殺しがっ!! 何も、証拠など、ないではないか!!」
ちょうど、騎士隊が到着していたようで、フォースターの荒ぶる様子に目を剥いていた。
「閣下! 落ち着いてください!」
「落ち着けるものか! 娘は、殺されたんだ! 犯人を、殺してやるっ!」
大した演技力である。皆、本当にフォースターが乱心していると思っているようだ。
ここでタイミングよく、フォースター公爵家の秘書や使用人がやってくる。
「ご主人様、馬車を用意しました」
「うるさい! 火を、火を放ってやる」
「ご主人様、どうか、お心を鎮めて」
「ええい、離せ!!」
フォースターは使用人に引きずられるように、その場を離れる。
エルとイングリットも、あとに続いた。
フォースターの迫真の演技のおかげで、現場から無事離脱できた。




