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少女と猫とお人好しダークエルフの魔石工房  作者: 江本マシメサ
第二部 少女はダークエルフと商売を始める!
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少女は結界の解呪に挑む!

 バタバタと人が去りゆく足音を聞きながら、エルは必死に魔法式の分析をしていた。

 似ているものは、いくつか知っている。大丈夫、きっと。エルは自らに言い聞かせていた。


 背後に、ジョゼットがいるのは感じていた。

 特に、自らを守る結界を張っている気配はない。

 “神速”と呼ばれるだけあって、何か起こった瞬間でも対策を取れるのだろう。


 絶対に、失敗するわけにはいかない。フォースターの顔にも、泥を塗る結果になるから。

 緊張から手が震え、額に珠の汗を掻いてしまう。

 一度、落ち着かなければ。動揺に引っ張られて、失敗してしまう。


 息を大きく吸い、はきだす。それでも、心は落ち着かない。


「――焦っているなら、止めたほうがいい」


 ジョゼットはわざわざエルの隣にしゃがみ込み、悪魔のような囁きをする。

 イングリットが刻んだ結界の呪文を、指先で艶めかしくなぞり、エルの耳元で囁いた。


「この魔法は、お嬢さんみたいな未熟者が、解けるものではない」

「――ッ!」


 怪しい手つきで呪文に触れるジョゼットの手を、エルは手で払った。

 そして、彼女の名前に魔力を込めて叫んだ。


「“ジョゼット・ニコル”! わたしの、邪魔をしないで! ここから、立ち去って!」


 魔法使いにとって、名前は呪文の一つとなる。もしも、他の魔法使いに知られたら、従属させられる可能性があるのだ。

 エルはモーリッツから習った、魔法使いに強制命令する魔法を初めて発動させた。

 しかし――残念なことに、ジョゼットは微笑みを深めるばかりであった。


「申し訳ない。ジョゼット・ニコルという名前は、偽名なんだ。本名は、別にある」


 そうだろうと思っていた。先ほどの魔法は、牽制でもあったのだ。


「でも、驚いた」


 ジョゼットは立ち上がり、一歩立ち退く。


「お嬢さんの魔力、ビリビリしていて、隣にはいられそうにない」

「だったら、離れていて」

「そうするよ」


 ジョゼットは視界から消えたものの、エルの心はざわついたままだった。

 どうしたら、落ち着くのか。魔法関係でこのように心がかき乱されたのは、初めてだった。

 こういうときにどうしたらいいのか、モーリッツは教えてくれなかった。


 震える手で、イングリットの呪文に触れる。指先が定まらず、解呪に移れそうにない。


「大丈夫だ」


 声をかけたのは、イングリットだ。隣にしゃがみ込み、エルの震える手を握った。


「今まで、失敗なんかしなかっただろう? いつも通り、やればいいんだ。そして私に、エルサンは流石だな、と言わせてくれ」

「できると、思う?」

「ああ、思う。こんなの、エルの敵ではないだろう」


 不思議なもので、イングリットが握るエルの手の震えは収まっていた。


「ねえ、もう片方の手、握っていて」

「わかった」


 魔法に使わないほうの手を、イングリットが握ってくれる。すると、驚くほど心が落ち着いた。 


 もう、大丈夫。イングリットの言う通り、今までできなかったものなどなかったのだ。


 エルは呪文に手を這わせ、解呪の魔法を唱えた。


 侵入者を拒む呪文を受け入れるものへと上書きし、どんどん魔法式を解いていく。

 呪文がバチン、バチンと弾ける。結界が、解呪を拒絶しているのだろう。少々指先が痺れたが、先ほどの緊張に比べたら痛くも痒くもない。


 額の汗を、イングリットが拭ってくれた。

 一人ではない。その思いが、エルを強くしてくれる。


 最後の術式を解いたら、イングリットの結界はきれいさっぱり消失した。


「嘘だろう?」

「本当だよ」


 イングリットはエルを抱き上げた状態で立ち上がり、自慢するように見せびらかしていた。


「彼女は、最強なんだよ!」


 フォースターは誇らしげな表情で、手を叩く。エルは淡く微笑んだ。

 すると、フォースターは「うっ!」と呻き、胸を押さえてその場にしゃがみ込む。


「ねえ、どうしたの? 具合が、悪いの?」


 エルはフォースターの背中を優しく撫でながら問いかける。


「いや、あまりにもすてきな笑顔だったから、胸がキュンとして……!」

「紛らわしいことをしないで。年齢を考えて」


 辛辣な言葉を返すと、フォースターの背中はぶるぶると震えていた。笑っているようだ。


「何がおかしいの?」

「いや、君は、そうでなくては、と思ってね」


 立ち上がろうとしたら、手が差し出される。ジョゼットの手だった。

 エルは掴まずに、自分の力で立ち上がった。


「驚いたな。まさか、この結界を解いてしまうなんて」

「別に、集中さえしていたら、失敗なんてしないし」

「そうか」


 ジョゼットは顎に手を当て、何か考えるような仕草を取ったあと、エルに問いかける。


「お嬢さんの名前を、聞いてもいいかい?」

「答えるわけないでしょう?」

「それも、そうだな。今回は、私の負けだ」


 ジョゼットはそう言って、踵を返す。背中越しに、エルとイングリットに手を振った――かと思えば、一瞬で姿を消す。


「あれが、“神速”のジョゼットか?」

「みたい」

「厄介そうなやつに、目を付けられたな」

「もう、会うことはないから」

「どうだか」


 ひとまず、邪魔な騎士や魔法騎士はいなくなった。

 魔石バイクの設計図を回収するなら、今しかないだろう。

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