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少女と猫とお人好しダークエルフの魔石工房  作者: 江本マシメサ
第二部 少女はダークエルフと商売を始める!
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少女は魔法騎士と対峙する

 美しく巻かれた黒く長い髪が、風がさらりと吹いて優雅に揺れる。

 フォースターへにっこりと微笑みかけていたが、瞳の奥は決して笑っていない。結界解除の仕事をしたいので、さっさとどいてくれと暗に言わんとばかりであった。


 対峙したフォースターも、微笑みを返す。

 もちろん、こちらも本当に笑っているわけではない。私が先にきたのだ、若造よ、邪魔をするなという意味を含んだものである。


 ふたりは目には見えない火花を、バチバチと散らしていた。


「君は――すまない。初対面だったかな? 美しい女性の名前を、忘れるはずはないのだが」

「これはこれはフォースター公爵閣下。名乗るのが、先だったね。私は魔法騎士隊第一機動隊、第三席のジョゼット・ニコル」

「ああ、噂の、“神速の炎槍”か!」

「神速の、炎槍?」

「彼女は炎魔法を得意としている、魔法使いなんだよ。大量の魔物の群れを、一瞬にして炎で作った槍で串刺しにしたことから、呼ばれるようになったと聞く」

「へえ、そうなんだ」


 話を聞いていると、結界の解除ができる魔法使いとはとても思えない。


「この工房の結界は、よくできている。第三者が無理矢理解こうとしたら、もろとも爆発するように展開してある。さすが、エルフの作った結界だ!」


 ジョゼットが「エルフ」と口にした瞬間、緊張が走る。

 エルとイングリットに、何かを探るような視線を向けたからだ。


「私の連れに、何か用かね?」

「いや、珍しく人を、連れているなと思って。誰も寄せ付けず、話を聞かず、味方を作らず、どんどんバリバリ仕事をこなすことから、“独裁者”と呼ばれていたという話をきいていたけれど」

「私も、老いからくる孤独に、勝つことはできなかったのだよ」

「なるほど」


 エルフと呼んだ瞬間にこちらを見たのは、フォースターが珍しく人を連れていたからだったらしい。エルは内心ホッと胸をなで下ろす。


 そもそも、ジョゼットは「エルフ」と言った。もしかしたら、この工房に住んでいたのが「ダークエルフ」だという情報を把握していないのかもしれない。


 イングリットは日頃から、頭巾を深く被って外を出歩いていた。近所付き合いもほぼしていない。物語の中で常に悪役とされるダークエルフが忌み嫌われていることを、知っているからだ。

 そのため、彼女自身がダークエルフであるという情報を知っている者自体少ないのだろう。 


 現在も、顔はツバの広いボンネットで隠されており、手や足も露出していない。

 動揺を見せずに堂々としていたら、気付かれることはないだろう。


 エルはほんの少しだけ安堵していたが、ジョゼットの発言を聞いてギョッとすることとなった。


「関係者がざっと、魔法式を確認した結果、結界を解除するより、結界の核ごと破壊したほうがいい、という話になって、それで私が派遣されたのだけれど」

「無理矢理結界を破壊したら、爆発するのではないのかね?」

「考えもなしに破壊したら、爆発するだろうね。けれど、結界が成り立つ核を壊したら、結界もろとも消滅する」


 力任せに破壊する、というわけではなかったようだ。


「すまないが、先に私達が到着したから、結界解除の権利は譲ってもらおうか」

「残念ながら、先着順ではないんだ。私は、騎士隊から委任状を預かっている」


 ジョゼットは羊皮紙を取り出し、フォースターに見せた。

 それを見たフォースターは、目を眇めて紙面を確認する。が、次の瞬間には羊皮紙を掴んで、破り捨ててしまった。


「ニコル君。私を誰だと思っているのかね?」


 フォースターの問いかけに、ジョゼットは笑い声をあげる。

 明らかに、怒っているようだった。


 この状態となってしまったら、イングリットが結界を解くことはできないだろう。

 イングリット自身が、術者のダークエルフだとバレてしまう。

 こうなったら、この場で結界解除をできるのは、エルしかいない。

 扉に刻まれた呪文を見たが、以前読んだ古代の結界魔法によく似ていた。

 独特だが、解けなくはない。

 この世に、完璧な魔法はないのだから。


「フォースター、時間がもったいない。わたしが、結界解除をする」

「お、おい!」


 イングリットが何か言おうとしたが、エルは唇に手を添えて黙らせる。


「おや、あなたは公爵閣下の可愛いお人形さんだと思っていたが、魔法が使えると?」


 明らかに、バカにしたような態度だった。エルはジョゼットをジロリと睨む。


「わたしは、結界解除が、できる」

「面白いね。誰にも気を許さないような、その鋭い目つき。フォースター公爵閣下の眼差しと似ている。類は友を呼ぶ、というわけかな?」


 ジョゼットの言うことは無視して、エルは周囲の者達に忠告する。


「今から、結界の解除をする。失敗したら、工房ごと爆発する。巻き込まれたくない人は、ここから逃げたほうがいい」


 エルの話を聞いた下町の者達は、悲鳴をあげながら散り散りとなった。

 あろうことか、騎士達も逃げている。それを、ジョゼットは冷ややかな視線で見送っていた。


「では、お手並み拝見させてもらおうか」

「あなたは、逃げないの?」

「面白そうだから、見学させてもらうよ」


 ジョゼットは無視して、フォースターのほうを見る。


「フォースターは、逃げたほうがいい」


 フォースターだけではない、イングリットも。視線で訴える。


「いや、きみがもしも死ぬときは、私も一緒だ」

「フォースター……」


 イングリットはどうするのか。エルはじっと見つめた。

 目を伏せていたイングリットだったが、顔を上げる。そして、決意を口にした。


「私も、残る」

「でも」

「信じているから」


 信頼の言葉に、胸がじんと震える。

 イングリットの言葉は、エルの励みとなった。

 絶対に、失敗なんてしない。


 そう確信しながら、エルは呪文が描かれた扉の前に片膝を突いた。

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