少女は魔法騎士と対峙する
美しく巻かれた黒く長い髪が、風がさらりと吹いて優雅に揺れる。
フォースターへにっこりと微笑みかけていたが、瞳の奥は決して笑っていない。結界解除の仕事をしたいので、さっさとどいてくれと暗に言わんとばかりであった。
対峙したフォースターも、微笑みを返す。
もちろん、こちらも本当に笑っているわけではない。私が先にきたのだ、若造よ、邪魔をするなという意味を含んだものである。
ふたりは目には見えない火花を、バチバチと散らしていた。
「君は――すまない。初対面だったかな? 美しい女性の名前を、忘れるはずはないのだが」
「これはこれはフォースター公爵閣下。名乗るのが、先だったね。私は魔法騎士隊第一機動隊、第三席のジョゼット・ニコル」
「ああ、噂の、“神速の炎槍”か!」
「神速の、炎槍?」
「彼女は炎魔法を得意としている、魔法使いなんだよ。大量の魔物の群れを、一瞬にして炎で作った槍で串刺しにしたことから、呼ばれるようになったと聞く」
「へえ、そうなんだ」
話を聞いていると、結界の解除ができる魔法使いとはとても思えない。
「この工房の結界は、よくできている。第三者が無理矢理解こうとしたら、もろとも爆発するように展開してある。さすが、エルフの作った結界だ!」
ジョゼットが「エルフ」と口にした瞬間、緊張が走る。
エルとイングリットに、何かを探るような視線を向けたからだ。
「私の連れに、何か用かね?」
「いや、珍しく人を、連れているなと思って。誰も寄せ付けず、話を聞かず、味方を作らず、どんどんバリバリ仕事をこなすことから、“独裁者”と呼ばれていたという話をきいていたけれど」
「私も、老いからくる孤独に、勝つことはできなかったのだよ」
「なるほど」
エルフと呼んだ瞬間にこちらを見たのは、フォースターが珍しく人を連れていたからだったらしい。エルは内心ホッと胸をなで下ろす。
そもそも、ジョゼットは「エルフ」と言った。もしかしたら、この工房に住んでいたのが「ダークエルフ」だという情報を把握していないのかもしれない。
イングリットは日頃から、頭巾を深く被って外を出歩いていた。近所付き合いもほぼしていない。物語の中で常に悪役とされるダークエルフが忌み嫌われていることを、知っているからだ。
そのため、彼女自身がダークエルフであるという情報を知っている者自体少ないのだろう。
現在も、顔はツバの広いボンネットで隠されており、手や足も露出していない。
動揺を見せずに堂々としていたら、気付かれることはないだろう。
エルはほんの少しだけ安堵していたが、ジョゼットの発言を聞いてギョッとすることとなった。
「関係者がざっと、魔法式を確認した結果、結界を解除するより、結界の核ごと破壊したほうがいい、という話になって、それで私が派遣されたのだけれど」
「無理矢理結界を破壊したら、爆発するのではないのかね?」
「考えもなしに破壊したら、爆発するだろうね。けれど、結界が成り立つ核を壊したら、結界もろとも消滅する」
力任せに破壊する、というわけではなかったようだ。
「すまないが、先に私達が到着したから、結界解除の権利は譲ってもらおうか」
「残念ながら、先着順ではないんだ。私は、騎士隊から委任状を預かっている」
ジョゼットは羊皮紙を取り出し、フォースターに見せた。
それを見たフォースターは、目を眇めて紙面を確認する。が、次の瞬間には羊皮紙を掴んで、破り捨ててしまった。
「ニコル君。私を誰だと思っているのかね?」
フォースターの問いかけに、ジョゼットは笑い声をあげる。
明らかに、怒っているようだった。
この状態となってしまったら、イングリットが結界を解くことはできないだろう。
イングリット自身が、術者のダークエルフだとバレてしまう。
こうなったら、この場で結界解除をできるのは、エルしかいない。
扉に刻まれた呪文を見たが、以前読んだ古代の結界魔法によく似ていた。
独特だが、解けなくはない。
この世に、完璧な魔法はないのだから。
「フォースター、時間がもったいない。わたしが、結界解除をする」
「お、おい!」
イングリットが何か言おうとしたが、エルは唇に手を添えて黙らせる。
「おや、あなたは公爵閣下の可愛いお人形さんだと思っていたが、魔法が使えると?」
明らかに、バカにしたような態度だった。エルはジョゼットをジロリと睨む。
「わたしは、結界解除が、できる」
「面白いね。誰にも気を許さないような、その鋭い目つき。フォースター公爵閣下の眼差しと似ている。類は友を呼ぶ、というわけかな?」
ジョゼットの言うことは無視して、エルは周囲の者達に忠告する。
「今から、結界の解除をする。失敗したら、工房ごと爆発する。巻き込まれたくない人は、ここから逃げたほうがいい」
エルの話を聞いた下町の者達は、悲鳴をあげながら散り散りとなった。
あろうことか、騎士達も逃げている。それを、ジョゼットは冷ややかな視線で見送っていた。
「では、お手並み拝見させてもらおうか」
「あなたは、逃げないの?」
「面白そうだから、見学させてもらうよ」
ジョゼットは無視して、フォースターのほうを見る。
「フォースターは、逃げたほうがいい」
フォースターだけではない、イングリットも。視線で訴える。
「いや、きみがもしも死ぬときは、私も一緒だ」
「フォースター……」
イングリットはどうするのか。エルはじっと見つめた。
目を伏せていたイングリットだったが、顔を上げる。そして、決意を口にした。
「私も、残る」
「でも」
「信じているから」
信頼の言葉に、胸がじんと震える。
イングリットの言葉は、エルの励みとなった。
絶対に、失敗なんてしない。
そう確信しながら、エルは呪文が描かれた扉の前に片膝を突いた。




