少女は心の闇を垣間見る
身支度が調ったら、フォースターと落ち合う。
金髪縦ロールのエルを見た瞬間、フォースターは、その場に頽れた。
「ああ……地上に天使が、舞い降りてしまった……! 私が選んだ流行の服が、彼女に似合いすぎる……! 可愛い……可愛すぎる。まさしく、可愛さの天才だッ!」
フォースターはぐっと拳を握り、よくわからない内容をまくし立てている。
エルは真顔で、執事に問いかけた。
「あれ、大丈夫なの? お医者様、呼ばなくてもいい?」
「大丈夫でございます。旦那様は、正常です」
執事は表情も変えずに、淡々と言い切った。よくあることなのだろう。
エルができることは、なるべく相手にしないことだけだった。
思いの丈を言葉として発したフォースターは、満足したのか落ち着きを取り戻し、サッと立ち上がる。
「――さて、行こうか」
エルとイングリットは、同時に頷いた。
フォースター公爵家の家紋が付いた馬車に乗り込む。フォースターが馬車の天井を杖で突いたら、馬車は動き始めた。
カーテンを少しだけ開くと、街の様子が見える。
広場では、誰かが民衆に語りかけていた。
黒斑病を蔓延させる、悪魔が降り立ったと。
イングリットはカーテンを閉ざし、エルの肩を抱き寄せる。見るな、聞くなと言いたいのだろう。
「……ねえ、おじいさん」
「なんだね?」
「もしも、わたしが黒斑病を流行らせる悪魔だったら、どうする?」
「おい、エル。何を言っているんだ」
エルは自分でも、そう思う。
しかし、黒斑病の感染が広がる原因はエルのせいだと訴える者がいて、信じる者達もいたら、「そうなのかもしれない」と受け入れてしまいそうになる。
フォースターはエルの言葉を聞いて、ふっと嘲笑った。
「君が、黒斑病を流行らせる悪魔だって? ならば、私は余計に君を受け入れなければならないだろう」
「どうして?」
「黒斑病は、私の罰だ」
「罰?」
「ああ。私はね、こう見えて、金と地位と財産を誰よりも手にしたいと思う、狡猾な男だったんだよ」
一時期は、国王よりも偉くなりたいなどと、思う日もあったくらいだという。
「娘を王妃にして、宰相の地位に収まり、国王からも絶大な信頼を得ることとなった。しかし――気付いたときには、私は独りだった」
フォースターの言う“独り”が、どういう意味なのか、エルにはわからない。
返す言葉も見つからないまま、話の続きを聞く。
「近しい者達は私を恐れ、妻は政敵に殺され、王妃にまでしてやった娘は、黒斑病であっさり死んでしまった……!」
国王との間に娘がいるものの、女性は継承権を持たない。
現在、後妻を迎える話が浮上している。
「もしも、迎えた後妻が男を産めば、その者が国王となる。そうなれば私は、たちまち失脚するだろう。黒斑病の治療方法を知る友さえ戻れば、なんとか私の居場所は見つかると、思っていたんだ」
フォースターの友とは、エルの師匠であるモーリッツだ。
「しかし、彼はもう……」
フォースターはじっと、エルを見つめる。その瞳は、仄暗いものであった。
「君が、黒斑病の悪魔というのならば、私の命を、喰らってくれ。もう、私は十分生きた。早く、楽になりたい――」
フォースターと出会ったときに感じた、警戒心は間違いではなかったのだ。
彼は実に狡猾な男で、成功のためならば実の娘も差し出していた。
悪魔のような男だったのだ。
けれど、今はそうとは思えない。
フォースターは罪を自覚し、罰を望んでいる。
「違う。わたしは、黒斑病の、悪魔じゃない」
「私の罪は、裁かれないのだな」
「いいえ。あなたにとって、一番の罰は、黒斑病で死ぬことではない。生きることが、一番の罰になる。だから、誰よりも長く、生きなければならない」
フォースターは目を丸くして、驚いていた。
無理もないだろう。子どもが、大人に罰について説いているのだから。
「やはり君は――私の天使だ」
「違うから」
エルがぴしゃりと言い返したら、フォースターは淡く微笑んだ。




