少女とダークエルフは変装する
魔石バイクの設計図は、下町にあるイングリットの工房にある――という情報を聞き、エルは真顔で問いかけた。
「自分で書いたのに、覚えていないの?」
「覚えているわけがないだろう」
「同じ設計図は、書けないの?」
「あのな、エル。設計図は途方もない魔法式の計算と、資料の引用と、過去のデータの引用と、作業中の閃きをもとに、長い月日をかけて作られているんだ。魔法式が、資料が、データが、閃きが、頭の中に入っているヤツなんて――」
「わたしは、一度見たり、読んだり、思いついたことは、忘れないけれど」
「そうだな。エルサンはそうだったな」
イングリットは遠い目をしながら、「完成した設計図をエルに見せておけばよかった」とぼやく。
「だったら、取りに行くしかないんだね」
「そうだな」
「でも、下町の工房は――」
「人が押しかけているな」
村の大火災と、黒斑病の原因を、誰かがエルのせいだと糾弾しているのだ。
いったい誰が――というのは、考えても無駄だ。そっと、湧き上がる疑問に蓋をする。
「厄介だな」
「うん」
どうすればいいものか、考えても案は浮かんでこない。
「一応、家の中に人が入れないよう、結界はかけているが、ある程度実力のある魔法使いならば、破っているだろう」
「そっか」
会話が途切れたのと同時に、トントントンと扉が叩かれた。
「誰?」
「私だよ」
「どこの、誰なの?」
「いや、エル。フォースター公爵だろうが」
イングリットは立ち上がり、扉を開く。
「おや、悪いね」
フォースターはニコニコ微笑みながら、エルの目の前に腰掛けた。
「公爵家の地下工房はどうだったかね」
「工房としては、なんら問題ない」
「そうか、そうか。それはよかった。必要な物はあったかい?」
「特に、何も」
「他に、困ったことは?」
フォースターに問われて、エルはサッと目を伏せる。その微々たる反応を、フォースターは見逃さなかった。
「困っていることが、あるんだね?」
「……」
「あるんだろう?」
困っていると認めなくなかったが、認めざるを得ない。
魔石バイクの設計図は、イングリットが一生懸命作ったものだ。
エルの努力でどうにかなるものならば、フォースターには頼まないが、魔石バイクの設計図はどうにもならない。
困っていると、認めるしかないだろう。
「さあ、エル。おじいさんに、相談してみなさい」
瞳をキラキラ輝かせ、フォースターはエルに圧をかける。
これ見よがしに深いため息をついてから、エルは現在困っていることをフォースターに相談した。
「下町の工房に、大切なものがあるの。でも今、騎士や捜索隊が駆けつけていて、近寄れなくって。街も、指名手配みたいに私の手配書が出回っているから」
「ああ、そうだったな。まったく酷い話だ。こんなにも愛らしい娘を、悪と糾弾するなんて」
「可愛いは、関係ないと思うけれど」
「いいや、ある。私のなかでね、可愛いは、正義なんだ」
「そう」
これ以上突っ込まないほうがいいと思い、エルは適当に返事をしていた。
「大切な物ならば、すぐに取りに行ったほうがいいな。魔法騎士隊が動く前がいいだろう」
魔法騎士隊――騎士の中でも魔法が使えるエリート中のエリートで、大半は貴族で構成されている。単独で一小隊ほどの戦闘能力を持つとも言われている、騎士よりもやっかいな者達だ。
「では、今から取りに行こうか」
「え?」
「フォースター公爵、それは、可能なのか?」
「私を、誰だと思っているのかね?」
国内でも三本指に入るフォースター公爵家の当主である。いくら騎士が束になっても、逆らえない相手だと自ら自慢げに語っていた。
「私は、国内一黒斑病を恨んでいる。現場に駆けつけても、なんら不審ではないだろう」
「でも、わたし達に協力して、大丈夫なの? 匿っているって、バレたら大変じゃない?」
「そうならないように、二人共変装をしてくれないか?」
「変装?」
「さあさ、時間がない。今すぐ支度をはじめるんだ」
フォースターがパンパンと手を叩くと、使用人達がどこからともなく現れる。
すぐに、変装道具と服装が用意された。
エルはまず、銀色の髪を隠さないといけない。フォースターが指示して用意されたのは、金の縦ロールの鬘だ。
侍女が数人がかりで、器用に装着してくれる。
そして、次に用意されたのは、薄紅色の派手なドレスだ。
「うわっ……」
エルには到底似合うとは思えない、愛らしい一着である。
あまりの派手派手しさに思わず引いてしまったが、これも問答無用で着せられた。
これで終わりと思いきや、軽く化粧も施される。
白粉を塗り、頬紅をはたかれ、口紅が塗られる。鏡の向こうに移ったエルは、エルではないようだった。
侍女が下がったあと、鏡を改めて覗き込む。
「これが……私!?」
背後で見学していたヨヨが『似合っているじゃん』と言う。
「変だよ、こんな、派手なドレス」
「猫くんの言う通り、似合っているじゃないか」
エルを褒めながら部屋に入ってきたのは、裾の長いエプロンドレスに身を包んだイングリットだった。
エルフの特徴である長い耳は、ツバの広いボンネットに隠されている。銀縁眼鏡が、妙に似合っていた。
「え、イングリット、なの?」
「そうだが?」
「すごい。イングリット、可愛いよ」
「は!?」
褒められると思っていなかったのか、イングリットの頬は赤く染まる。
「可愛いって、褒めたの」
「いや、聞き返したんじゃなくて……」
「可愛い」
念を押すように言うと、イングリットは赤面しながら「わかった、私は可愛い」と言って素直に受け入れた。




