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少女と猫とお人好しダークエルフの魔石工房  作者: 江本マシメサ
第二部 少女はダークエルフと商売を始める!
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少女とダークエルフは変装する

 魔石バイクの設計図は、下町にあるイングリットの工房にある――という情報を聞き、エルは真顔で問いかけた。


「自分で書いたのに、覚えていないの?」

「覚えているわけがないだろう」

「同じ設計図は、書けないの?」

「あのな、エル。設計図は途方もない魔法式の計算と、資料の引用と、過去のデータの引用と、作業中の閃きをもとに、長い月日をかけて作られているんだ。魔法式が、資料が、データが、閃きが、頭の中に入っているヤツなんて――」

「わたしは、一度見たり、読んだり、思いついたことは、忘れないけれど」

「そうだな。エルサンはそうだったな」


 イングリットは遠い目をしながら、「完成した設計図をエルに見せておけばよかった」とぼやく。


「だったら、取りに行くしかないんだね」

「そうだな」

「でも、下町の工房は――」

「人が押しかけているな」


 村の大火災と、黒斑病の原因を、誰かがエルのせいだと糾弾しているのだ。

 いったい誰が――というのは、考えても無駄だ。そっと、湧き上がる疑問に蓋をする。


「厄介だな」

「うん」


 どうすればいいものか、考えても案は浮かんでこない。


「一応、家の中に人が入れないよう、結界はかけているが、ある程度実力のある魔法使いならば、破っているだろう」

「そっか」


 会話が途切れたのと同時に、トントントンと扉が叩かれた。


「誰?」

「私だよ」

「どこの、誰なの?」

「いや、エル。フォースター公爵だろうが」


 イングリットは立ち上がり、扉を開く。


「おや、悪いね」


 フォースターはニコニコ微笑みながら、エルの目の前に腰掛けた。


「公爵家の地下工房はどうだったかね」

「工房としては、なんら問題ない」

「そうか、そうか。それはよかった。必要な物はあったかい?」

「特に、何も」

「他に、困ったことは?」


 フォースターに問われて、エルはサッと目を伏せる。その微々たる反応を、フォースターは見逃さなかった。


「困っていることが、あるんだね?」

「……」

「あるんだろう?」


 困っていると認めなくなかったが、認めざるを得ない。

 魔石バイクの設計図は、イングリットが一生懸命作ったものだ。

 エルの努力でどうにかなるものならば、フォースターには頼まないが、魔石バイクの設計図はどうにもならない。

 困っていると、認めるしかないだろう。


「さあ、エル。おじいさんに、相談してみなさい」


 瞳をキラキラ輝かせ、フォースターはエルに圧をかける。

 これ見よがしに深いため息をついてから、エルは現在困っていることをフォースターに相談した。


「下町の工房に、大切なものがあるの。でも今、騎士や捜索隊が駆けつけていて、近寄れなくって。街も、指名手配みたいに私の手配書が出回っているから」

「ああ、そうだったな。まったく酷い話だ。こんなにも愛らしい娘を、悪と糾弾するなんて」

「可愛いは、関係ないと思うけれど」

「いいや、ある。私のなかでね、可愛いは、正義なんだ」

「そう」


 これ以上突っ込まないほうがいいと思い、エルは適当に返事をしていた。


「大切な物ならば、すぐに取りに行ったほうがいいな。魔法騎士隊が動く前がいいだろう」


 魔法騎士隊――騎士の中でも魔法が使えるエリート中のエリートで、大半は貴族で構成されている。単独で一小隊ほどの戦闘能力を持つとも言われている、騎士よりもやっかいな者達だ。


「では、今から取りに行こうか」

「え?」

「フォースター公爵、それは、可能なのか?」

「私を、誰だと思っているのかね?」


 国内でも三本指に入るフォースター公爵家の当主である。いくら騎士が束になっても、逆らえない相手だと自ら自慢げに語っていた。


「私は、国内一黒斑病を恨んでいる。現場に駆けつけても、なんら不審ではないだろう」

「でも、わたし達に協力して、大丈夫なの? 匿っているって、バレたら大変じゃない?」

「そうならないように、二人共変装をしてくれないか?」

「変装?」

「さあさ、時間がない。今すぐ支度をはじめるんだ」


 フォースターがパンパンと手を叩くと、使用人達がどこからともなく現れる。


 すぐに、変装道具と服装が用意された。


 エルはまず、銀色の髪を隠さないといけない。フォースターが指示して用意されたのは、金の縦ロールの鬘だ。

 侍女が数人がかりで、器用に装着してくれる。

 そして、次に用意されたのは、薄紅色の派手なドレスだ。


「うわっ……」


 エルには到底似合うとは思えない、愛らしい一着である。

 あまりの派手派手しさに思わず引いてしまったが、これも問答無用で着せられた。

 これで終わりと思いきや、軽く化粧も施される。

 白粉を塗り、頬紅をはたかれ、口紅が塗られる。鏡の向こうに移ったエルは、エルではないようだった。


 侍女が下がったあと、鏡を改めて覗き込む。


「これが……私!?」


 背後で見学していたヨヨが『似合っているじゃん』と言う。


「変だよ、こんな、派手なドレス」

「猫くんの言う通り、似合っているじゃないか」


 エルを褒めながら部屋に入ってきたのは、裾の長いエプロンドレスに身を包んだイングリットだった。

 エルフの特徴である長い耳は、ツバの広いボンネットに隠されている。銀縁眼鏡が、妙に似合っていた。


「え、イングリット、なの?」

「そうだが?」

「すごい。イングリット、可愛いよ」

「は!?」


 褒められると思っていなかったのか、イングリットの頬は赤く染まる。


「可愛いって、褒めたの」

「いや、聞き返したんじゃなくて……」

「可愛い」


 念を押すように言うと、イングリットは赤面しながら「わかった、私は可愛い」と言って素直に受け入れた。

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