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少女と猫とお人好しダークエルフの魔石工房  作者: 江本マシメサ
第二部 少女はダークエルフと商売を始める!
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少女とダークエルフは新しい工房を得る

 執事の案内で、暗い地下の階段を進んでいく。

 灯りはなく、頼りは手に持った魔石灯のみだ。


 ヨヨを初めとする不思議生物は、部屋に置いてきた。エルとイングリットのみ、工房を目指す。


「年季は入っているようだが、かび臭くないな」


 イングリットの呟きは、壁に反響して大きく響く。

 先頭を歩いていた老齢の執事は足を止め、振り返って言った。


「地下は長年使っていないようですが、毎日お手入れはしておりますゆえ」

「お……そ、そうか」


 独り言に反応があったので、イングリットは少しだけ気まずそうな表情を浮かべていた。エルはくすりと笑ってしまう。


「おい、エル。笑っている場合じゃないからな。足を滑らせるなよ」

「わかっている――わっ!」


 後ろを振り向きながら喋っていたからか、エルは階段を踏み外しそうになった。

 体が傾くのと同時に、イングリットがエルの腰を支えたので転ばなかったが。


 イングリットはエルを叱らず、黙って手を繋いだ。


「これだったら、大丈夫だろうが」

「うん」


 エルはイングリットと手を繋ぎ、長い階段を下りていく。


 階段を下りた先は、延々と廊下が続く。カツン、カツンという足音だけが響いた。

 突き当たりに、見上げるほど大きな扉が現れる。


「こちらでございます」


 鉄の扉には魔法陣が浮き彫りされていた。鍵は、魔法陣の中心に十字架を填め込むようだ。執事が十字を合わせると、ゴゴゴゴと音を立てて扉が開く。


 手で指し示すので、イングリットとエルは部屋の中へ足を踏み入れた。


「わっ……!」


 中に入った瞬間、灯りが灯った。内部の全貌が、明らかになる。


「なんだ、ここは」

「すごい」


 まず、目に飛び込んできたのは、壁一面を覆う本だ。天井まで、本が敷き詰められていた。


「あの天井の本、どうやって入っているんだよ」

「その前に、どうやって取るんだろう?」


 エルとイングリットの疑問に、執事が答える。


「手が届かない場所にある本は、題名を口にすると、手元に降りてきます」

「嘘だろう?」

「じゃあ、精霊大全集」


 天井の本棚に収められた一冊の題名を、エルは口にした。すると、すっと本が引き抜かれ、手元にゆっくりと降りてきた。


「本当だ!」

「信じられない」


 戻すときは、天井に向かって投げるようだ。イングリットは信じていないようだったが、エルは執事の言葉通りに本を天井に向かって放り出した。

 すると、一瞬宙で止まったかと思えば、ゆっくりと本棚に収まっていく。


「どういう仕組みなんだよ」

「本当に、すごい」


 この本棚は三世紀前に、魔法使いの間で流行ったものらしい。どういう技術で作られたかは謎で、世界的にも珍しい本棚だと執事は解説してくれる。


 ここは本棚に革の長椅子、テーブルがあるばかりで、工房には見えない。

 エルが首を傾げていたら、この奥にも部屋があると、執事は言う。


 本棚に差されていた地味な装丁の本を押し込むと、扉のように開いた。


「隠し扉だ!」


 オモチャを発見した子どものように、イングリットは叫ぶ。

 足を踏み入れると、灯りがパッと灯った。


「ここが、工房?」

「みたいだな」


 続き部屋になっており、そこには一面ガラス張りの棚があった。

 作業用の細長いテーブルに、三つの火口がある窯、大量生産用の大きな鍋など、魔技巧品や魔石作りに必要な環境が揃っていた。


 棚の中を覗き込むと、宝石の裸石ルースがズラリと並んでいた。


「きれい……」


 図鑑で見たことしかない、稀少で高価な物ばかりであった。さすが、歴史ある公爵家の工房だと、エルはしみじみ思う。


「ここにある品は、どれも使っていいとご当主様がおっしゃっていました」

「これもか?」


 イングリットが指差した棚に入っていたのは、金や銀の塊である。


「ええ。なんでも、とおっしゃっていたので」

「ずいぶんと、大盤振る舞いをしてくれるんだな」

「それは――」


 執事は何かを言いかけたが、ぐっと口を閉ざす。


「何? 何か理由があるの?」

「言いかけて止めると、公爵が怪しい人物だと思ってしまう」

「いえ、ご当主様は、悪いお方ではありません」

「話して。聞かなかった振りをするから」


 エルがそう言ったら、執事はポツリポツリと話し始める。


「ここはかつて、お嬢様のお気に入りの場所でした」

「お嬢様って、この国の、王妃様……だった人?」

「ええ。魔法に大変興味があったようで、こっそり忍び込んでは、魔法書を読む毎日だったそうです」


 しかし、魔法への傾倒をよく思わなかったフォースターは、この部屋への出入りを禁じた。

 以降、親子は不仲となり、ほとんど口を利かないまま、嫁いでしまったのだ。


「ご当主様は、その件を悔いているようで、お嬢様に許せなかった代わりに、あなた様に使うよう、許可したのでしょう」

「そう、だったんだ」


 執事は頭を下げ、一歩下がる。棚の影になった場所に立ち、気配を消して闇に溶け込んだ。

 これ以上何も聞くなと言いたいのだろう。


「イングリット、ありがたく、使わせてもらおう」

「ああ、そうだな」


 こうして、エルとイングリットは、新しい工房を得た。 

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