少女はお姫様扱いを受ける
すぐさま、エルが過ごす部屋が用意される。
四つの柱で支えられた天蓋付きの豪華な寝台に、品のあるベルベットの寝椅子、ふかふかな絨毯など、贅が尽くされた部屋に執事が案内してくれた。
隣にはエル専用の浴室があるらしい。大理石でできた猫脚のバスタブに、立派な洗面所が完備されているようだ。
イングリットが浴室をキョロキョロ見回し、ポツリと呟く。
「ん、ここは水は通っていないんだな」
一般家庭には、王都の近くを流れる川から水が引かれている。浄化魔法を経て、清潔な水が魔石を動力として届けられているのだ。
その疑問に、執事が答える。
「フォースター公爵家は、六百年ほどの歴史があり、このお屋敷は王都に水が引かれる四世紀前に造られたものになります」
「へえー、そうなんだな」
劣化防止の魔法がかけられているため、問題なく暮らせるという。
「水回りは、メイドがすべて用意します故、特に水道は必要としていないのです」
「貴族ってすげえ!」
イングリットの言葉に、エルも心の中で頷いていた。
部屋に戻ると、菓子と茶が用意されていた。メイドがアツアツの紅茶を磁器のカップに注いでくれる。テーブルには、イングリットの分もあった。
「ん? 私は使用人枠じゃないんだな」
「よかった」
「なんでだよ」
「わたしだけ、お姫様みたいな扱いを受けていたら、息苦しいから」
「そうかい」
メイドが下がっていなくなると、イングリットはクッキーを手に取り、プロクスへと手渡す。
『ぎゃう~~(ありがと~~)』
エルは紅茶を一口含む。芳醇な香りと、豊かな茶葉の風味が口いっぱいに広がった。イングリットも同じように飲んで、顔を顰める。
「いかにも、お貴族様の、って感じのお上品な紅茶だな」
「うん、そうだね」
会話が途切れ、静かな時間が流れる。
ようやく、エルはホッと安堵の息をはいた。
「イングリット、なんとか、なったね」
「エルのおかげでな」
「違うよ。フォースターのおかげだよ」
「エルがフォースター公爵と縁があったおかげだ」
「うん、そっか」
けれど、ずっとここにはいられない。これから先のことを、考えなければならなかった。
「とりあえず、魔石を造らないと」
「私も、魔技巧品作りをしたいな」
素材はある。問題は、工房だ。どうすればいいのかと、イングリットと二人で考えていたところに、フォースターがやってきた。
続けて、何やら荷物を抱えた従僕がやってくる。
「フォースター……じゃなくておじいさん。何?」
「服を買ってきた。見てくれ」
メイドが箱を開封し、一枚一枚広げて見せてくれる。
「すべて、エルのために用意したドレスだ」
「……」
「流行のドレスは、気に入らないかね?」
「ん、ふつう」
「つれないな」
ドレスを見せびらかして満足したのか、メイドと従僕はすぐに下がらせる。
「どうだい、君に用意した部屋は?」
「豪華だね」
「気に入ったかい?」
「ふつう」
フォースターはエルの返答を聞き、「はははは!」と高笑いする。実に、嬉しそうだった。
「そうか、そうか。それはよかった。何か必要な物があれば、なんでも言ってくれ」
「工房」
「ん?」
「魔道具が作れるような、工房がほしいの」
「ああ、工房か。普通の部屋では、いけないのだろう?」
「そう」
魔技巧品を作る工房は、設備が必要だ。まず、魔技巧品を作る最中で爆発が起きたとき、周囲を巻き込まないための結界が必要なのだ。
そして、魔技巧品作りの素材は繊細だ。太陽の光に触れただけで、劣化するものもある。そのため、地下が好ましい。
イングリットの家には地下部屋はなかった。その代わり、太陽光を一切通さない特別な遮光カーテンがあったのだ。それも、イングリット自身が作った魔技巧品である。
「遮光カーテンは作れないこともないが、材料はすべて家にあるな」
現状、回収は難しい。
「我が家の地下に、その昔、フォースター公爵家と契約を結んでいた魔法使いの工房がある。使えそうだったら、好きなだけ利用するといい」
「え、いいの?」
「ああ。だが、二百年近く、誰も出入りしていないが」
「二百年……すごいな」
「今から、見に行ってもいい?」
「ああ。執事に案内させよう」




