少女は首を傾げる
「あっさり受け入れたけれど、フォースターの家族は大丈夫なの?」
「家族?」
「隠し子がいるって聞いて、衝撃を受けない?」
「ああ、その心配には及ばない。妻は二十年前に出て行ったし、一人娘は以前話した通りだ。私は寂しい独り身だよ」
「フォースター公爵家の、跡取りはいないの?」
「いないな。私が死んだら爵位と財産は凍結されて、そのうち王族が継ぐだろう」
「そう」
エルの存在が、フォースター家の争いの種にならないと知り、エルはホッと安堵する。
「私は国内でも三本指に入る、フォースター家の当主だ。私の言うことに、意見できるものは国王か、行方不明になった友人くらいだろう。安心して、過ごすといい」
「ありがとう」
期間は定めないという。懐の深さを見せつけてくれた。
「あの」
「なんだい?」
「フォースターは本当に、わたしが悪い人だと、疑っていないの?」
「まったく、思っていないよ」
「理由は?」
「勘だ。ひと目会ったときから、お嬢さんのことが、気になってしかたがなかったんだよ」
フォースターの発言のあと、イングリットはエルを守るようにぎゅっと抱きしめる。
「イングリット、何?」
「あいつ、少女趣味があるんじゃないよな?」
「さあ?」
エルの素っ気ない回答に、フォースターは待ったをかける。
「私は、そのような理解できない趣味は持ち合わせていない。お嬢さんには、不思議な魅力があるのだよ。ダークエルフの君も、一緒に行動しているのならば、わかるだろう?」
「言われてみたら、エルは放っておけない何かがあるな。それに、料理が美味い」
「たしかに、馬車で食べた料理はおいしかった」
エルはイングリットとフォースターの言葉に照れてしまう。モーリッツや父は特に何も言わずに食べていたので、褒められ慣れていないのだ。
「まあ、何はともあれ、私の勘がお嬢さんを助けるように訴えているし、精霊や竜に妖精が心寄せる存在が、悪しき者である可能性は極めて低いだろう」
「フォースター、ありがとう。もしかしたら、迷惑をかけるかもしれないけれど」
「ふむ。財産、地位、名声と三拍子揃った私に、困るような事態があるのかな? あったとしたら、お嬢さんのために、駆けずり回って見せよう」
話を聞いていたら、フォースターは王族に次ぐ地位や権力を持っているようだ。
あのとき乗り合わせたのがフォースターでよかったと、エルは思う。
手と手を握り、しばらくフォースターの隠し子でいることに決めた。
「それで、えーっと、何だね。ここに住むにあたって、お嬢さんの名を教えてほしいのだが」
「言っていなかった?」
「言っていないね」
「言っていないな」
『ぎゃうぎゃう(言っていないよ)』
「そう」
フォースターはエルを信じると言った。同じように、エルもフォースターを信じることにした。
若干の胡散臭さはあるものの、悪意に敏感なヨヨは何も言わない。きっと、信用してもいいのだろう。
「わたしは、エルネスティーネ」
「エルネスティーネ!?」
「え?」
「今、エルネスティーネと言っただろう?」
「ううん、言っていない……はず」
エルネスティーネ――どこかで聞いたことのある名だが、覚えていない。
いったい、どこで聞いたのか。
「その名前、フォースターの知り合い?」
「いいや、娘が――」
「亡くなったアルフォネ妃?」
「ああ、そうだ」
フォースターの娘が、生前話していたらしい。
子どもを名付けるとしたらは、一人目はロレンティーヌ。二人目は、エルネスティーネと付けたいと。
ドクン、ドクンと胸が激しく鼓動する。
エルネスティーネの名を耳にしてから、酷く落ち着かない気分になった。
フォースターの娘、アルフォネ妃はエルの母親である。
エルには本名があり、それがエルネスティーネである可能性があるのだ。
疑問は、なぜ、モーリッツや父フーゴは『エル』と略した形で呼んでいたのか。
「えー、それで、お嬢さんの名は、エルでいいのかい?」
「――!」
今、この瞬間、エルは気付いた。
アルフォネ妃が母親ならば、フォースターは祖父なのだと。
どうして、今まで気付かなかったのか。
フォースターも独りであると話していた。
つまり、エルとフォースターは似たもの同士なのだ。
「エル、でいい」
「では、エルと呼ばせていただこう。私のことは――パパと呼んでもらおうかな?」
「ヤダ」
「な、なぜだい?」
「フォースターはフォースターだから」
「エル……」
イングリットに、呼び捨ては気の毒だろうと言われる。
エルはしばし考え、提案してみた。
「だったら、おじいさん、でもいい?」
「おじいさんか。悪くないな」
悪くないと言いつつ、口元には弧を描いていた。
「それじゃあ、おじいさん、よろしく」
「ああ。エル、仲良くしよう」
「仲良くするのは、ちょっと……」
「な、なぜだい!?」
つれない態度のエルにフォースターは衝撃を受けつつも、どこか嬉しそうだった。




