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少女と猫とお人好しダークエルフの魔石工房  作者: 江本マシメサ
第一部 少女はダークエルフと出会う
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少女と猫は魔物と出遭う

 朝──鳥のさえずりで、目覚めることができたらよかったのに。


『グルルルルル!!』

「きゃあ!」

『エル、大丈夫だ。結界から出なければ大丈夫!』


 結界の周囲を、フォレ・ウルフが囲んでいた。

 フォレ・ウルフというのは森に生息する狼型の魔物で、群れを成して行動する。旅人や商人の多く襲い、恐れられている魔物である。

 エルの結界の前に、三頭のフォレ・ウルフがいた。全長は一米突メートル半ほど。牙をき出しにしよだれを滴らせ、低い声でうなっていた。飢えているのだろう。あばら骨が浮き出ていた。

 こういう状態の魔物には、魔物除けの魔法が利かない。忌避効果を恐れず、捨て身で襲いかかってくるのだ。

 フォレ・ウルフは結界の中には侵入できず、グルグルと唸るばかり。危害を与えることはできないようだ。


「でも、このままでは、結界の中から出られないよ」

『魔石を使って攻撃するんだ』


 魔石の中には生活で利用する物の他に、攻撃として使える物も存在する。

 雷鳴とどろかせる雷の魔石に、火柱を巻きあげる炎の魔石、全身凍結させる氷の魔石など。

 すべて上位魔石で、完成した時モーリッツは金貨十枚で買い取ってくれた。

 もしかしたら、旅する中で魔物と出会うかもしれない。戦闘をも想定していたので、エルの魔法の鞄には上位魔石が百個ほど入っている。

 その中の一つ、氷の魔石を取り出した。

 表面に刻まれた呪文を指先でなぞり、結界の外へ放り投げる。

 投げた氷の魔石が落ちた瞬間、地面から氷柱つららが突き出た。フォレ・ウルフの体を、くいのような氷の先端が貫いた。

 大量の血を氷柱に滴らせながら、あっという間にフォレ・ウルフは絶命。


『ひええええ~……!』

「ううっ!」


 濃い血の臭いがツンと鼻腔びこうを突いてきた。

 フォレ・ウルフの血肉を見たエルは、こみあげてくるものを堪える。口を押さえ、なるべく周囲の状況を見ないようにしていた。

 じんわりと、涙が浮かんでくる。これが、森を出ることなのだ。

 モーリッツと交わした約束のすべては、エルを守るものだった。今、ヒシヒシと痛感する。


『エル、早くここから去らないと、新たな魔物がやってくるよ』

「う、うん」


 被っていた毛布を畳み、敷物に包んで魔法鞄に詰める。そして、結界を解いて外に出なければならない。


 結界の外に出たら、いつでも魔物に襲われてもおかしくない状況となる。

 昨晩は、魔物のことなんか気にせずに、森の中をひたすら駆けてきた。

 モーリッツの家に火を放った村人と、炎の手がエルの敵だった。

 村人と炎の手を逃れたと思っていたら、今度は魔物の脅威にさらされる。

 安息の地は、まだ遠い。


 ヨヨにもう一度急かされたので、エルは勇気を出して結界から出た。

 風がびゅうびゅう吹く音や、木の葉が重なり合うガサガサという音が妙に大きく感じた。

 今までは、モーリッツの広範囲に敷かれた結界の中で暮らしていたから、森の恐ろしさに気づいていなかったのだ。


「ヨヨ、行こう」

『うん』


 本当はフォレ・ウルフの亡骸なきがらから目を背けたかった。しかし、こういったものにも慣れないといけない。


 これから先の人生は、守ってくれるモーリッツはいないのだ。

 モーリッツが隠そうとしていた世の中の恐ろしいものにも、目を向ける必要がある。

 エルは前を向き、一歩、一歩と歩みを進めていた。

 フォレ・ウルフの亡骸の前を通過したあとは、走って先へと進んだ。

 ゆっくり進んでいたら魔物と遭遇しそうで恐ろしかったからだ。


 ◇◇◇


 一時間ほど歩いたら、エルの腹がぐうっと鳴る。

 食欲なんて沸かないと思っていたのに、活動を始めたらしっかり腹は空くのだ。


『エル、この辺でちょっと休もう』


 ヨヨはその辺に転がっていた石を円形に並べ、エルの魔法鞄から火の魔石を取り出して発火させる。


『料理は僕に任せて。エルはお茶でも沸かしておきなよ』

「うん、わかった」


 ヨヨは食材と調理器具を取り出し、魔法を使って鍋や包丁を器用に動かしている。

 ベーコンの塊を大きな葉っぱの上に置き、分厚くカットした。それを、油を敷いた鍋で焼く。


「あ、ヨヨ、それ、一人じゃ食べきれないよ!」

『大丈夫! 食べられるよ』


 隙あらば、ヨヨはエルにたくさん食べさせようとする。


「ヨヨはわたしを太らせて食べる気なんだ」

『はいはい。そういうことは、太って可愛くなってから言ってね。今のエルは、ガリガリでぜんぜん可愛くないし、おいしそうじゃないから』

「うう……」

『お茶、早く淹れないと、食事が完成しちゃうよ。急いで』

「うん、わかった」


 エルは茶器を魔法鞄の中から取り出す。魔石ポットと、それからお気に入りの白磁のカップ。

 まず、二段重ねになっている魔石ポットの一段目に火の魔石を入れる。二段目に水を注いでしばらく放置していると、魔石の力で湯が沸騰し、注ぎ口から湯気が出てくる。

 これが、沸騰ふっとうのサインだ。

 湯が沸いたら、一段目に茶葉を入れる。

 エルが選んだのは、乾燥させたシロツメクサの花とつぼみ。春に摘んで、乾燥させていたものである。

 湯を注いでしばらく蒸らしておけば、シロツメクサ茶の完成だ。

 シロツメクサには、精神安定の効果がある。今のエルにぴったりな茶だ。

 そのままでは少々味気ないので、タンポポの砂糖漬けを一つ入れた。

 茶の準備が整ったのと同時に、ヨヨの料理も完成したようだ。


『はい! ベーコンと目玉焼きのプレートの完成だよ。さあ、召し上がれ!』


 木のプレートには、分厚いベーコンと白身の端がカリカリに焼かれた目玉焼き、それからその辺で摘んだ野草にドレッシングがかかったサラダが添えてある。一緒に食べるのは、エルが焼いた甘くないビスケットだ。


 神々に感謝の祈りを捧げ、いただくことにする。

 まず、分厚くカットされたベーコンから攻略してみる。フォークで押さえ、ナイフで一口大に切った。黒胡椒くろこしょうが振られていて、フォークに刺して持ち上げると脂が滴っている。

 パクリと食べたら、しっかりした歯ごたえと脂の甘みが口の中で広がった。


「おいしい……」


 エルが仕込んだベーコンだが、最高の出来だった。

 ビスケットの上にもベーコンを乗せて食べてみる。これも、絶品だった。

 卵の黄身に絡めたり、白身に包んで食べたり。分厚いベーコンはあっという間に食べきってしまった。


『ほら、全部食べられたでしょう?』

「うん。大丈夫だった」


 最後に、シロツメクサ茶を飲んでホッと息を吐きだす。

 ベーコンを食べたら、力が湧いてきた。腹も満たされたからか、気分も前向きになる。


『そういえばエル、地図とか持っているの?』

「持っていないけれど、前に見せてもらった地図は覚えている。ここを南下したら、小さな村があるから、そこで休んで、さらに南下したら港町がある。そこで船に乗って、セシル大陸に移って、北上したら王都がある」

『相変わらず、エルの記憶力はすごいね』


 一度見て、聞いたものは記憶の中に刻まれ、絶対に忘れない。だからこそ、モーリッツの弟子として受け入れられたのだろう。


『王都で才能を見いだされて、国王陛下の専属魔法使いになったりして』

「ありえないから。王都に行ったら、わたしみたいな人はゴロゴロいるだろうし」

『そうかな~?』

「それに、偉くなりたいとか、たくさんの人に認められたいとか、ぜんぜん思わない。住む家があって、毎日食事に困らなくて、布団とヨヨがあれば、他に何もいらない」

『あー! エル。今、僕のこと布団の一部として言ったでしょう?』

「気のせいじゃない?」

『気のせいじゃな~い!』


 ヨヨの料理を食べたエルは、ほんの少しだけ元気を取り戻していた。

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