少女はフォースター公爵に保護を求める
保護を訴えるエルにフォースターは驚いた様子だった。いきなりだったので、無理もないだろう。
「いったい、どうしたというのだ?」
「わたしが、黒斑病の原因であり、村を焼き、王女の姿を借りて暗躍する悪い存在だと、触れ回っている人達がいるの」
「――!?」
フォースターは目を見開き、エルをジッと見つめる。
「わたしは、そんなに、王女に似ているの?」
「そ、それは……」
「出会ったときも、驚いていたよね?」
「そう、だったな」
フォースターはぎゅっと拳を握って険しい表情でいたが、諦めたのか話し始める。
「たしかに、君は王女によく似ている。まるで、双子の姉妹のように」
「そう」
エルの人生における、不自然なパズルのピースがパチリ、パチリと正しい位置に嵌まっていくような気がした。
ただ、まだ完全ではない。わからないことが多すぎた。
「黒斑病について、地方に調査隊を派遣したのは私だ」
フォースターがそう口にした瞬間、イングリットはエルを抱きしめる。フランベルジュは刃に炎をまとわせ、プロクスは低い声で唸り始めた。
ヨヨのみ、のんきに尻尾を揺らしている。
「みんな、大丈夫だよ。ヨヨを見て」
警戒している様子はまったくない。
妖精であるヨヨは、人の悪意に敏感だ。そのため、フォースターが敵ならば、一刻も早く警戒態勢になる。
「イングリット、落ち着いて。あなたも妖精族だから、冷静になったら、わかるでしょう?」
「あ――そ、そうだな」
フォースターから悪意は感じ取れなかったようだ。イングリットは警戒を解く。他の者も同様に。
「すまない。この件に関しては、私自身、わからないことばかりなんだ。調査隊が辺境の村から、文字入りのナイフを持ち帰ったのだが、書き込まれた言葉については調査中だったはずだ」
「文字入りの、ナイフ?」
「ああ、それには、こう書かれていた」
──疫病は、森の魔物喰いが持ってきた。幼い少女であるが、呪われし存在。早く、殺さないと我々が滅びてしまう
「なっ……!」
魔物食いというのは、悪しき魔法使いのことである。
黒魔法に手を染めた古代の魔法使いが魔物の血を啜ったことからそう呼ばれていたという。魔物の血には魔力が多く含まれているが、口にすると気が触れるので食することは禁忌だったのだ。
「どこかで情報がねじ曲がったのだろう。生存者がいた話など、聞いていない」
「いったい、誰が……?」
「さあな。だが、流行の兆しが見えている黒斑病を、誰かのせいにしたい一派がいるようだ」
それがいったい誰なのか、皆目見当もつかないという。
しかし、ナイフが回収された朽ちた村は出身地で、魔物食いと呼ばれていたのはエルのことを忌み嫌っていた村人による言葉だろう。
王都でエルが追われたことと、無関係とは思えなかった。
フォースターはいないといっていたが、本当に生存者がいる可能性が高い。
「黒斑病については、国家錬金術師が調査をしている。おそらく、呪いの類いではないだろう」
エルは知っている、黒斑病の原因を。
ただ、それを今、口にしていいものか迷う。
ヨヨを見たら、首を横に振っていた。言うなと、目で訴えてくる。エルはヨヨに従うことにした。
「それで、本題に移るが――君達を保護しようと思う」
「でも、わたしがここにいたら、フォースターの迷惑になるのでは?」
「私の隠し子ということにしておけばいい」
「か、隠し子!?」
「そうだ」
イングリットはエルの侍女になればいいという。
「この屋敷の中にいる限り、安全だろう」
「いいの?」
「保護してくれと、言い出したのは君のほうだろう」
「そうだけれど」
想像以上の待遇に、エルは戸惑ってしまう。イングリットのほうを見上げたら、肩をすくめていた。
「フォースターは、どうしてそこまでしてくれるの?」
「君には恩があるからね。それに、どうしてか他人のような気がしないんだ」
「わたしが、王女に似ているから?」
王女はフォースターの孫娘である。エルはその王女にそっくりなので、気の毒に思っているのか。エルは問いかける。
「それだけではないが、口で説明するのは難しいな」
「そっか」
イングリットにどうするか聞いたら、苦虫を噛み潰したように言った。
「下町の工房は、人が押しかけて帰れないだろう。家には結界をかけているから、侵入はできないようになっているが」
「うん。ごめんね」
「エルのせいじゃないから気にするな」
ポンと、イングリットはエルの頭を軽く叩く。彼女がそう言うのならばと、エルも気にしないようにする。
「今、フォースター公爵の保護される以上に安全な立場はないだろう」
「そう、だよね。だったら――」
エルはフォースターの申し出を受け入れる。
フォースター公爵の隠し子として、屋敷で暮らすこととなった。




