少女は公爵に訴える
「すみません、中へとご案内する前に、一点だけ」
武器の持ち込みは禁止らしい。イングリットは弓と矢、それからフランベルジュを差し出した。
『お、おい! 俺様は預けるな!』
「いや、武器を持ち込めないって言っているんだ」
『俺様は武器ではないぞ!』
執事は喋る剣を前に、驚いた表情を見せていた。
「あの、こちらは?」
「武器に見えるが、精霊だ。預けるなと騒いでいるが、どうすればいい?」
「武器でないようでしたら、預けなくてもいいかと」
「わかった」
フランベルジュは『はー、危なかった』とボソボソ呟いていた。
使用人達は奇異の目でフランベルジュを見ていたが、こういう生き物なので仕方がない。
「では、こちらへどうぞ」
長い長い廊下を歩く。敷かれた絨毯は高級品で、ふかふかしていた。
点々と置かれた調度品は、詳しくなくとも美術館に飾られるクラスの物だとわかる。
エルとイングリットが案内されたのは、客人を迎える応接間。
大きな窓から陽光が柔らかく差し込み、白亜の壁が部屋を明るく見せてくれる。
長椅子はスプリングが効いていて座り心地がよく、テーブルに置かれた薔薇は香しい芳香を放っていた。メイドが香り高い紅茶と高級そうなクッキーを持ってきてくれる。
「旦那様に名前を伺いたいのですが、お聞きしても?」
執事の質問に、エルはハキハキ答えた。
「フォースターに名前を名乗っていないの。馬車で同乗した子どもと言ったら、わかると思う」
エルの堂々とした態度に、執事はハッと目を見張っていた。
「あなた様はもしや――いえ、なんでもありません」
執事もまた、エルと誰かの面影を重ねているのか。
それは誰なのか追求したかったが、尋ねる相手は執事でなくてもいいだろう。
恭しく去る執事を見送り、エルは鞄の中からプロクスを出してあげると、クッキーを与えた。
『ぎゃう~!(おいし~!)』
「よかったね」
イングリットは珍しく緊張しているように見えた。
「イングリット、大丈夫だよ。腹黒そうなお爺さんだけれど、怖くない」
「その腹黒そうなところが怖いんだよ」
フォースター公爵は魔道具に否定的な貴族の一人である。魔技工士であるイングリットは、それも引っかかっているらしい。
「フォースターが魔道具を嫌う理由は、魔石車の環境破壊と、魔石の買い占めが原因だから。イングリットみたいに、真っ当な魔道具を作っている魔技工士は、敵対視しないはず」
「そ、そうか。というかエル、詳しいな」
「偶然話してくれたの」
ここでようやく、フォースターがやってきた。実に、久しぶりの再会である。
「ああ、お嬢さん!」
フォースターはエルの傍へ駆け寄り、その場に片膝を突く。
「ずっと、心配していたんだ。一回、探偵を使って探そうとしたのだが、見つからなくて――!」
「勝手に探さないで」
市場や旅に出るときは、深い頭巾を被っていた。そのため、白銀の髪の少女がいるという情報は隣近所にしか出回っていなかったのだ。
「フォースター、とりあえず、長椅子に座って」
「そ、そうだな」
温かい紅茶が再び運ばれる。フォースターは紅茶を一口飲むと、ホッと落ち着いたように息をはく。
「えー、なんだ。いろいろ突っ込みどころがあるのだが、まずは、ダークエルフのお嬢さんから紹介いただけるかな?」
「彼女は私の仕事仲間。魔技工士なの」
「魔技工士……!」
フォースターの目つきが鋭くなる。エルはすぐに弁解した。
「彼女はまっとうな魔技工士だから。環境を破壊するような魔道具は作っていないし、魔石の買い占めもしていない。人がほんのちょっとだけ、暮らしが豊かになる品物を作っているだけなの」
「そうだったか……。いや、すまない。視野が、狭くなっていた」
続けて、プロクスを紹介する。
「これは火竜。クッキーが好き」
「火竜……そ、そうか。だったら遠慮なく食べるといい」
フォースターがクッキーの載った皿を差し出す。プロクスは長椅子の上で小躍りを始めた。
「ずいぶん、明るい火竜だな。イメージが覆りそうだ」
「可愛いでしょう?」
「まあ、そうだな」
最後に、フォースターの視線はフランベルジュに注がれた。
「それが、その、喋る剣の精霊かい?」
「そう」
『はははは! 政敵であったフォースター公爵家の当主と、こうして喋る機会が巡ってくるとは!』
フランベルジュの前世は、炎の勇者であり、大貴族の子息でもあった。
どうやら、フォースター公爵家と仲が悪かったらしく、感慨深そうな様子でいる。
「はて、精霊の知り合いはいなかったはずだが」
「あまり、相手にしなくていいから」
紹介も終わったので、本題へと映る。
「今日は、お願いがあってやってきたの」
「何かな?」
「わたし達を、保護してほしくて」




