少女はフォースター公爵との縁について、ざっくり語る
エルの突然の宣言を聞いたイングリットは、目が点となっていた。
「エル……フォースターって、白きユニコーンの家紋のフォースターじゃないだろうな?」
「そのフォースターだと思う」
「そのフォースターは、とんでもない大貴族で、当主は国の重鎮ともいえる存在だ。そんなヤツの家に行ったら、即座に捕まるに決まっている」
「フォースターには、貸しがあるの」
「エルサン……あんた、なんで……」
イングリットはその場に膝をつき、ぐったりとうな垂れる。
「イングリット、大丈夫? もう一杯お水飲む?」
「いや、いい。つーか、私、水吐フグの水飲んだんだよな」
「うん、ごめん。水の魔石が、もうなくって。おいしくなかった?」
「いや、キンと冷たくて、おいしかったけれど」
「そうなんだ。今度、わたしも飲んでみるよ」
「エル……水吐フグの水、飲んだことなかったんだな」
「ない」
虚ろな目をしているイングリットに、エルはフォースターとの縁を語り始めた。
「港町から王都へ続く馬車に乗り合わせたのが、フォースター。空腹のフォースターに、パンとスープをあげた貸しがあるの」
「エルサン、あんた、どんだけ人を食べ物で釣り上げるんだよ」
「釣ったのは、プロクスだけだよ」
クッキー一枚で火竜を釣り、パンとスープで国の重鎮であるフォースター公爵と知り合った。ありえないと、イングリットはぼやく。
「フォースター公爵のところに行って、どうするんだ?」
「保護してもらう」
「逆に、捕まる可能性は?」
「ある。でも、街で捕まるよりかは、丁寧な扱いで捕まる気がする」
「まあ、そうだな」
号外が配られている中、見つからずに脱出することは不可能だろう。
「プロクスが大きくなれるような、開けた場所もないし」
「公爵邸の庭だったら、問題ないかもな」
「そう。それも、目的の一つでもある」
もしも捕まりそうになった場合は、脱出して庭に逃げ込み、成獣化したプロクスで逃走すればいいのだ。
「そんな作戦なんだけれど、どう思う?」
「うーん。ずっと、ここにいるわけにもいかないだろうからな」
イングリットはぎゅっと目を閉じ、考える仕草を取る。眉間に皺を寄せ、うんうんと唸っていたが、腹をくくったようだ。
「わかった。フォースター公爵のところに行こう」
「決まりだね」
ここで、長いしっぽ亭の店主が一言口を挟む。
「あんたら、フォースター公爵邸に行くのだったら、馬車で送ってやるが」
「それは、ありがたいけれど、どうしてそこまでしてくれるの?」
「うちの客だからだよ。それに、あんたらが悪人でないことは、よくわかっている」
「そっか。ありがとう」
「礼は、フォースター公爵邸に到着してから言ってくれ。号外のせいで、街中は混乱している。何が起こるかは、わからん」
「うん……」
一行はすぐさま馬車に乗り込み、長いしっぽ亭を出発した。
人が多い大通りを避け、整備が行き届いていない裏通りを走る。
悪路とまでは言わないが、雑草が生え、石畳に欠けがあるので馬車は大いに揺れる。
「わっ!!」
ガタンと大きく音が鳴った瞬間、エルの体は軽く浮いた。
座席に立てかけてあったフランベルジュは、倒れてしまう。
『うぐっ!!』
幼体のプロクスも、ゴロゴロ転がっていた。ヨヨだけは、床に張り付いていたのか微動だにしない。
「酷い道だな。王都とは、思えない」
「ガタガタだから、みんな、通らないんだね」
「みたいだな」
時間をかけ、フォースター公爵邸に到着する。
窓から見た屋敷は、国王の住まいかと思うほど大きい。
「これで、タウンハウスかよ」
「領地のカントリーハウスは、これより大きいんだ」
「おそらくな」
名だたる貴族は、領地と王都、二カ所に屋敷を持つ。
王都のタウンハウスは夏から冬にかけての社交期のみやってきて、生活の拠点とする貴族がほとんどである。
長いしっぽ亭の店主はフォースター公爵家に顔が利くようで、守衛がいる門をあっさりと通過していった。
「ついているな」
「うん。わたし達だけでは、門を通過できない可能性もあったから」
いくらフォースター公爵家の家紋が入った指輪を持っていたとしても、女、子どもの戯れ言として処理されるかもしれなかったのだ。
馬車はどんどん進んでいく。
フォースター公爵邸の庭は、想像以上に広大だった。
美しい花が咲き乱れ、噴水に温室、東屋など、どこを見てもため息が零れそうな景色が広がっていた。
「これだったら、プロクスが成獣化できるね」
「そうだな」
『ぎゃう!(まかせて!)』
馬車から降り、中へと入ると、大理石のエントランスと大勢の使用人に迎えられた。
長いしっぽ亭の店主が、執事に取り次いでくれる。
「この娘達が、フォースター公爵に貸しがあるらしい。会わせてやってくれ」
「かしこまりました」
老齢の執事はうやうやしい態度で会釈し、エルとイングリットについてくるように言う。
去りゆく長いしっぽ亭の店主に、エルは声をかけた。
「あの、おじさん。ありがとう」
長いしっぽ亭の店主は手だけ振って、去って行った。




