少女は大事件に巻き込まれる
「イングリット、夜は何を食べたい?」
「うーん、エルが作った、ふわふわのオムレツがいいな。チーズが入っているやつ」
「じゃあ、市場で新鮮な卵を買ってから、帰ろっか」
「そうだな」
エルとイングリットは平和な会話をしつつ、王都の街を歩く。
「なんか、今日は人が多いな」
「だね」
何か催しでもやっているのか。キョロキョロしながら歩いていたエルは、宙をひらひらと漂っていた号外を顔面で受け止めてしまう。
「わっ!」
「おっと。エル、大丈夫か?」
イングリットがエルの顔に張り付いた紙を取ってくれる。
すぐ傍で、刷り上がったばかりの号外を配っているようだった。
「号外、号外だよ~! とっておきの、大スクープだ!」
人が多い原因は、号外が配布されていたからだろう。いったい何が起こったのか。エルは首を傾げる。
「――エル」
「ん?」
イングリットは外套をエルの頭上から被せ、肩を抱く。
「え、イングリット、何?」
「エル、黙ってついてくるんだ。詳しい話は帰ってから話そう」
「う、うん」
人が多い市場に繋がる道を回れ右をして、下町のほうへと向かった。
イングリットの歩みは、だんだんと速くなる。次第に、エルを担ぎ上げて走った。
何か、号外に善からぬことでも書かれていたのだろうか。
エルの中で、不安がじわり、じわりと広がっていく。
あと少しでイングリットとエルの魔石工房にたどり着く。家に帰ったら大丈夫だろう。
そう思っていたのに――イングリットのハッと息を呑む声が聞こえた。
すぐさま、路地裏へと隠れる。
「おい、出てこい!!」
「そこに、銀髪の娘をかくまっていただろうが!!」
十名ほどの騎士が工房の前に集まり、扉を乱暴に叩いていた。
銀髪の少女というのは、エルのことである。
いったい、何が起こっているのか。わけがわからなかった。
「クソ!」
イングリットは悪態をつき、回れ右をして下町の路地裏を走り始める。
ヨヨ、フランベルジュにプロクスもあとに続いていた。
イングリットが向かった先は、貴族の商店街。長いしっぽ亭だ。
閉店の看板がかかっていたが、構わずに扉を叩き続ける。
扉の向こう側から、人影が見えた。厳つい店主が、顔を覗かせる。
「ん、お前たちは――?」
「すまん、匿ってくれないか!?」
「入れ」
「感謝する」
扉が丁寧に閉められ、施錠されるとイングリットはエルを下ろした。
ここまで全力疾走してきたので、ぜーはーと苦しそうに息を吸ってははいていた。
「イングリット、お水、飲む?」
「あ、ああ」
焦るあまり、魔法鞄から水の魔石を見つけることができない。水吐フグがあったので、取り出す。
口から氷の魔石を取り出し、カップに水を吐き出させる。
『オロッオロロロッロ!』
「……」
カップは水で満たされる。イングリットは気にしている余裕がないのだろう。エルが差し出した水を、一気に飲み干した。
「まだ、いる?」
「いや、大丈夫、だ」
イングリットは息が整うと、エルに静かに語りかける。
「エル、その、なんだ。悪い話だ」
「うん」
ヨヨがエルに寄り添う。ふわふわの毛並みをした体をぎゅっと、強く抱きしめた。
「黒斑病の原因は、東の森に棲む銀髪の少女の姿をした魔女が原因だったと、書かれている。似顔絵が載っていて、それが、エルそっくりで。この国の王女の姿に化けて、人々に厄災を振りまいていると、書かれていた」
「どういう、ことなの?」
「東の森の村の火災に、生存者がいたらしい。その者が、証言していると」
「誰か、生きて、いたんだ」
エルは複雑な気持ちがこみ上げ、立っていられずに床にしゃがみ込む。
「号外は、今さっき配られ始めたのだろう」
その証拠に、イングリットの手には乾いていないインクが付着していた。
「わたしの顔にも、インクが付いている?」
「いいや、付いていない。張り付いたのは、裏面だったのだろう」
しかし、なぜ? という疑問が、荒波のように押し寄せる。
「王女の姿に化けてって、どういうことなんだろう」
「そういや、錬金術師のキャロルが、エルとそっくりな人がいると言っていたな」
キャロルは国家錬金術師である。王女と顔見知りの可能性は極めて高い。
「おやじ、悪かったな。巻き込んでしまって」
「いいや、構わない。俺たちは客を、信用している。今回の報道も、民を煽動するためのガセだろう」
原因不明の黒斑病に対する不安を、エルを悪だと糾弾し、人々の強い感情を操ろうとしているのだ。
「それはそうと、預かっていた人工精霊の核の移植が終わった。今は眠っている状態で、いつ目覚めるかは、わからん。引き取るだろう?」
「うん。一緒に、連れて行く」
店主が連れてきた、久しぶりのうさぎのぬいぐるみ型人工精霊、ネージュはぐったりしていて動き出す様子はない。
エルはぎゅっと抱きしめたあと、魔法鞄の中に詰め込む。
「ありがとう」
「いや、いいが」
ネージュは引き取った。ここには長くいられないだろう。
「イングリット、ごめん。わたしのせいで、逃げることになって」
「いや、構わない。問題は、これからどうするか、だな」
ここで、エルは思い出す。
――私はフォースター家の者だ。王都で困ったことがあったら、訊ねるといい。家は、その辺の者に聞いたらわかるだろう
鞄からフォースター家の、角がある馬の幻獣の家紋が入った指輪を取り出す。
「イングリット、フォースターのところに行こう!」




