少女一行は決断する
ゴブリン・クイーンの黒衣のドレスは、弾力性がある不思議な素材だった。
エルは初めて見た素材だったが、キャロルが解説してくれた。
「ああ、これは魔弾ゴムですねー。非常に珍しい素材です」
「魔弾、ゴム?」
「ええ。なんでも弾き返す、耐久性に優れたゴムです」
耐久性に優れるゴムと聞いたエルは、イングリットを振り返った。
「ねえ、イングリット。このゴム、魔石バイクのタイヤに使えない?」
「ああ、使えそうだ」
ゴブリン・クイーンのまとう黒衣のドレスは大きいので、かなりの量の魔弾ゴムが取れた。それから、鉈や腕輪なども、何かに使えるかもしれない。エルの魔法の鞄に詰め込む。
「はー、やっぱりその鞄、すごいですねえ」
キャロルが羨ましそうな視線を向けていたが、詳しく話をするつもりはなかった。
「ごめんなさい、鞄については、もう興味を示さないで」
「あ、そ、そうですよね。すみません」
金属、ゴムと順調に材料は集まる。残りは塗料だけだ。
ゴブリン・クイーンを倒したので、第三層へ続く転移陣が現れた。
「第三層に進むが、心の準備はいいか?」
「私は大丈夫」
プロクスも幼獣体に戻り、挙手した。フランベルジュはくるくる回転している。
ヨヨは、エルが行くならばと、ゆるく呟いていた。
「私も、大丈夫ですー」
「じゃあ、行くか」
第三層目に繋がる転移陣へ乗った。景色はガラリと変わり、ムッと熱気が漂う溶岩地帯に転移した。
「あー、そっか。第三層は、これだったか」
イングリットがそう呟いたのと同時に、背中に無数の鋭い針と滾る火を背負ったネズミがマグマの湖の中から三匹這い出てきた。
「あれは、火針ネズミだ」
プロクスが火を吐き出すが、直撃しても火針ネズミはまったくダメージを受けた様子はない。
フランベルジュが斬りかかったが、火針ネズミは丸くなって転がり、鋭い針をとがらせながら攻撃をかわす。
「最悪だな」
「イングリット、ごめん」
「エル、どうしたんだ?」
「氷の魔石、さっきの戦闘で、全部使ったみたい」
「そうか」
いそいそと、キャロルがどんぐり爆弾を手にしていた。エルは慌てて注意する。
「待って、キャロル。どんぐり爆弾を使って、火針ねずみの鋭い針が四方八方に飛び散ったら危険だから」
「あ、言われてみたらそうですねー」
プロクスのブレスも、フランベルジュの直接攻撃も効果なし。
思いがけない強敵を前に、戦々恐々とする。
「あ、そうだ。これ、まだ使える?」
エルは鞄の中から、水吐フグを捕りだした。
左右の頬を潰すように押すと、水を吐き出す。
『オロロロロロロ!』
吐き出した水は、瞬時に凍った。
「まだ使える! キャロル、お願い」
「ええ、わかりました」
キャロルは火針ネズミに水吐フグを向け、一気に放水した。
『オロロロロロロロロロオロロロロ!!!!』
凍る水を被った火針ネズミは、氷結状態となる。
足止めした隙に、先へと進んだ。
「火針ネズミは、第三層の親玉として出てきた魔物だ」
「そうだったんだ」
パーティーを組んだ結果、平均レベルが上がり、親玉として出てくる魔物が雑魚敵として登場する。
さらに、プロクスとフランベルジュの戦力は期待できない。
本当に最悪だと、イングリットは呟く。
「イングリット、どうする? この辺りで、一回地上に戻る?」
「う~~~~ん」
自分達だけならば、そのほうがいい。けれど、キャロルのコンブ草はまだ見つかっていない。
「あ、私のことは、どうかお気になさらずー。陛下の髪の薬など、命に比べたらなんてことないものです。流行病のことを考えたら、こんなことをしている場合ではないと思いますし」
イングリットは腕を組み、どうしようか考えている。
「そうだな……。戻ったほうが、いいな。水吐フグだけで対処できるわけがないし」
「だよね」
「戻るぞ」
エルは転移札を取り出し、一気に破る。すると、魔法陣が浮かび上がった。一瞬にして、地上へと戻る。
「はー、生きて帰ってこられてよかったです」
「落とした荷物は、いいのか?」
「はいー。重要な品は入っていなかったので」
キャロルは国王が出した馬車でやってきたらしい。帰りも、馬車で帰るという。
「すまんな、コンブ草、見つけられなくて」
「いえいえー。この件は、どうか内密に、お願いしますねー」
「わかっているよ」
もしもどこかでコンブ草を見つけたら、連絡すると約束した。
「私とエルは、王都の下町で工房を開いている。何か用事があったら、そこを訪ねてくれ」
「了解です」
「じゃあな」
「はい。いろいろと、ありがとうございました」
キャロルと握手を交わし、別れる。
一行はプロクスに跨がり、王都へ戻った。




