少女一行は親玉と対峙する
キャロルの話では、親玉はゴブリンリーダーと五体のゴブリンと戦うことになるという。
「イングリットのときも、同じだった?」
「だいたいそんな感じだな。ゴブリンが五匹だったり、六匹だったりと、ばらつきはあるが」
大迷宮は能力によって、敵や取得アイテムを変える。もしかしたら、プロクスやフランベルジュがいるので、別の構成になっている可能性も大きい。
「あ、そうだ。途中で杖を拾ったんだけれど、これってキャロルの?」
エルは鞄の中から虹色水晶杖を取り出し、キャロルへ見せた。もしも、彼女が持ち主ならば、返そうと思っていた。
「わー、きれいな杖ですね。残念ながら、私の杖じゃないですよー」
「そっか」
これは魔法使いの杖で、錬金術師は使えないという。
「錬金術師の杖は、創薬にも使うので、薬剤を混ぜたり、素材を叩いたりするんです。なので、屈強な作りになっているのですよー」
「へえ」
キャロルが落とした杖ではないというので、魔法鞄の中にしまう。
「なっ、そ、その鞄、どうしたのですか!?」
「待て待て、その話はあとだ。一向に、先に進めない」
「あ、そうですね」
やっとのことで、イングリットが親玉が待機する扉を開いた。
『オオオオオオオオオ!!!!』
現れたのは、黒衣のドレスをまとったゴブリン・クイーンだった。
大きさは、三米突ほど。凹凸のないずんぐりとした体に、明らかに重そうなドレスをまとっている。手には、鉈のような刃物を握っていた。真新しい血が付着しているのが、妙に生々しい。
背後には、ゴブリンリーダーを五体従えていた。
「な、なんで!?」
イングリットの問いかけに答えられる者は誰一人としていない。
ゴブリン・クイーン自ら、先陣をきって飛びかかってくる。鉈を振り上げた先にいたのはイングリットだ。
「どわー!!」
イングリットは悲鳴を上げつつ、ゴブリン・クイーンの攻撃を回避した。
プロクスが、炎の吐息を吐き出す。
『ぎゃう!(燃えろ!)』
ゴブリン・クイーンはくるくると高速回転した。プロクスの炎を弾き、天井へ逸らすことに成功していた。
軌道が外れたプロクスの炎は、天井に穴を開ける。
体長二米突ほどのゴブリン・リーダーも次々と襲いかかってきた。
キャロルがどんぐり爆弾をゴブリン・リーダーに向かって投げる。
ドン!!!!
耳の鼓膜を破くような大きな音が鳴り響く。
ゴブリン・リーダーの体は散り散りとなる。まとめて五体倒した。
「おー、なかなかの威力でー」
「強すぎだ!」
イングリットはキャロルに全力で突っ込みを入れていた。
そうこうしている間にも、ゴブリン・クイーンの猛攻は続いている。
魔法系の攻撃は、黒衣のドレスを使った高速回転がすべて弾いてしまう。プロクスとフランベルジュの攻撃は、あまり期待できない。
大きな図体のわりに、素早い。エルの魔石は何度も回避されていた。
「だったら、私のどんぐり爆弾で」
「おい、それが弾かれて、私達のほうで破裂したら危険だろうが!」
「あ、そうでしたー」
遠隔攻撃がまるで効かないので、フランベルジュは斬りかかる。
だが――。
『ぐぬー!』
ゴブリン・クイーンの黒衣のドレスは、フランベルジュの刃すらも弾き飛ばした。
イングリットのほうへ飛んできたが、寸前で回避していた。
「おい、危ないだろうが!」
『すまんな!』
プロクスは成獣体となり、炎の吐息を浴びせる。
しかし、それすら弾かれてしまった。
「熱い!!」
『ぎゃうー(ごめんー)』
部屋の温度が急激に上がったので、エルは氷の魔石を投げ込む。
炎と氷で相殺され、ちょうどいい温度となった。
うっすらと張った氷はゴブリン・クイーンにも付着したが、足止めすることはできなかった。高速回転で、すぐに振り払われてしまう。
「クソ、厄介だな!」
イングリットも矢を打ち込んだが、結果は同じ。
ゴブリン・クイーンは鉈で斬り込んでくるが、避けることしかできない。
「どうすればいいんだ」
『動きを止めることができたら、露出している部分を切り刻むことができるんだがな』
ゴブリン・クイーンの顔や手足は露出している。そこであれば、ダメージを与えることができるとフランベルジュは呟く。
「どんな攻撃を仕掛けても、ドレスを使った高速回転を使われたら、攻撃が弾かれてしまうんだよ」
イングリットの発言を聞いたキャロルが、ハッとなる。
「動きを、止める……、一つだけ、方法があるかもしれません!」
「なんだ?」
「水吐フグに氷の魔石と魔岩塩を飲ませて、液体氷を作って、それをゴブリン・クイーンに被せたら、凍るかとー」
魔岩塩は魔力を多く含んだ岩塩である。主に、魔法薬を作るときに使われる素材だ。キャロルの体内にあるらしい。
氷の魔石単品では、ゴブリン・クイーンの動きを止めることができなかった。
しかし、魔岩塩があれば、氷の魔石の温度をさらに下げた上に、魔力値も上がるのでさらに強い氷が作られる。
加えて、キャロルの祝福である『アイテムスロウ』を使ったら、確実に当てられる。
「エル、キャロルに水吐フグと氷の魔石を渡せ。私達でゴブリン・クイーンの気を逸らしておく」
「う、うん、わかった」
イングリットとフランベルジュ、プロクスで、ゴブリン・クイーンのヘイトを集める。
その間に、エルはキャロルに水吐フグと氷の魔石を手渡した。
「キャロル、お願い」
「お任せください!」
キャロルは水吐フグの口に氷の魔石を詰め込み、自身の中にある魔岩塩を調合させた。
頬を押すと、氷の液体を吐き出す。
『オロロロロロロロロローー!!!!』
吐き出した水は、外気に触れた途端に凍っていく。
「よし、いい感じですね。では、みなさん、ゴブリン・クイーンに浴びせますよ」
まず、イングリットが矢を放つ。ゴブリン・クイーンは高速回転で攻撃を弾き飛ばした。
ゴブリン・クイーンが地に足をついた瞬間、キャロルは水吐フグの左右の頬を強く押した。
『オッロロッロオロロロロオロロロー!!!!』
弧を描いて液体は、ゴブリン・クイーンのドレスにまとわりつく。
高速回転をして払おうとしたが、もうすでに、地面と体が凍っていて動けない状態になっていた。
「よし、今だ!!」
フランベルジュは、ゴブリン・クイーンの首を刎ねた。
たった一撃で、絶命する。
「や、やった?」
『みたいだね』
ヨヨの返事を聞いたエルは、その場にへたり込む。
思いがけない強力な敵を倒すことができたので、深い深い安堵の息をついてしまった。




