錬金術師は世界の真理に触れる
「偉大なる大賢者?」
「はい。我が国が誇る宝物のようなお方で、名をモーリッツ様と」
「モーリッツ、先生」
「やはり、お知り合いでしたか! あの、私、モーリッツ様の行方を長年捜しているんです。いったい、どこにいらっしゃるのですか?」
「先生は……死んだ」
「なっ!? あ、あの、詳しい話を、聞かせてもらえませんか!?」
モーリッツは国王の友人で、国が誇る大賢者で、長年行方を捜す者が複数いるほど望まれる人物だった。
けれど、エルにとっては、祖父であり、家族であり、先生でもあった。
ただ、それだけだった。
モーリッツの死をきっかけに、エルの日常は崩れ去る。
家を焼かれ、逃げるように森を去った。
その日の記憶は、忘れていたわけではない。きつく、蓋をしていたのだ。
イングリットが手を差し伸べてくれたおかげで、立ち直っていたのだが。
エルは頭を抱え、涙を流す。
「おい、錬金術師サマ、あんたの事情は知らないが、エルの事情に勝手に踏み込まないでもらえないか?」
イングリットはエルを、キャロルから守るように抱きしめながら言った。
「す、すみません。配慮に欠けた発言でした。その、許してください」
「だ、大丈夫。わたしのほうこそ、取り乱して、ごめんなさい」
「いえ、そんな……悪いのは、私のほうです」
エルは闇の思考の渦へ引きずられそうになったが、イングリットのおかげでいつもの自分を取り戻す。
「私、本当は国王陛下の育毛剤の材料なんか、採りに行っている場合じゃなくて。国中で流行っている病の特効薬を考えなければならないのに……」
「もしかして、それって――」
黒斑病。各地で猛威をふるっている、流行病だ。
エルはヨヨと旅する中で、黒斑病の感染に苦しむ村人を救った。
「モーリッツ様は、流行病の特効薬を作ったのですが、行方をくらます際に、作り方が記されたものから薬の在庫まで、すべて破棄してしまい……。この国は滅ぶべきだと告げてから、去って行ったそうです」
国王との確執が原因で国を去ったと、以前フォースター侯爵から話を聞いていた。
モーリッツの本心は、エルも知らない。
亡くなっている以上、真相は闇の中だ。
「十数年前に流行し、特効薬によって沈静化していましたが、ここ数年、再び流行始めました。しかし、どれだけ開発に時間をかけても、病を打ち消す薬は見つからないのです」
エルは、黒斑病の特効薬の作り方を知っている。しかし、それをキャロルに伝えていいのか、わからない。
モーリッツが創薬方法を隠したのは、何か理由があるような気がしてならないのだ。
どうすればいいのか。エルが迷っていると、イングリットが話し始める。
「私の村では、多くの人が亡くなってしまう現象を、『神の裁き』と呼んでいる」
「神の裁き……? それは、どういう意味ですか?」
「国に人が増えすぎると、生態系が崩れる。その結果、世界が滅びる。そうなる前に、一気に調整を行うんだ」
「なっ……!」
「他にも、戦争や天災も、神がかかわっていると伝わっている」
「では、それは人がどうこうしていいものではない、と?」
「詳しくは知らんが、そうだろうな。その、大賢者様とやらも、それに気付いたのかもしれない。もしくは、神自身が彼に接触したのか」
「では、私の研究は、すべて無駄だと?」
「それは答えられない。私は神ではないからな」
「でも、妖精族であるダークエルフは、人よりも神に近い存在です」
高い魔力、長い寿命、美しい容貌。エルフは神が造りし、最高傑作だともいわれていた。
人と同じ形で生まれながら、エルフは人里には姿を現さない神秘的な存在として人々の間で認識されているのだ。
「イングリットは、イングリットだよ。何者でもない、ただの、親切なお姉さんだから」
エルの一言で、キャロルとイングリットの間にあるピリッとした空気はなくなった。
「すみません、白熱してしまって」
「いや、私も悪かった」
大迷宮の攻略から、話が大きくズレてしまった。
エルは話題を元に戻す。
「えーっと、それで、水吐フグで爆弾作れる?」
「水吐フグ以外で、作りましょう」
キャロルが選んだのは、どんぐりだった。これは、大寒波のときに、餌を求めてさまよっていたリスにパンを分け与え、半年後に礼としてもらったどんぐりである。
「リスからお礼のどんぐりって、童話の中の世界かよ」
「現実の話だから」
そんなことを話している間に、キャロルは爆弾を完成させた。
「どんぐり爆弾の完成です。一粒で、魔物の首をぶっとばせます!」
「エルとリスのほのぼの交流の思い出が、物騒な武器になってしまった」
「イングリット、リスとのほのぼの交流の思い出なんてないから。リスが勝手にどんぐり置いていって、捨てられなかっただけだから」
「エル、クールだな」
キャロルが戦ったのは、ゴブリンを五体引き連れた、ゴブリンリーダーだったらしい。
「見上げるほどの巨体でした。でも、このどんぐり爆弾があれば、一発で仕留められます」
戦力が整ったところで、第二層の親玉戦に突入する。
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