ゴブリンの粘液まみれの女性の事情
「私、国王陛下に育毛剤を作るように命じられましてー」
「い、育毛剤?」
「はい。禿げた頭に塗布すると、死んだ毛根を刺激して、髪の毛がぐんぐん伸びるのですよー」
「お、おう……」
「いやー、なんか、額が広くなっているのが気になるみたいで。でも、男性はある程度年齢がいったら禿げるのですよー、大丈夫。みんなで禿げれば怖くない! 自分だけふさふさしていたら、カツラかと疑われます。禿げは成長です。大人になった証なんです、むしろ、結構禿げているほうが、渋いです! 色気がありますとお伝えしたのですが、どうしても毛根偽装……いえ、育毛したいとおっしゃっていまして」
女性は男性の毛について饒舌にまくしたてる。エルとイングリットは圧倒され、目を瞬かせることしかできなかった。
「育毛剤の材料は、入手困難で。特に、毛根の活動を活性化させるコンブ草は大迷宮にしか自生していません。私はすぐさま国王陛下に、育毛剤部隊を結成してほしいと懇願したのですが――育毛剤を作ることを、誰にも知られたくないとおっしゃって」
「おい、あんた。それ、私らに言っても大丈夫だったのか?」
「あ、大丈夫、ではないですね。あれ、あなた」
女性は驚いた顔で、エルを見る。
「何?」
「あ、すみません。知り合いによく似ていたので。気のせいでした。こんなところに、いらっしゃるわけありませんし。えーっと、何の話をしていたのか」
「育毛剤について、国王陛下が他言無用にしたと」
「あーはいはい。そうでした。そんなわけで、国王陛下が薄毛を気にして、育毛剤を作るよう頼んだことは、ここだけの話ということで」
「まあ、それはいいけどよ。あんた、どうするんだ?」
「このまま地上に戻ろうと思います。一人で育毛剤の素材探しなんて、無理なんです。国王陛下には、このまま禿げていただきます」
エルとイングリットは顔を見合わせる。
「おい、どうする?」
「国王陛下の秘密を知った以上は、知らなかったふりはできないかと」
「そうだな。加えて、報酬をくれるのならば、連れて行ってもいいな」
「うん、報酬、大事」
話はすぐにまとまった。イングリットは女性に問いかける。
「おい、あんた、コンブ草探しに協力したら、報酬出せるか?」
「報酬は出せますが、悪いですよ。私、戦闘能力皆無ですし、空気読めないので、集団行動に向いていないんです!」
「安心しろ。私達も集団行動に向いていないタイプだが、なんとかやっている」
「しかし――」
「国王陛下の毛根、助けよう?」
「うっ……!」
エルにそう説得され、女性は頷いた。
「申し遅れました。私は、国家錬金術師の、キャロル・レトルラインと申します」
「私はイングリットだ」
「わたしはエル。魔法使いだから、全名は名乗れない」
「あーはい。大丈夫です。イングリットさんに、エルさんですね。ふつつか者ですが、どうぞ、よろしくおねがいいたします」
キャロルは三つ指をついて、深々を頭と下げた。
「しかし、あんた、錬金術師だったんだな」
「はいー。お仕事関係以外の人には、調合師と名乗っています」
調合師の上位職が、錬金術師なのだ。エリート中のエリートで、ほとんどが国家に仕える存在だという。
「育毛剤なんて、材料があったらちゃちゃっと作れるんです。材料について詳しい人が他にいればいいのですが、いないんですよねー」
そのため貴重な薬品は、自分で採りにいくしかないという。
「ギルドに頼んでも、冒険者は薬草が本物か否かの判別はつかないですからね。鑑定師がいれば、話は別ですが」
鑑定師というのは、アイテムの真贋を見抜く職業だ。アイテムを探す依頼は珍しければ珍しいほど、報酬は高額になる。そのため、冒険者は鑑定師を連れて迷宮に潜り込むのだ。
ただ、鑑定師になるためには、多大な時間と金がかかる。その数は、錬金術師よりも少ないと言われているのだとか。
「育毛剤は、コンブ草の他に必要な物はあるのか?」
「いえ、他は手持ちの材料でなんとかなりそうです」
「じゃあ、コンブ草だけなんだな」
「はいー」
国王陛下の毛根を助けるために、初対面の者同士が手と手を取り合い、コンブ草を探す。
「国王陛下の毛根のため、頑張るぞ!」
イングリットのかけ声に、プロクスとフランベルジュは『ふむ、協力してやる』、『ぎゃうー(いいよー)』と、いつものことながら、息が合わない様子で声をあげる。
ヨヨも遅れて、『えいえいおー』と言っていた。
「ひえっ、竜と、喋る剣と、妖精!?」
キャロルはプロクスとフランベルジュ、ヨヨの存在に気付いていないようだった。
「紹介してなかったな。こっちはプロクス。見てのとおり火竜だ。こっちはフランベルジュ。剣の精霊だな。そして、猫くんは妖精だ」
「はは、ど、どうも。そういえば、イングリットさんは、よくよく見たらダークエルフなんですね」
「なんだと思っていたんだよ」
「親切な、お姉さん……?」
「間違いない」
エルの冷静な言葉に、イングリット以外の面々は笑った。




