少女一行は大迷宮にたどり着く
王都から歩いて三日かかる大迷宮も、火竜に乗ると数時間で到着する。
プロクスは小さくなったが、それでも竜は目立つのでエルの魔法鞄の中に入った。
開けた場所から森の方角へしばし歩くと、大迷宮へと繋がる神殿と見まがうほどの大きな建物が見えてくる。
「ここが、大迷宮――!」
鬱蒼と生える森の中にポツンと存在するとエルは思っていたが、見事に外れた。
大迷宮の在り方だけでなく、周囲の様子も想像と違っていたのだ。
「いらっしゃい、いらっしゃい! 大迷宮の第十五層までの地図はいかがかな?」
「大迷宮で採れた、新鮮な薬草だよ!」
「アンティークの武器はいかが!?」
大迷宮の入り口までの道のりは、商店街となっていた。
賑わっていて、どの店も景気がいいようだ。
ヨヨは人と人の間を縫うように歩いていたが、まだ先が見えない森のほうがマシだとぼやいている。
「ここも変わらないなー」
「前から、こんななの?」
「まあな。ここには大勢の冒険者が出入りしているだろう? 思いがけず、レアアイテムを買い取れたり、安いアイテムの値段をふっかけて売ったりできるから、こうやって集まってくるんだ」
「へえ、そうなんだ」
「まともな商人はいないから、引っかからないようにな」
「うん、わかった」
イングリットに注意されていなかったら、エルはキョロキョロと周囲の様子を確認し、おのぼり気分でいただろう。
エルは風を切るようにして歩き、商人に捕まらないようにする。
「おっと、お姉さん。いい剣を持っているじゃないか」
イングリットを引き留めたのは、五十代くらいの中年の商人だった。腰から下げたフランベルジュを指さし、売ってくれないかという。
「これは、武器登録されたものじゃないねえ。無銘の剣だろう?」
武器屋で売られる武器には、ロングソードにサーベル、カトラスなど、種類ごとに登録されている。
フランベルジュは精霊なので、武器登録されていないのは当たり前だ。
「ちょっと見せてくれないか? 知り合いが作った剣かもしれない」
「断る」
商人を振り切って先へ進もうとしたら、イングリットは腕を掴まれる。
「おい、姉ちゃん。俺に逆らわないほうがいい。なんせ、世界各国の武器屋に顔が知れているからな。そうだ、その剣を買い取ってやろうか。金貨一枚、付けてやろう。無銘の剣だから、破格の値段のはずだ。ありがたい話だろう? だから――」
商人はフランベルジュの剣の柄を握ったが、ジュウ! という肉が焼けるような音を耳にすることとなる。
「ぎゃああああああ!!!!」
フランベルジュの柄から、炎が上がる。それは、装備しているイングリットを焼くことはなく、触れた商人のみ牙を剝いた。
あまりの熱さに、商人は倒れる。
『汚い手で俺様に触れよって!』
フランベルジュは吐き捨てるように言った。
「エル、行くぞ」
「う、うん」
イングリットはエルの肩を抱き、商店街の人込みの中を割って入るように進んだ。
人が少ないところで、フランベルジュを魔法鞄の中にしのばせた。しばらく、冷静になる時間も必要だろう。
やっとのことで、大迷宮の入り口に到着する。冒険者の長蛇の列ができている。
最後尾は外だった。
「わ、すごいね」
「これもいつもの光景だな。だいたい、一時間で中に入れるだろう」
「そうなんだ」
列に並ぶ冒険者は、剣士だったり、魔法使いだったりと、さまざまな職業の者達である。中には、鞭を持ち魔物を従えた魔物使いの姿もあった。
「ねえ、君達、ちょっといいかい?」
振り返ると、剣士と魔法使いの恰好をした若い男性二人組の姿があった。
年頃は二十歳前後か。
装備品に使い慣れた様子はなく、場慣れ感もなかった。
ソワソワと少し落ち着きがないので、初めて大迷宮にやってきたという雰囲気であった。エルは先ほどの自らに当てはめ、おそらくそうであろうと予想する。
「もしかして、二人だけのパーティーなの?」
『ぎゃうぎゃう!(私とフランベルジュ、ヨヨもいるよ!)』
プロクスが鞄の中から鳴いたが、姿は見えないので二人組の冒険者は怪訝な表情となる。
「今、何かの鳴き声が聞こえた?」
「なんか、トカゲみたいな生き物の声」
「気のせいだろう」
イングリットがそう答える間、エルはプロクスを大人しくさせるため、魔法鞄を一生懸命撫でていた。
「それで、何用だ?」
「よかったら、一緒にパーティーを組まない? お姉さんは、弓士だろう? 俺は剣士で、こっちは魔法使い。相性いいと思うけれどなあ。お嬢ちゃんは、もしかして、回復士? だったら嬉しいな」
「悪いが、私達は誰かと行動を共にする気はない」
「無理しないほうがいいって」
「無理はしていない。自分達の実力もわかっているつもりだ」
イングリットの空気が、チリチリと熱くなる。
エルはイングリットの手を握り、落ち着くように言った。
強い風が吹き、イングリットが被っていた頭巾が外れる。
すると、エルフの耳が露わとなった。
「ヒイ! ダークエルフ!」
「な、なんで、ダークエルフがここに!?」
周囲にいた者達の注目を集めてしまう。
蜘蛛の子を散らすように、列はバラバラとなった。
「エル、すまない」
「ううん、いいよ。先に進もう」
「ああ、そうだな」
先ほどの冒険者は、女性二人でいる冒険者を狙う手口らしい。ギルドで注意喚起があったので、イングリットは不機嫌になっていたようだ。
『あの男、エルをいやらしい目で見ていた』
「え?」
「猫君も気づいていたか」
『うん。砂かけようと思っていたけれど、逃げちゃったね』
「私の耳を見てな」
イングリットは言った。ダークエルフの長い耳も、たまには役に立つ、と。
おかげさまで、予定よりも早く大迷宮の中に入れることとなった。




