少女は朝から働く!
エルは朝からせっせとパンを焼く。
生地を捏ね、木イチゴから作った酵母を使い、ふわふわパンを焼いた。
同時進行で、スープを作る。市場で買った大きなキャベツに、スライスしたベーコンを挟み込んで丸ごと煮る。キャベツがトロトロになったら完成だ。
『ぎゃうぎゃーう!(薬草採ってきたよ)』
火竜のプロクスが、スープに使う薬草を差し出す。
エルが教えたら、こうして摘んできてくれるようになったのだ。
火竜はかなり賢く、プロクスの精神年齢は十二、三歳くらいの女の子くらいだと、エルは認識していた。
「ありがとう、プロクス」
エルは薬草を受け取って、プロクスの顎の下を撫でてやる。気持ちよさそうに目を細めていた。
『ぎゃう、ぎゃう?(何か、手伝うことある?)』
「じゃあ、食卓に、昨日洗濯した生成り色のテーブルクロスをかけてくれる?」
『ぎゃう!(わかった)』
プロクスはのっしのっしと歩きながら、食卓を目指していた。
家事を教えたら、どんどん覚えてくれるので、エルは助かっている。
火竜がこのように家庭的だなんて、初めて知った。
『エル、おはよー』
「おはよう、ヨヨ」
ふわふわの猫妖精、ヨヨが起きてくる。朝が苦手なので、欠伸をかみ殺しながらの登場だ。
「イングリットはまだ寝ているの?」
『残念ながら』
「もー」
パンが焼けたので、窯から取り出し、カゴに盛り付ける。これを、そのまま二階の寝室まで持って行った。
イングリットを起こすには、おいしい朝食の匂いをかがせたら一発なのだ。
「ぐう」
美しきダークエルフの美女、イングリットは何も被らず、腹を出した状態で眠っていた。
「イングリット、起きて! パン、焼きたてだから」
「ぐう……ん、なんか、良い匂いがする」
「パン、アツアツだよ」
「食べる」
イングリットは目を覚まし、むくりと起き上がった。
まだ完全に目覚めていないようで、目をしぱしぱと瞬いている。
再び寝ないよう、腕を引いて寝台から下ろした。
「顔と歯を磨いてからね」
「了解」
パンを手に持ったまま二階に下り、食堂のテーブルに置く。
「プロクス、テーブルクロスかけ、ありがとう。皺もなく、きれいにかけられたね。偉い」
『ぎゃう~~(それほどでも)』
そこから、朝食の用意は急ピッチとなる。
スープの入った鍋を食卓へ運び、カトラリーを整える。プロクス用の果物の盛り合わせを用意し、紅茶を蒸らしておく。
エルは玄関へ走る。扉の閂代わりにしていた精霊剣フランベルジュを引き抜いて、裏庭の太陽の光が照るところに置いて日光浴させておく。
『ふむ、心地よい。ん、朝か?』
「おはよう、フランベルジュ」
『おはよう』
炎属性のフランベルジュは、日光浴が何よりの活力となる。そのため、日当たりがいい裏庭に置いておくのだ。夜間は閂にして、鍵代わりにしている。
歯を磨き、顔を洗ったイングリットが、おぼつかない足取りで食卓へとやってきた。
長い髪がスープに入らないよう、三つ編みにして結んであげた。
ヨヨ用の椅子を引いてやると、むっくりした見た目に反し、軽やかに跳んで座った。
ヨヨは妖精なので、食事を必要としない。けれど、こうして食事のときは皆に合わせて座ってくれるのだ。
プロクスは抱き上げて、椅子に座らせてやる。
鍋で煮込んだキャベツを、ナイフでケーキのように切り分けた。
ベーコンの旨味が染みこんだキャベツを、深皿に装って配る。
エルは指を差しながら確認した。食卓よし、料理よし、イングリットよし。
準備は万全を期す。
「これでよし!」
『エル、みんなのお母さんみたいだね』
「そう?」
エルの中に母親像というものはまったくない。
そのため母親らしいと言われたら、嬉しいような、恥ずかしいような。そんな不思議な感覚となる。
エルも席につき、食前の祈りのあと焼きたてパンに手を伸ばした。
丸くてフワフワとした食感のパンには、ピーナッツバターをたっぷり塗って頰張る。
香ばしい風味が、口いっぱいに広がった。
甘い物を食べたあとは、しょっぱいものが恋しくなる。
キャベツとベーコンのスープを飲んだ。食材の旨味が、スープに溶け込んでいる。プロクスが摘んできてくれた薬草も、スープのアクセントになっていた。
「うん、おいしくできてる」
「ああ。今日もエルの料理は最高だ!」
エルの料理を毎日食べるようになったイングリットは、頰がふくふくしつつある。今まで痩せすぎていたので、ちょうどいいくらいだろう。
今、エルはイングリットと手を組み、魔石工房を開いている。
魔技巧品工房ではなく、魔石工房な理由は、生活に密着している魔石屋を開いて、地元住民と仲良くなろうという下心があるのだ。
魔石を販売し、常連になってもらったところに魔技巧品にも興味を持ってもらう。
それが狙いだ。
今のところ魔石に十分な在庫がないので、開店はまだ先になりそうだ。
同時進行で、イングリットと冒険に出かけることもある。
目的は、魔技巧品の素材探し。
今は赤ちゃんの姿でいるプロクスが元の姿へと戻り、エルとイングリットを目的地へ運んでくれるのだ。
忘れてはならないのが、ウサギのぬいぐるみの姿をした人工精霊ネージュの存在だろう。
二か月ほど前に、記憶に混乱が生じたため、現在製造元に預けている。思いのほか、修繕に時間がかかっているようだ。
皆が揃うのを、エルは心待ちにしている。
朝食を食べ、はっきり目が覚めたイングリットが、本日の予定を発表した。
「エル、今日は大迷宮に挑戦してみよう」
「大迷宮?」
それは冒険者ならば誰もが挑戦することを夢見る、底なしと噂される大迷宮だった。




