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少女と猫とお人好しダークエルフの魔石工房  作者: 江本マシメサ
第二部 少女はダークエルフと商売を始める!
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少女は朝から働く!

 エルは朝からせっせとパンを焼く。

 生地を捏ね、木イチゴから作った酵母を使い、ふわふわパンを焼いた。

 同時進行で、スープを作る。市場で買った大きなキャベツに、スライスしたベーコンを挟み込んで丸ごと煮る。キャベツがトロトロになったら完成だ。


『ぎゃうぎゃーう!(薬草採ってきたよ)』


 火竜のプロクスが、スープに使う薬草を差し出す。

 エルが教えたら、こうして摘んできてくれるようになったのだ。

 火竜はかなり賢く、プロクスの精神年齢は十二、三歳くらいの女の子くらいだと、エルは認識していた。


「ありがとう、プロクス」


 エルは薬草を受け取って、プロクスの顎の下を撫でてやる。気持ちよさそうに目を細めていた。


『ぎゃう、ぎゃう?(何か、手伝うことある?)』

「じゃあ、食卓に、昨日洗濯した生成り色のテーブルクロスをかけてくれる?」

『ぎゃう!(わかった)』


 プロクスはのっしのっしと歩きながら、食卓を目指していた。

 家事を教えたら、どんどん覚えてくれるので、エルは助かっている。

 火竜がこのように家庭的だなんて、初めて知った。


『エル、おはよー』

「おはよう、ヨヨ」


 ふわふわの猫妖精、ヨヨが起きてくる。朝が苦手なので、欠伸をかみ殺しながらの登場だ。


「イングリットはまだ寝ているの?」

『残念ながら』

「もー」


 パンが焼けたので、窯から取り出し、カゴに盛り付ける。これを、そのまま二階の寝室まで持って行った。

 イングリットを起こすには、おいしい朝食の匂いをかがせたら一発なのだ。


「ぐう」


 美しきダークエルフの美女、イングリットは何も被らず、腹を出した状態で眠っていた。


「イングリット、起きて! パン、焼きたてだから」

「ぐう……ん、なんか、良い匂いがする」

「パン、アツアツだよ」

「食べる」


 イングリットは目を覚まし、むくりと起き上がった。

 まだ完全に目覚めていないようで、目をしぱしぱと瞬いている。

 再び寝ないよう、腕を引いて寝台から下ろした。


「顔と歯を磨いてからね」

「了解」


 パンを手に持ったまま二階に下り、食堂のテーブルに置く。


「プロクス、テーブルクロスかけ、ありがとう。皺もなく、きれいにかけられたね。偉い」

『ぎゃう~~(それほどでも)』


 そこから、朝食の用意は急ピッチとなる。

 スープの入った鍋を食卓へ運び、カトラリーを整える。プロクス用の果物の盛り合わせを用意し、紅茶を蒸らしておく。

 エルは玄関へ走る。扉の閂代わりにしていた精霊剣フランベルジュを引き抜いて、裏庭の太陽の光が照るところに置いて日光浴させておく。


『ふむ、心地よい。ん、朝か?』

「おはよう、フランベルジュ」

『おはよう』


 炎属性のフランベルジュは、日光浴が何よりの活力となる。そのため、日当たりがいい裏庭に置いておくのだ。夜間は閂にして、鍵代わりにしている。


 歯を磨き、顔を洗ったイングリットが、おぼつかない足取りで食卓へとやってきた。

 長い髪がスープに入らないよう、三つ編みにして結んであげた。


 ヨヨ用の椅子を引いてやると、むっくりした見た目に反し、軽やかに跳んで座った。

 ヨヨは妖精なので、食事を必要としない。けれど、こうして食事のときは皆に合わせて座ってくれるのだ。

 プロクスは抱き上げて、椅子に座らせてやる。


 鍋で煮込んだキャベツを、ナイフでケーキのように切り分けた。

 ベーコンの旨味が染みこんだキャベツを、深皿に装って配る。

 エルは指を差しながら確認した。食卓よし、料理よし、イングリットよし。

 準備は万全を期す。


「これでよし!」

『エル、みんなのお母さんみたいだね』

「そう?」


 エルの中に母親像というものはまったくない。

 そのため母親らしいと言われたら、嬉しいような、恥ずかしいような。そんな不思議な感覚となる。


 エルも席につき、食前の祈りのあと焼きたてパンに手を伸ばした。

 丸くてフワフワとした食感のパンには、ピーナッツバターをたっぷり塗って頰張る。

 香ばしい風味が、口いっぱいに広がった。

 甘い物を食べたあとは、しょっぱいものが恋しくなる。 

 キャベツとベーコンのスープを飲んだ。食材の旨味が、スープに溶け込んでいる。プロクスが摘んできてくれた薬草も、スープのアクセントになっていた。


「うん、おいしくできてる」

「ああ。今日もエルの料理は最高だ!」


 エルの料理を毎日食べるようになったイングリットは、頰がふくふくしつつある。今まで痩せすぎていたので、ちょうどいいくらいだろう。


 今、エルはイングリットと手を組み、魔石工房を開いている。

 魔技巧品工房ではなく、魔石工房な理由は、生活に密着している魔石屋を開いて、地元住民と仲良くなろうという下心があるのだ。

 魔石を販売し、常連になってもらったところに魔技巧品にも興味を持ってもらう。

 それが狙いだ。

 今のところ魔石に十分な在庫がないので、開店はまだ先になりそうだ。


 同時進行で、イングリットと冒険に出かけることもある。

 目的は、魔技巧品の素材探し。

 今は赤ちゃんの姿でいるプロクスが元の姿へと戻り、エルとイングリットを目的地へ運んでくれるのだ。


 忘れてはならないのが、ウサギのぬいぐるみの姿をした人工精霊ネージュの存在だろう。

 二か月ほど前に、記憶に混乱が生じたため、現在製造元に預けている。思いのほか、修繕に時間がかかっているようだ。

 皆が揃うのを、エルは心待ちにしている。


 朝食を食べ、はっきり目が覚めたイングリットが、本日の予定を発表した。


「エル、今日は大迷宮に挑戦してみよう」

「大迷宮?」


 それは冒険者ならば誰もが挑戦することを夢見る、底なしと噂される大迷宮だった。

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