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少女と猫とお人好しダークエルフの魔石工房  作者: 江本マシメサ
第一部 少女はダークエルフと出会う
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少女と猫は悪魔に翻弄され──

 黒斑病の感染が村単位となったら、大変なことになる。

 エルは頭を抱えていた。


『どうしようもないよ』

「うん」


 治療は拒まれてしまった。あとは、仮にエルが抗生物質を作ったとしても、無駄になるだろう。


「ねえ、ヨヨ、私は、この先、何をしたらいい?」

『うーん』


 このまま森の中で暮らすことは難しい。このまま居続けたら、エルにまで黒斑病の脅威が襲ってくるだろう。

 最善の道は──ここを出て行くこと。ただし、行く当てはない。

 そんなエルの頼りとなる人物が、一人だけいた。


「ヨヨ、お父さんは、生きていると思う?」

『うーん。モーリッツは死んでいるだろうって断言したけれど、フーゴのお墓を見るまでは納得できないよね』

「うん。私もそう思う」


 何かが原因で、王都から森に戻れなくなったかもしれないのだ。


『もしもフーゴが生きていたら、エルはどう思う?』

「嬉しい」

『でも、エルを見捨てて王都暮らししているんだよ?』

「それでも、嬉しい」

『そっか』


 しばし、沈黙の時間となる。

 エルは、いろいろ考えた。今日一日あったこと、フーゴやモーリッツとの約束を破ったら大変なことになること。

 森を出てはいけないと、言われていた。

 けれど、エルは腹をくくる。


「ヨヨ、私、決めた」

『何を?』

「お父さんを、捜しに王都に行く」


 ヨヨの目が点となる。同時に、茶色に斑点のある毛並みがぶわりと膨らんだ。


『エ、エル、ここの森から出るって本気かい?』

「本気。黒斑病も怖いし。ヨヨが止めても、私は行くよ。ヨヨも見たでしょう? 近くの村は頼れない」


 もうすぐ、食材は二ヵ月分くらいしかない。エル独りでは、森の中で暮らしていくことは不可能なのだ。


「ヨヨはどうする?」

『どうするって……』

「わたしは、一人でも行くよ」


 ヨヨは悩むと思いきや、即答してきた。


『心配だから、一緒に行くに決まっているじゃん!』

「ヨヨ……本当に?」

『本当。だって、一人ぼっちは寂しいでしょう?』

「ありがとう、ヨヨ! だいすき!」


 ふわふわのヨヨの体をエルは抱きしめる。本当は、一人で行くのは怖かったのだ。

 しかし、決意が揺らぎそうで、言えなかった。

 できるならば、モーリッツとヨヨ、そしてフーゴと一緒に暮らしたかった。けれど、いなくなってしまった。


「きっと、お父さんは生きている。王都で暮らしているはずだから」

『そうだね』


 すぐに出発せずに、しっかり準備を行うことにする。

 重要なのは、旅費となる魔石だ。

 エルは毎日魔鉱石を採りに行って、せっせと魔石を作る。

 魔法鞄の中は魔石でいっぱいになったが、それでもまだまだ入る。


『さすが、モーリッツの魔法鞄だね』

「うん」


 魔法鞄のおかげで、エルは魔石の在庫を管理できる。心から、感謝しなくてはならないだろう。


 用意するのは魔石だけではない。食料もだ。

 森の中にわなを仕掛け、ウサギや野鳥を獲って保存食を作る。

 干し肉にオイル漬け、ペーストなど。瓶に詰めて、長期間保存できるようにしている。

 他、持ち運びやすいビスケットを作った。家の中には、小麦粉が焼ける香ばしい匂いが充満している。

 森で摘んだ木苺はジャムに。キノコは乾燥させて、スープの材料にする。

 薬草や香草も集め、種類ごとに瓶詰めした。

 家にある食材を使い、半月は食べるのに困らない量を用意する。


 魔石が売れない時の対策も考える。モーリッツに習った薬草石鹸を、ヨヨと共に大量生産した。これは父フーゴが王都に持って行き、売りさばいていたのだ。いい収入源になると喜んでいたが、具体的にいくらで売られていたのかはわからない。ただ、毎回完売するほど人気だったとだけ聞いている。


 最後に、フーゴからもらったうさぎのぬいぐるみを詰め込む。王都の近くにある港町で買ったと言っていた。二年前、エルが十歳になった時に贈ってもらったのだ。

 これも、何かの手掛かりになるだろう。


「よし、こんなものかな」


 旅装束も縫った。モーリッツが着ていた魔法使いの外套を解いて、縫い直した外套である。

 下着や靴下も、余分に入れておいた。

 その後、エルはひたすら魔石を作り続けた。


『エル、もう、魔石はそれくらいでいいんじゃない?』

「うん、そうだね」

『もう、夜も遅い。休もう』

「わかった」


 エルはヨヨと一緒に布団の中に潜り込み、ポツリと呟く。


「出発は、三日後くらいにしようかな」

『うん。できるだけ、早いほうがいいかも。なんか、嫌な予感がする』

「え? 今、なんて言った?」

『ううん、なんでもない』


 いろいろ考えていたので、上の空になっていた。

 まだまだ、ここですべき仕事がある。

 モーリッツとフーゴの家をきれいに掃除して、不要物は燃やしておかなければならない。


『エル、出発の前の日にさ、家にある残り物の食材を使って、パーティーを開こうよ』

「いいね」

『楽しみにしていてよ。僕も料理の腕を揮うから』


 そんなことを話しているうちに、まどろんでいく。

 魔法鞄を枕代わりに、ヨヨで暖を取りながらエルは眠りについた。


 ──パチパチ、パチパチパチ


 暖炉の火が燃える音がする。父フーゴが火を熾したのか。

 フーゴは魔石に頼らず、森で薪をり、暖炉に火を点していた。

 なんでも、薪が燃えてパチパチと鳴る音が好きなのだとか。

 エルも、薪が燃える音は好きだった。


 ──パチパチ、パチパチパチ


 薪が燃える音がする。フーゴが帰ってきてくれたのだろうか。

 エルは目を覚まし、瞼を開く。


『エル、起きて!!』

「ん、何っ──げほ、げほげほ!!」


 煙を吸い込んでしまい、咳き込んだ。ヨヨに早く目覚めるように言われ、上体を起こす。


『エル、火事だ!』

「え?」

『村人が、モーリッツの家に火を付けたんだよ!!』


 一瞬にして、意識がはっきりと覚醒する。

 周囲は火の中に包まれ、思い出が詰まっているテーブルや椅子、棚を燃やしていく。

 エルが眠っていた屋根裏部屋には引火していなかったが、それも時間の問題だろう。


「ど、どうして、こんな──」


 耳を澄ませてみたら、外から怒号が聞こえた。


「呪われし魔物喰いよ、ここから出て行け!!」

「魔物喰いのせいで、村は疫病に侵されている!!」

「お前のせいで、お前のせいで父さんは死んだ!!」


 ヨヨは静かな声で話しだす。


『さっき、屋根の出窓から村人の様子を見たんだ。そうしたら、村人の顔に黒い斑点があって──』

「黒斑病が、感染した?」

『そう、みたい』

「……」


 原因をエルと決めつけ、燃やしたら感染を防ぐことができると思っているのだろう。


「なんて、愚かなことを……」

『エル、早く逃げよう』

「う、うん」


 幸いにも、旅支度はすべて枕元に置いてあった。火の手が迫る中、急いで着替えて、魔法鞄を肩にかける。

 屋根裏部屋の天井にある出窓を開き、屋根に這い出る。


 火は森にも広がっていて、当たり一面が火の海となっていた。


「な、なんて、ことを……」

『この火は、モーリッツの家だけじゃなく、村までも焼き尽くすだろうね』

「……」

『因果応報ってやつさ』

「早く、逃げよう」


 魔法鞄から氷の魔石を取り出し、火から守るように発動させる。

 氷を身にまとったエルは、ヨヨを抱き上げた状態で巻きあがる火の海の中へ飛び込んだ。

 魔法で、受け身を取る。

 怪我はないが、違和感を覚える。じりじり、じりじりと、痛みを感じていた。

 それは火に炙られているから感じるのではなく、心が痛んでいるのだ。

 モーリッツの家は燃えてしまった。火は森に広がり、フーゴの家すら呑み込んでしまうだろう。もう、帰る家はない。

 王都に行くしかないのだ。

 エルはヨヨと共に、森を駆け抜けた。


 ◇◇◇


 一ヶ月後──王都より派遣された一人の若い騎士が村へとやってくる。

 大火災があったので見に行くようにと王の腹心から命じられ、はるばる見にきたのだ。


「こ、これは……!?」


 辺り一面が焼け焦げ、真っ黒い平原と化していた。

 ここにはかつて小さな村があって、広大な森が広がっていたという。


 信じられない思いを抱きながら村があった場所を歩いていたら、つま先に何かがカツンと音を立てて当たったことに気づく。何か、硬い物が落ちていたようだ。

 しゃがみ込んで拾い上げると、それはナイフであることがわかった。持ち手は木だったようで、燃えてなくなっている。

 この火事の悲惨さが分かる品だった。


「ん、なんだ?」


 よくよく確認したら、ナイフに文字が刻んであった。


 ──疫病は、森の魔物喰いが持ってきた。幼い少女であるが、呪われし存在。早く、殺さないと我々が滅びてしまう


 読み上げた瞬間、騎士はゾッとした。

 この村では疫病が流行っていて、その原因は魔物喰いの少女であると。

 もしや、村人が少女を殺そうとした仕返しに、村に火を放ったのか。


 真実を知る者はいない。

 ここにある命は、すべてなくなってしまったのだから。


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