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少女と猫とお人好しダークエルフの魔石工房  作者: 江本マシメサ
第一部 少女はダークエルフと出会う
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少女は決意する!

 トボトボとギルドから出てきたエルの手を、イングリットは握って言った。


「よーし、エル。今からすんごいおいしいもん食べに行くか!」

「え?」

「甘いものとしょっぱいもの、どっちがいい?」


 そう問われた瞬間、腹がぐーと鳴る。

 空腹に気づかないくらい、落ち込んでいたのだ。


「しょっぱいものがいい」

「それじゃ、肉食いに行こう」


 エルの後ろをよちよち歩いていた火竜プロクスをイングリットは抱き上げ、肩に乗せる。ヨヨに目配せしてから、街を歩き出す。

 向かった先は、食堂だった。そこで、イングリットは骨付き肉を注文する。

 最初にでてきたのは、スープだった。


「エル、このスープは骨を三日間煮込んだもので、世界一おいしいスープなんだ」

「ふうん。そうなんだ」


 琥珀色に輝く液体を、エルは匙で掬って飲んだ。


「わっ、おいしい!」

「だろう?」


 スープはトロトロのタマネギと、肉の欠片が入っていた。コクはしっかりあるのに、クドくない。濃いエキスが、ギュギュッと一杯のスープの中にあった。

 冷え切っていた体が、いっきに温まる。

 スープを飲みきって一息ついたころに、骨付き肉が運ばれてきた。

 物語の中に出てきそうな、立派な骨に肉が付いた一品である。

 ナイフとフォークを探したが、テーブルにはない。


「エル、これはな、豪快にかぶりついて食べるんだよ」

「え!?」


 イングリットはそう宣言し、骨付き肉にかぶりつく。

 肉は柔らかいのか、すぐに噛み切ることができた。


「うまい!!」


 エルはごくんと生唾を呑み込む。

 肉を手づかみで食べるなんて、モーリッツが見たら激怒しそうだ。

 しかし、フォークとナイフが用意されていない以上、手づかみで食べるしかない。


 エルはずっしりと重たい骨付き肉を手に取る。

 そして、そのままかぶりついた。


 肉は驚くほど柔らかかった。噛むと、肉汁が口の中にじわーと広がる。

 しっかり噛んで、ごくんと飲み込む。すぐに、二口目をかぶりついた。


 肉を食べる様子を、イングリットに見られていることに気づき、エルは顔が熱くなるのを感じた。


「エル、うまいか?」

「う、うん。すんごい、おいしい」


 イングリットがよく使う言葉を使って感想を伝えると、「そうか」と言ってさらに微笑みを深めていた。


 先ほどまでドロドロに落ち込んでいたが、暗い気持ちが薄らいでいることに気づく。


 もう、フーゴについては考えないほうがいいのかもしれない。

 思考が暗いほうに、暗いほうにと引きずられてしまう。


 せっかくの人生だ。楽しく生きたい。

 そのためにはどうすればいいのか。思い浮かんだのは、イングリットの姿だった。

 人生を楽しく過ごすための選択は、すぐに浮かんだ。


 肉を食べ終えたエルは、姿勢を正してイングリットにあるお願いをした。


「イングリット、あの、お願いがあるの」

「なんだ?」

「わたしの故郷は、もう、なくて。それで、父さんも亡くなっていて、帰る場所がなくて……」

「じゃあ、私の工房に住むか?」

「いいの!?」


 イングリットの家に住みたい。一時的な下宿ではなく、この先もずっと。

 掃除、洗濯、料理、なんでもするから。そう願おうとしていたのに、先に話を持ちかけられてしまった。


「心配だったんだ。エルのことが。でも、これ以上首を突っ込むのは、お節介かなって思っていて」

「お節介じゃない。わたしは、イングリットといると、ホッとするから」


 イングリットは通りすがりのエルを助け、さまざまなことへ導いてくれた。


「なんだかイングリットに甘えてばかりで、自分で自分が恥ずかしいのだけれど」

「そんなことはない。私も、エルの存在に助けられている」

「わたしが、イングリットを助けているの?」

「ああ。なんだろうな。たぶん、エルは私にとって、清涼剤みたいな存在なんだ。心を、きれいにしてくれる」

「そ、そっか」


 なんだかくすぐったくて、こそばゆい気持ちになる。

 加えて、甘えてばかりの関係じゃないと知り、ホッとした。


「あのね、イングリット。わたし、イングリットの魔技巧品作りに、協力したい」

「え、いいのか?」

「うん。こたつみたいな、面白い魔技巧品を作って、商売して、生活を豊かにしたい」

「じゃあ、あの工房は、今からエルと私の工房にしよう」

「私とイングリットの、工房!」


 冒険をして、異世界の勇者が遺したものから新しい魔技巧品の着想を得たり、素材を集めたり、工房で開発を行ったり。

 イングリットと二人ならば、絶対に楽しいだろう。


「イングリット、これから、よろしく」

「ああ!」


 エルが差し出した手を、イングリットは握る。

 こうして、エルは新しい一歩を踏み出した。


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