少女は決意する!
トボトボとギルドから出てきたエルの手を、イングリットは握って言った。
「よーし、エル。今からすんごいおいしいもん食べに行くか!」
「え?」
「甘いものとしょっぱいもの、どっちがいい?」
そう問われた瞬間、腹がぐーと鳴る。
空腹に気づかないくらい、落ち込んでいたのだ。
「しょっぱいものがいい」
「それじゃ、肉食いに行こう」
エルの後ろをよちよち歩いていた火竜をイングリットは抱き上げ、肩に乗せる。ヨヨに目配せしてから、街を歩き出す。
向かった先は、食堂だった。そこで、イングリットは骨付き肉を注文する。
最初にでてきたのは、スープだった。
「エル、このスープは骨を三日間煮込んだもので、世界一おいしいスープなんだ」
「ふうん。そうなんだ」
琥珀色に輝く液体を、エルは匙で掬って飲んだ。
「わっ、おいしい!」
「だろう?」
スープはトロトロのタマネギと、肉の欠片が入っていた。コクはしっかりあるのに、クドくない。濃いエキスが、ギュギュッと一杯のスープの中にあった。
冷え切っていた体が、いっきに温まる。
スープを飲みきって一息ついたころに、骨付き肉が運ばれてきた。
物語の中に出てきそうな、立派な骨に肉が付いた一品である。
ナイフとフォークを探したが、テーブルにはない。
「エル、これはな、豪快にかぶりついて食べるんだよ」
「え!?」
イングリットはそう宣言し、骨付き肉にかぶりつく。
肉は柔らかいのか、すぐに噛み切ることができた。
「うまい!!」
エルはごくんと生唾を呑み込む。
肉を手づかみで食べるなんて、モーリッツが見たら激怒しそうだ。
しかし、フォークとナイフが用意されていない以上、手づかみで食べるしかない。
エルはずっしりと重たい骨付き肉を手に取る。
そして、そのままかぶりついた。
肉は驚くほど柔らかかった。噛むと、肉汁が口の中にじわーと広がる。
しっかり噛んで、ごくんと飲み込む。すぐに、二口目をかぶりついた。
肉を食べる様子を、イングリットに見られていることに気づき、エルは顔が熱くなるのを感じた。
「エル、うまいか?」
「う、うん。すんごい、おいしい」
イングリットがよく使う言葉を使って感想を伝えると、「そうか」と言ってさらに微笑みを深めていた。
先ほどまでドロドロに落ち込んでいたが、暗い気持ちが薄らいでいることに気づく。
もう、フーゴについては考えないほうがいいのかもしれない。
思考が暗いほうに、暗いほうにと引きずられてしまう。
せっかくの人生だ。楽しく生きたい。
そのためにはどうすればいいのか。思い浮かんだのは、イングリットの姿だった。
人生を楽しく過ごすための選択は、すぐに浮かんだ。
肉を食べ終えたエルは、姿勢を正してイングリットにあるお願いをした。
「イングリット、あの、お願いがあるの」
「なんだ?」
「わたしの故郷は、もう、なくて。それで、父さんも亡くなっていて、帰る場所がなくて……」
「じゃあ、私の工房に住むか?」
「いいの!?」
イングリットの家に住みたい。一時的な下宿ではなく、この先もずっと。
掃除、洗濯、料理、なんでもするから。そう願おうとしていたのに、先に話を持ちかけられてしまった。
「心配だったんだ。エルのことが。でも、これ以上首を突っ込むのは、お節介かなって思っていて」
「お節介じゃない。わたしは、イングリットといると、ホッとするから」
イングリットは通りすがりのエルを助け、さまざまなことへ導いてくれた。
「なんだかイングリットに甘えてばかりで、自分で自分が恥ずかしいのだけれど」
「そんなことはない。私も、エルの存在に助けられている」
「わたしが、イングリットを助けているの?」
「ああ。なんだろうな。たぶん、エルは私にとって、清涼剤みたいな存在なんだ。心を、きれいにしてくれる」
「そ、そっか」
なんだかくすぐったくて、こそばゆい気持ちになる。
加えて、甘えてばかりの関係じゃないと知り、ホッとした。
「あのね、イングリット。わたし、イングリットの魔技巧品作りに、協力したい」
「え、いいのか?」
「うん。こたつみたいな、面白い魔技巧品を作って、商売して、生活を豊かにしたい」
「じゃあ、あの工房は、今からエルと私の工房にしよう」
「私とイングリットの、工房!」
冒険をして、異世界の勇者が遺したものから新しい魔技巧品の着想を得たり、素材を集めたり、工房で開発を行ったり。
イングリットと二人ならば、絶対に楽しいだろう。
「イングリット、これから、よろしく」
「ああ!」
エルが差し出した手を、イングリットは握る。
こうして、エルは新しい一歩を踏み出した。




