少女はギルドの大騒ぎを目の当たりにする
「えっ、どうして、小さくなったの!?」
『ぎゃう、ぎゃーう(大きくもなれるよー)』
「え!?」
「エル、どうした?」
「火竜の喋る言葉の意味が、わかるようになったの」
「契約したからだろうなあ」
『きゃう、ぎゃうう!(よろしくね!)』
火竜は雌で、生後半年の若い個体であることがわかった。
好きなものは、言わずもがなクッキー。
母親から独り立ちするよう、巣から落とされさまよっているところに、エルのクッキーを見つけて食いついたらしい。
『ぎゃう、ぎゃーう(どこに行っても、火竜だからって嫌がられて)』
火竜の言葉を通訳してやると、イングリットは悲しい表情を浮かべる。
「わかるよ。私もそうなんだ。ダークエルフだからって、悪い奴だと決めつけられて」
『ぎゃーう(ひどいよね)』
エルは火竜を持ち上げる。表面はしっとりしていて、もちもちしていた。
「どうして小さくなったの?」
『ぎゃうぎゃうー(大きいと、庭に放り出されそうだから)』
「そっか」
エルと契約することによって、寸法を自在に変えることができるようになったようだ。
「エル、そいつに名前を付けてやらないのか?」
「あ、そっか」
『ぎゃうぎゃう、ぎゃうー!(名前、付けてくれるの? 嬉しい!)』
エルの腕の中でジタバタ暴れる竜を抱きかかえながら、名前を考える。
「じゃあ、古い言葉で炎を意味する、プロクス、に決めた」
『ぎゃうぎゃーう!(ありがとう!)』
火竜は命名された『プロクス』を気に入ったようだ。
「よろしく、プロクス」
「よろしくな、プロクス」
『ぎゃーう(よろしく!)』
今回の旅で、思いがけず仲間を得ることができた。
炎の勇者であり、剣でもある『フランベルジュ』。
それから火竜の『プロクス』。
これらは、エルを助ける存在となる。
◇◇◇
王都についたら、まっすぐ長いしっぽ亭に向かった。
水晶魔鉱石を、職人であるドワーフに託す。
「これで大丈夫?」
『ああ、立派な水晶魔鉱石だ。きっと、このウサギも目覚めるだろう』
「よかった」
水晶魔鉱石の加工と魔力の移行で、だいたい一ヶ月ほどかかるらしい。
ネージュは、工房に預けることになった。
「ヨヨ、ただいま」
『お帰りなさいエルって、何、その赤いの!?』
「火竜」
『なんで、火竜なんか抱いているの!?』
「契約した」
『はあ!? 火竜って、獰猛で人に心許すことはないって』
「そういう個体が多いだけ。この子、プロクスは違う」
『そ、そうなんだ』
「仲良くしてね」
『う、うん』
ヨヨとプロクスは初顔合わせとなる。
『ど、どうも』
『ぎゃーう(よろしく)』
案外友好的な火竜にヨヨは戸惑っていたが、善良なプロクスの気質を感じ取ったのか、わりとすぐに彼女の存在を受け入れていた。
ヨヨを連れて次に向かったのは、ギルドだ。
ギルドの中は大騒ぎになっていた。
「あの、炎の勇者を殺したオーガが倒されたらしいぞ!」
「倒したやつについて、ギルドは情報公開を拒んでいるらしい」
「いったい、何者なんだ!?」
エルとイングリットは、顔を見合わせ硬直している。
『へえ、百五十年前に依頼が出たきり、誰も倒せなかったオーガが倒されたんだって。すごいねえ』
「ヨヨ、オーガを倒したのは、私」
『は?』
「あ、いたいた!」
受付嬢が走ってやってくる。
「あ、あの、ギルド長が、お探しです」
「うん」
オーガを倒した件を詳しく知りたいのだろう。別室へと案内された。
「いやはや、驚いた。あのオーガが、倒されたと聞いたものだから」
「まあ、偶然、オーガの弱点である氷属性の魔石を持っていたから、討伐できただけ」
「その竜を使役して倒したのだと思っていたが、魔石か」
「そう」
通常、ギルドの依頼は期限が設けられている。長くても十年ほどらしい。
炎の勇者を喰らったオーガについては、討伐にでかけた冒険者が何名も行方不明となった。そのため、新しい依頼としてギルドに持ち込まれた上に懸賞金が増え続け、百五十年も依頼が残ることとなった。
「あのオーガは誰にも倒せない。これ以上被害者を出さないために、依頼を取り下げようという話が出ていたところだった。こんな、年端もいかない少女が倒してしまうなんて」
炎の勇者が精霊化したことについては、黙っていた。オーガを倒した魔石の入手先も聞かれたが、答えなかった。
そして、倒せたのは偶然であったことを念押ししておく。もしも、強力な魔物の討伐を依頼されたら困るからだ。それから、今回オーガを倒したという情報も、公開しないでくれと頼み込んだ。
「まあ、そうだな。俺がもし、お嬢ちゃんと同じ立場だったら、喋らないだろう」
ギルドとしてはオーガを倒したのは十二歳の少女であると公表したいが、エルは絶対に止めてくれと口止めしておいた。
「平穏なのが一番だよな。わかった。これらについては、誰にも言わない」
「ありがとう」
約束通り、報酬の金貨百五十枚は支払われるらしい。エルは一気に小金持ちとなった。
「他に、何か困っていることはないか?」
「ある人について、調べてほしくて」
「人?」
「フーゴ・ド・ノイリンドール」
「フーゴか? あいつの、知り合いか?」
「え?」
ギルド長はフーゴと知り合いのようだった。
エルの胸は、ドキン、ドキンと高鳴る。
「あの、その人は、ほ、本当に、し、死んだ、の、ですか?」
ギルド長は目を伏せる。答えを聞かずとも、フーゴが死んだことが事実であると告げているようなものだった。
「どうして、死……死ん……くっ!」
涙が、堰を切ったように流れる。
心のどこかで、フーゴは生きていて、「エル、悪かったな!」なんて言って、再会できるのではと思っていたのだ。
あまりにも辛くて、声をあげて泣いてしまう。
エルの体を、隣に座ったイングリットが抱きしめてくれた。
落ち着いてから、フーゴの死について話を聞く。
フーゴは確かに死んだ。ギルド長は遺体を最後に見ることができたと語る。
しかし、いつ、どこで、どうやって死んだか、ということは公表されていないらしい。
ギルド長はフーゴの実家に行って尋ねたが、教えてくれなかったのだとか。




