少女とダークエルフは、思いがけない出会いを果たす
互いの無事を確認し終わったあと、ピコーン! という場違いな音が鳴った。
「ん? なんの音?」
「ああ、ギルドカードの情報が更新された音かもな」
「ああ」
エルは鞄の中から、ギルドカードを取り出す。
すると、木札の上に魔法陣が浮かび上がった。中心に出てきた文字を、エルは読み上げる。
「おめでとうございます。等級が、第六位から、第四位になりました」
「すんごいな。いきなり二つも上がるなんて」
「こういうことって、あるの?」
「魔物が強力だったり、懸賞金がかけられていたりする場合は、ギルドの評価が一気に上がると聞いたことがある」
「へえ」
続けて、違う色の魔法陣が浮かび上がった。
「お、これ、懸賞付きの魔物だったみたいだ。また、大金が手に入るのかもな。エル、なんて書いている?」
「えっと――え?」
「どうしたんだ?」
言葉を失ってしまったエルは、ギルドカードに浮かんだ魔法陣をそのままイングリットに見せた。
「炎の勇者殺しのオーガ、懸賞金、金貨百五十枚って、ええ!?」
それは、百五十年前にギルドに依頼があったもので、長い間誰も討伐できずにいたオーガだったらしい。
「炎の勇者を喰らい、炎属性を得た、とんでもないオーガ、か。炎の勇者の実家が大貴族で、懸賞金をしこたまかけていたらしいな。炎の勇者の実家が出したものだけでなく、あのオーガは他にも有名な魔法使いや冒険者を喰らっていたようだ」
「だから、金貨が百五十枚もかかっていたんだね」
「みたいだな」
氷塊となったのちに、バラバラになったオーガを振り返る。
すると、棍棒は凍っていないことにエルは気づいた。
「イングリット、あれ。棍棒だけは、凍らなかったみたい」
「あ、本当だ。どうしてだろう?」
近づくと、棍棒から赤い魔法陣が浮かんだ。光に包まれ、姿を変える。
それは、炎が揺らめくような刀身を持つ、伝説の勇者に授けられし武器『炎刀・フランベルジュ』だった。
「イングリット、これは?」
「勇者の武器を、オーガが形を変えて使っていた、とか?」
『まあ、そんなところかな』
イングリットは即座にエルを抱き上げ、後退する。
『おいおい。酷い反応だな』
鍾乳洞の中に、青年の声色が響き渡る。
「イングリット、今、剣が喋ったように聞こえたんだけれど、気のせい?」
「いや、私にも聞こえた」
『気のせいではないぞ。俺様は、炎の勇者である!』
エルとイングリットは、顔を見合わせる。
勇者の姿はなく、剣しか残っていない。
「えっと、精霊化?」
「ああ、なるほど。勇者の怨念が、剣に取り憑いたかと思っていたが」
『誰が怨念だ!』
精霊化――死した魂の中で選ばれた存在が天に昇り、精霊となって地上へ降り立つことをいう。
炎の勇者は命を落としたあと、百五十年の時を経て精霊となり、自身が持っていた剣フランベルジュとともに蘇ったようだ。
『よいしょっと』
「あ、剣が立ち上がった」
「すんごいな」
立ち上がっただけでなく、少しだけ浮いてエルとイングリットのもとへやってきた。
『ごっほん。俺様は、炎の勇者であり、炎の精霊である、名は、あー、なんだ。まあ、フランベルジュでいいか。そう、フランベルジュである』
「どうも」
「はじめまして」
エルとイングリットが交互に会釈すると、フランベルジュも剣の角度を傾ける。その動きは、お辞儀をしているようだった。
「えーと、では、また」
「縁があったらな」
そそくさと去ろうとするエルとイングリットの前に、フランベルジュは素早く回り込んだ。
『おいおい、話は終わっておらぬぞ!』
「何?」
「手短にしてくれ」
フランベルジュは『ごっほん!』と咳払いし、尊大な態度で話し始める。
『憎きオーガを倒してくれたことを、心から感謝する』
フランベルジュは、地面に付きそうなほど深々と刀身を下げていた。
「まあ、偶然倒せただけで」
「運がよかったな、フランベルジュ」
話を早めに切り上げ、エルとイングリットは再び去ろうとする。
『待て、待て、待てい!』
「何?」
「まだ何か話があるのかよ」
『礼を、しようと思ってな』
「いいよ、別に」
「ギルドから懸賞金もでるしな」
「じゃあね」
「またな」
『遠慮をするでない』
またしても、去りゆくエルとイングリットの前に、フランベルジュがやってくる。
「感謝の気持ちだけで、いいのに」
「お礼って、何をしてくれるのか?」
『お前たちの守護をしてやろうぞ!』
「守護?」
「エルと、契約するっていうのか?」
『まあ、そうだな』
精霊は生涯で一人の人間と契約できるらしい。
オーガを倒した感謝の印として、フランベルジュはエルと契約を結んでくれるという。
「一人としか契約できないんだったら、もっと慎重に選んだほうがいいのでは?」
「そうだぞ。お前、目覚めたばっかで、混乱状態なんじゃないのか?」
『混乱状態ではない。俺様は、正常であるぞ!』
「……」
「……」
断っても勝手についてきそうな雰囲気だった。
果たして、契約していいものなのか。エルは考える。
「契約後の対価は?」
『礼だと言っているだろう。気にするでない』
「イングリット、どう思う?」
「まあ、無償で契約を結ぶのだったら、別にいいんじゃないか?」
「わかった。だったら、契約してもいいよ」
フランベルジュの柄を握っただけで、契約完了となるらしい。
エルは、差し出された柄を握る。
『おおおおおおお!!!!』
炎のように波打った刀身が、メラメラと炎を発した。
炎はパチン! と音を立てて弾ける。そして、炎は消えた。
柄と刀身は真っ赤に染まり、鍔部分にルビーに似た宝石が生まれる。
「な、なんで、色と形が変わったの?」
『お前の魔力に呼応して、俺様は生まれ変わったのだ』
「そうなんだ」
こうしてエルは、炎の精霊フランベルジュと契約した。




