少女はダークエルフと鍾乳洞で魔石を探す
しばらく休んだら、再び火竜に跨がって飛び立つ。
その後も休憩を挟みながら進み、三時間後にサンセ鍾乳洞に到着した。
「ここが、サンセ鍾乳洞……!」
それは鬱蒼とした森の中にあった。湿気があり、霧も漂っている。
『ぎゃーう!』
火竜は片手を上げ、着地地点に伏せの姿勢でいた。
「なんか、ここで待っているねって、言っているみたい」
「契約は片道なんだがな」
エルは鞄からクッキーを取り出し、火竜の前に置いた。
「危ないと感じたら、逃げてね」
『ぎゃう!』
火竜は尻尾を振りながら、クッキーを食べ始める。エルはくすりと微笑み、額を撫でてあげた。
『ぎゃう、ぎゃううう!』
「なんか、犬みたいな竜だな」
「竜って、懐っこいんだね」
竜に対する認識が、今日一日で大きく変わった。
「じゃあ、行きますか」
「うん」
イングリットとともに、水晶魔鉱石を探すため、サンセ鍾乳洞に挑むこととなった。
内部は外以上に湿り気があった。温度も高く、その場にただ立っているだけで、じっとりと額に汗が浮かんでくる。
通常、鍾乳洞の内部はひんやりしていることが多い。ここは、他とは違う異なる気候のようだ。
エルは魔法で光球を作り、鍾乳洞を明るく照らした。
地面はボコボコしていて、大きなくぼみには水が溜まっている。天井からは氷柱のような鋭い突起が垂れ下がり、たまに水滴が落ちてきた。
少し眩しかったので、エルは光加減を調整した。
「イングリット、明るさはこれくらいでいい?」
「ああ、ありがとう。エル、助かる」
「どういたしまして」
今までイングリットは、薄暗い洞窟内を探索するさい魔石灯頼りだったらしい。
「頭に装着させる魔石灯を作ったのだが、それがまた重くてな。長時間の探索は難しかったんだ」
「そっか」
イングリットは光魔法が苦手なようで、使えないらしい。光球の存在はたいへんありがたいようだ。
ふいに、暗闇の中で、赤い目がいくつも浮かぶ。
「おっと……お出ましだな」
「魔物?」
「みたいだ」
エルは光球を大きくして、魔物を明るく照らす。
魔物の姿が浮き彫りとなる。それは、全長一米突程の水色のトカゲだった。
口元には、鋭く尖った牙が見え隠れしていた。手足にも、刃物のような爪を持っている。
ゾッとした。
鋭い牙が、爪が、エルの命を屠ろうと狙っているのだ。
エルは初めて見る自分よりも大きな魔物を前に、身震いするほどの恐怖を抱く。何もできずに、ただただ立ち尽くしていた。
「あれは、ウォーター・リザードだ」
「ウォーター・リザード?」
「そうだ。牙や爪は脅威だが、そこまで素早くない。属性付きで、弱点もわかりやすい」
「火が、苦手?」
「だな」
魔物の弱点がわかったら、少しだけ冷静になれる。
数は全部で三頭。一番大きな個体が、先陣を切って襲いかかってくる。
イングリットの言う通り、動きは早くない。けれど、恐怖で頭がまわらず、エルはその場にしゃがんだ。
一方で、イングリットは素早く戦闘態勢を取る。火の魔石で作った鏃の火を、素早く番えた。
片目を瞑って狙いを定め、射る。
イングリットが放った矢はウォーター・リザードの額に当たり炎上。
ウォーター・リザードは体内に脂肪をたっぷり蓄えていたようで、よく燃える。
肉を油で揚げているように、バチンバチンと跳ねる。
「なんか、美味そうな匂いがするな」
呑気なイングリットの呟きで、エルの恐怖は和らいだ。
「イングリット、魔物喰いは禁忌だから」
「そうだったな」
燃えたぎる火は、他のウォーター・リザードにも跳んで発火させる。
たった一撃で、三体のウォーター・リザードを倒してしまった。
イングリットが指先を鳴らすと、鎮火する。これが、魔法の矢の利点だろう。普通の火矢だとこうはいかない。
魔法防御力が高い矢は、燃えずに残っていた。イングリットは矢を引き抜き、火魔法を付加させて矢筒に戻す。
「イングリット、これ、やりすぎると空気が薄くなって、わたし達も危ないかも」
「だな。気をつけよう」
「あと、何もできなくて、ごめんなさい」
イングリットはエルの頭をぐりぐり撫でるばかりだった。それは子供扱いしているのではなく、気にするなと言ってくれているような気がした。エルはこっそり、涙ぐむ。
炭と化したウォーター・リザードをまたぎ、先へと進んだ。
エルは鍾乳洞の岩壁を、眺めながら進む。
魔鉱石らしきものはチラホラ見かけるが、水晶魔鉱石は見つからない。
これがないと、ネージュを目覚めさせることができない。なんとしてでも、見つけなければ。
しかしながら、一時間歩いても、水晶魔鉱石の発見には至らなかった。
「イングリット、ごめん」
エルを慰めるように、イングリットは肩をポンと叩いた。
「大丈夫か?」
「うん、平気」
「今日は、ここらで引き返したほうがいいかもな」
エルはまだやれると思った。しかし、冒険者として経験があるイングリットの言うことには従ったほうがいいだろう。
「わかった、戻ろう」
踵を返した瞬間、ゾッと鳥肌が立つ。
何かが、闇の中から覗いていた。
イングリットも気づいたようだ。
「ついてないな」




