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少女と猫とお人好しダークエルフの魔石工房  作者: 江本マシメサ
第一部 少女はダークエルフと出会う
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少女は自分の出生について考える

 火竜は空高く飛び上がり、青空を悠々と羽ばたく。


「わあ……!」


 風魔法の結界までも術の中に取り込まれていたようだ。そのため、頬を撫でる程度の風しか感じない。


 王都を空から見下ろす。

 街をくるりと囲った城塞は円形に作られていた。全貌を把握すると、それがいかに高い技術を要して作られているかわかる。


「イングリット! 王都って、巨大な魔法陣なんだ!」

「みたいだな。私も、最初に見たときは驚いたよ」


 街自体が、巨大な結界となっていた。

 呪文を描くように建物が建てられ、時計塔や王城、ギルドなどの壁の模様に、魔法式が描かれていた。


「近くで見たときは、ただの模様かと思っていた」

「だな。街の外観を崩すことなく、巨大な結界を完成させたんだ。天才の所業だろう」

「でも――」


 魔法陣を目で追っていったら、途中で途切れていた。

 北方にある教会が、半壊状態だった。

 壁の呪文は削がれ、結界の魔方式が機能していない原因となっている。


「あれ、魔法陣の要の一つなのに、どうして壊れてしまったの? 火事とか?」

「いやあれは、王妃が不貞を働く場として使い、怒った国王が取り壊しを命じたらしい。重要文化財でもあったから、周囲が止めて半壊状態を維持しているとか、噂話を聞いたことがあるな」

「王妃の、不貞……」


 考えないようにしていた両親の謎についてのパズルのピースが、パチパチと埋まっていく。


 フォースターの娘には、婚約者がいた。

 しかし、当時王太子だった国王との結婚話が急浮上し、娘と婚約者を引き離して結婚させた。

 フォースターの娘は王妃。引き裂かれた婚約者とは、おそらくフーゴのことだろう。

 二人はきっと、長年通じ合っていたのだ。結婚してからもずっと。

 そして、人知れず愛を深めた結果、子どもができたとしたら――それが自分だったのではないかと、エルは考える。


 だから、フーゴはエルを隠すように、森の奥地へ連れて行ったのだろう。 


「――エル、そろそろ休もう」


 イングリットが耳元で囁く。

 王都を発ってから、一時間半も経過していたらしい。エルはずっと、物思いにふけっていたようだ。


 森の中に湖を見つけたので、そこでひと休みすることにする。


「火竜、ごめん、あそこの湖に、下りてくれる?」

『ぎゃーう!』


 火竜はエルの言うことに従い、湖に着地する。

 伏せの姿勢を取ってくれたので、すぐに降りることができた。

 しかし、膝の力が抜けて、倒れそうになる。


「危ないっと」


 イングリットが、エルの体を受け止めてくれた。すぐに、ゆっくりと座らせてくれる。


「大丈夫か?」

「あんまり、大丈夫、じゃないかも」


 頭の中が、混乱状態だった。

 自分はいったい、何者なのか。そんなことを考えていたが、何者でもなかったのだ。

 両親に望まれて、周囲に祝福されて生まれた存在ではない。その事実は、エルにとって衝撃的なものだった。

 全身の力が抜け、立ち上がることすらままならなくなる。


「ゆっくり休もう」


 イングリットは鞄から敷物を取り出して広げた。


「エル、こっちに座れよ」

「うん」


 動けないエルをイングリットは抱き上げ、敷物の上に寝かせてくれた。

 何か茶でも淹れようと思っていたが、体が思うように動かない。

 ぼんやりしていたら、イングリットが円柱状の金属の塊を差し出してきた。


「エル、魚のスープと肉のスープ、どっちがいい?」

「何、これ?」

「魔技巧品の試作品。魔石缶詰っていうんだ」

「魔石、缶詰?」

「ああ。ここの上のくぼみに魔石を入れて、表面にある呪文をなぞるんだ」


 イングリットは二つの魔石缶詰に魔石を設置し、呪文をなぞる。 

 すると、缶詰は真っ赤に染まり、蓋が開くのと同時に魔石はコロリと落ちる。


「このように、缶詰の中にある料理を、一瞬で温めることができる、画期的な魔技巧品なのだ!」

「すごい!!」


 エルはイングリットの魔技巧品を前に、拍手した。

 市場で買ったパンを添えたら、あっという間に食事の支度が整う。


「これ、本当にすごいね。どうやったら、こんなのを思いつくの?」

「それはな、冒険しているとき、冷たい食事を食べるのがイヤでさ。かといって、野外で料理をするのはめんどくさいし。そこで思いついたのが、魔石缶詰ってわけ」

「そっか。そうだよね。鍋やお皿を洗うのも、微妙に面倒だし」

「そうなんだよ」


 魚と肉、どちらがいいか差し出され、エルは魚を選んだ。


『ぎゃう、ぎゃーう!』


 背後で、火竜がいきなり鳴き出す。


「ん、なんだ?」

「火竜も、スープとパンがほしいのかも?」

「あいつ、雑食なのか?」


 イングリットが鞄から魔石缶詰を取り出し、火竜に問いかける。


「どの味がいいんだ? がっつり系の肉塊入りのスープに、あっさり魚介出汁の魚スープ、健康志向の野菜スープの三種類あるのだが?」


 一つずつ見せてみる。すると、野菜スープのときに反応を示した。


「お前、火竜のくせに、健康志向なんだな」

『ぎゃうー』

「え、最近、お腹の肉が気になっているって?」

『ぎゃうぎゃう!』

「言うほど太ってないぞ?」

『ぎゃーう』


 火竜が何を言っているのかわからないのに、イングリットは勝手に相づちを打っている。

 思わず、エルは笑ってしまった。


 スープを魔石で温めてあげると、火竜は舌先を使って器用に飲んでいた。途中でスープにパンを浸しながら、食べ始める。


「あいつ、器用だな」

「わたし達も、食べよう」

「ああ、そうだな」


 魔石缶詰の中身は、イングリットの行きつけの食堂のスープらしい。

 エルは匙を使わずに、スープを飲んだ。


 優しい味がしたので、少しだけ涙ぐんでしまった。

 スープがあまりにもおいしいので、涙がでた。そういうことにしておく。

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