少女は自分の出生について考える
火竜は空高く飛び上がり、青空を悠々と羽ばたく。
「わあ……!」
風魔法の結界までも術の中に取り込まれていたようだ。そのため、頬を撫でる程度の風しか感じない。
王都を空から見下ろす。
街をくるりと囲った城塞は円形に作られていた。全貌を把握すると、それがいかに高い技術を要して作られているかわかる。
「イングリット! 王都って、巨大な魔法陣なんだ!」
「みたいだな。私も、最初に見たときは驚いたよ」
街自体が、巨大な結界となっていた。
呪文を描くように建物が建てられ、時計塔や王城、ギルドなどの壁の模様に、魔法式が描かれていた。
「近くで見たときは、ただの模様かと思っていた」
「だな。街の外観を崩すことなく、巨大な結界を完成させたんだ。天才の所業だろう」
「でも――」
魔法陣を目で追っていったら、途中で途切れていた。
北方にある教会が、半壊状態だった。
壁の呪文は削がれ、結界の魔方式が機能していない原因となっている。
「あれ、魔法陣の要の一つなのに、どうして壊れてしまったの? 火事とか?」
「いやあれは、王妃が不貞を働く場として使い、怒った国王が取り壊しを命じたらしい。重要文化財でもあったから、周囲が止めて半壊状態を維持しているとか、噂話を聞いたことがあるな」
「王妃の、不貞……」
考えないようにしていた両親の謎についてのパズルのピースが、パチパチと埋まっていく。
フォースターの娘には、婚約者がいた。
しかし、当時王太子だった国王との結婚話が急浮上し、娘と婚約者を引き離して結婚させた。
フォースターの娘は王妃。引き裂かれた婚約者とは、おそらくフーゴのことだろう。
二人はきっと、長年通じ合っていたのだ。結婚してからもずっと。
そして、人知れず愛を深めた結果、子どもができたとしたら――それが自分だったのではないかと、エルは考える。
だから、フーゴはエルを隠すように、森の奥地へ連れて行ったのだろう。
「――エル、そろそろ休もう」
イングリットが耳元で囁く。
王都を発ってから、一時間半も経過していたらしい。エルはずっと、物思いにふけっていたようだ。
森の中に湖を見つけたので、そこでひと休みすることにする。
「火竜、ごめん、あそこの湖に、下りてくれる?」
『ぎゃーう!』
火竜はエルの言うことに従い、湖に着地する。
伏せの姿勢を取ってくれたので、すぐに降りることができた。
しかし、膝の力が抜けて、倒れそうになる。
「危ないっと」
イングリットが、エルの体を受け止めてくれた。すぐに、ゆっくりと座らせてくれる。
「大丈夫か?」
「あんまり、大丈夫、じゃないかも」
頭の中が、混乱状態だった。
自分はいったい、何者なのか。そんなことを考えていたが、何者でもなかったのだ。
両親に望まれて、周囲に祝福されて生まれた存在ではない。その事実は、エルにとって衝撃的なものだった。
全身の力が抜け、立ち上がることすらままならなくなる。
「ゆっくり休もう」
イングリットは鞄から敷物を取り出して広げた。
「エル、こっちに座れよ」
「うん」
動けないエルをイングリットは抱き上げ、敷物の上に寝かせてくれた。
何か茶でも淹れようと思っていたが、体が思うように動かない。
ぼんやりしていたら、イングリットが円柱状の金属の塊を差し出してきた。
「エル、魚のスープと肉のスープ、どっちがいい?」
「何、これ?」
「魔技巧品の試作品。魔石缶詰っていうんだ」
「魔石、缶詰?」
「ああ。ここの上のくぼみに魔石を入れて、表面にある呪文をなぞるんだ」
イングリットは二つの魔石缶詰に魔石を設置し、呪文をなぞる。
すると、缶詰は真っ赤に染まり、蓋が開くのと同時に魔石はコロリと落ちる。
「このように、缶詰の中にある料理を、一瞬で温めることができる、画期的な魔技巧品なのだ!」
「すごい!!」
エルはイングリットの魔技巧品を前に、拍手した。
市場で買ったパンを添えたら、あっという間に食事の支度が整う。
「これ、本当にすごいね。どうやったら、こんなのを思いつくの?」
「それはな、冒険しているとき、冷たい食事を食べるのがイヤでさ。かといって、野外で料理をするのはめんどくさいし。そこで思いついたのが、魔石缶詰ってわけ」
「そっか。そうだよね。鍋やお皿を洗うのも、微妙に面倒だし」
「そうなんだよ」
魚と肉、どちらがいいか差し出され、エルは魚を選んだ。
『ぎゃう、ぎゃーう!』
背後で、火竜がいきなり鳴き出す。
「ん、なんだ?」
「火竜も、スープとパンがほしいのかも?」
「あいつ、雑食なのか?」
イングリットが鞄から魔石缶詰を取り出し、火竜に問いかける。
「どの味がいいんだ? がっつり系の肉塊入りのスープに、あっさり魚介出汁の魚スープ、健康志向の野菜スープの三種類あるのだが?」
一つずつ見せてみる。すると、野菜スープのときに反応を示した。
「お前、火竜のくせに、健康志向なんだな」
『ぎゃうー』
「え、最近、お腹の肉が気になっているって?」
『ぎゃうぎゃう!』
「言うほど太ってないぞ?」
『ぎゃーう』
火竜が何を言っているのかわからないのに、イングリットは勝手に相づちを打っている。
思わず、エルは笑ってしまった。
スープを魔石で温めてあげると、火竜は舌先を使って器用に飲んでいた。途中でスープにパンを浸しながら、食べ始める。
「あいつ、器用だな」
「わたし達も、食べよう」
「ああ、そうだな」
魔石缶詰の中身は、イングリットの行きつけの食堂のスープらしい。
エルは匙を使わずに、スープを飲んだ。
優しい味がしたので、少しだけ涙ぐんでしまった。
スープがあまりにもおいしいので、涙がでた。そういうことにしておく。




