少女とダークエルフは、火竜と対峙する
火竜が、釣れた。
闇属性のワイバーンよりも稀少な存在を、エルは見事釣り上げてしまった。
ぎゅっと握っていた、『爆連れ君第三号』を、地面にポトリと落とす。
イングリットはエルを庇うようにぎゅっと抱き上げ、後方に飛んで距離を取る。
相手は地上最強生物と言われる竜だ。ワイバーンのように戦って勝てる相手ではない。
竜の大きさは、二米突くらいか。竜にしたら、小柄だ。
エルとイングリットは、驚くあまり硬直している。
竜は大変珍しい。現代では、もう絶滅したのではと囁かれていた。
竜は数多くの種類がいる。中でも、火竜はもっとも獰猛だと囁かれていた。
『ぎゃう、ぎゃーう!』
火竜はエルを見て、何かを訴えていた。
「イ、イングリット、火竜は、なんて言っているの?」
「わ、わかんない」
『ぎゃうぎゃう!』
「……」
「……」
火竜はエルとイングリットを襲う気配も、殺意もまったくなかった。
『ぎゃう……ぎゃう?』
「なんか、可愛く見えてきたかも」
「おいおい、エル、火竜が可愛いって……本当だ。目がくりくりしていて、可愛いな」
そんな話をしていたら、火竜が動き出す。
姿勢を低くし、ゆっくりと歩いてきた。何をするのかと、エルとイングリットは固唾を呑んで見守る。
火竜は、先ほどエルが落とした、『爆連れ君第三号』を持ち上げた。
魔力の糸はなくなり、釣り竿のみとなっている。
『ぎゃう、ぎゃーう』
火竜は竿を掲げ、じっとエルを見た。
「え、何?」
「何か、訴えているな」
『ぎゃう、ぎゃう、ぎゃーううう……』
「もしかして、クッキーを、まだ食べたい、とか?」
『ぎゃーう!!』
まるで「それだ!」と言わんばかりの、大きな鳴き声だった。
「エル、クッキー、まだ、あるのか?」
「あるよ」
「その、なんだ、火竜に分けてやれ」
「わかった」
魔法鞄からクッキーを取り出すと、火竜は長い首を伸ばし、目をキラリと輝かせる。
『ぎゃう! ぎゃう! ぎゃーう!』
「喜んでいるな」
「やっぱり、クッキーが食べたかったんだ」
エルがクッキーを取り出すと、尻尾を振りながら寄ってくる。
「ま、待て!」
イングリットがそう言うと、火竜はピタリと動きを止めた。
「あ、イングリットの言うこと聞いた」
「エル、クッキーは私が置いてきてやる」
「うん、よろしく」
イングリットは慎重な足取りで火竜に接近し、地面にクッキーを置いた。
「待てよー、待て、待つんだぞー」
イングリットがエルのもとに戻った瞬間に、「よし!」と言った。
すると、火竜は素早くクッキーに近寄り、手に取った。
『ぎゃうーん!』
キラキラの瞳で、クッキーを眺めている。
「エル、どうする? 今のうちに逃げる?」
「そ、それがいいかも」
エルとイングリットは、ゆっくり、ゆっくりと後退していく。
クッキーを手に持ち、目を輝かせる火竜を残して。
一定の距離を取ったら、回れ右をする。
「走るぞ」
「うん!」
エルとイングリットは、全力疾走した。
『ぎゃう!?』
すぐに、火竜に気づかれてしまった。
「げ、あいつ、クッキーを持ったまま、追いかけてきた!」
「な、なんで?」
「さあ? っていうか、竜って、二足歩行できるのかよ!」
竜を研究する者が知ったら、仰天しそうな生態情報を思いがけず得てしまう。
火竜の足は速かった。エルとイングリットの前に出て、手を広げる。
『ぎゃーう!!』
「早いよ!」
「はあ、はあ、はあ」
「エル、大丈夫か?」
「う、うん。平気」
いったい何用なのか。敵意はない。それどころか、若干友好的な雰囲気がある。
イングリットは火竜に問いかけた。
「な、なんの用事なんだ?」
「まだ、クッキーがほしいの?」
火竜はここで、クッキーを食べる。おいしかったからか、その場で一周回り、小躍りしていた。
「で?」
「もう一枚ほしいとか?」
火竜は首を左右に振った。しゃがみ込んで、翼を広げる。
長い尻尾を地面に打ち付け、早くしろと急かしているように見えた。
「おい、もしかして、背中に乗れと言いたいのか?」
「サンセ鍾乳洞まで、連れて行ってくれるの?」
『ぎゃーう!』
「まじか」
「まじみたい」
エルはワイバーンではなく、竜を釣ることに成功してしまったようだ。
「エル、どうする?」
「どうするって、火竜は乗せてくれる気まんまんみたいだよ」
「そうだな。せっかくだし、お願いするか」
「うん」
先にイングリットが火竜に接近する。
「私は、イングリットだ」
『ぎゃーう!』
「わたしは、エル」
『ぎゃう!』
イングリットはそっと火竜の鱗に触れる。
「あ、温かい。しっとりしていて、背中は柔らかいぞ」
「本当だ」
火竜というと、硬い鱗に覆われていて、体温は触れることができないくらい熱いと言われていた。実際は、そんなことないようだ。
「エルが前に座るんだ。押さえておいてやるから」
「わかった」
まず、火竜の胴に縄を巻き、腰ベルトに繋げる。これが、命綱となるのだ。
「それだけで、大丈夫なの?」
「まあ、大丈夫だろう」
「もしも背中から落ちたら、どうなるの?」
「いや、エルは大丈夫だ」
「私だけ大丈夫って、どういうこと?」
「釣ったときに、ちょっとした契約を結んでいるんだ。釣ったやつとは魔力が繋がっている状態だから、落ちることはない」
「魔力で作った糸が体内にあるから?」
「そうだな。私はないので、こうして命綱を結んだわけだ」
「ふうん」
先にイングリットが座り、その前にエルが跨がった。
「よし、出発だ!」
火竜は翼を広げ、バッサバッサとはためかせる。
地面を蹴ると、空へと飛び上がった。




