少女はワイバーンを釣る?
王都の回転道路には、馬車乗り場があった。先が見えないほどの長蛇の列を見たエルは、ウッとなる。
「イングリット、これに、並ぶの?」
「ああ」
客のほとんどは男性ばかり。大荷物を手にしていた。
「皆地方から、買い付けにきたり、商売や取り引きをしにきたりしているみたいだな」
「そ、そうなんだ」
港町と同じように、馬車は等級によって分けられていた。
「エル、どれに乗るか?」
「うーん」
知らない相手と三日間も同乗するのは、疲れそうだ。だからと言って、港町から王都に来たときのように上等の馬車は片道で金貨数枚かかるだろう。
金は、できれば使いたくない。
「そういえば、冒険者は馬車で移動しないんだね」
「まあな。だいたい、馬を持っているな。私も購入を考えたんだが、世話ができるとは思えなくて」
「イングリットは、自分のお世話もできないからね」
「そうなんだよ」
素直に認めたので、笑ってしまった。イングリットの、こういうところが好ましいとエルは思う。
「やっぱり、ワイバーン、かな」
「な、そう思うだろう?」
「うん。召喚して、目的地に着いたら別れてって、効率的なんだね」
エルはしばし考え、腹をくくる。
「イングリット、ワイバーン、もう一回釣ってみよう」
「いいけれど、エルは怖くないのか?」
「ちょっと怖い。でも、もう闇属性のワイバーンはいないし、知らない人と三日も馬車で過ごすほうが怖いから」
「あー、まあ、そうだよな」
「次は、私が釣ってみたい」
「ワイバーン釣りを、エルがするのか?」
「うん。クッキーで釣ってみる」
「クッキーでワイバーンを!?」
「クッキー好きのワイバーンって、いいワイバーンっぽいでしょう?」
「たしかに!」
イングリットはひとしきり笑ったあと、エルの肩を叩いて「やってみるといい」と言ってくれた。
さっそく、王都を出て開けた場所まで移動する。
エルは先ほどイングリットが描いた魔法陣を、『爆連れ君第三号』を使って描く。
「イングリット、魔法陣、上手く描けている?」
「ああ、完璧だ。エル、あんたは本当に、一度見たものは忘れないんだな」
「まあ、うん」
モーリッツができていたので、皆できると思い込んでいた。
エルは学習する。モーリッツを人の基準として考えてはいけないと。
イングリットに魔力で編む糸のやり方を聞きつつ、実践する。
「おお、うまい!」
イングリットのように、細く紡ぐことはできなかった。ちょっとした縄のような太さになってしまう。
「これ、大丈夫かな?」
「太さは関係ないと思う。たぶん」
「じゃあ、釣ってみる」
クッキーを結んだ糸を、天に向かって伸ばした。
縄のような糸は、シュルシュルと音を立て、思いのほか軽やかに飛んで行った。
「イングリット、クッキーでワイバーン、釣れると思う?」
「釣れたとしたら、エルみたいに可愛いワイバーンだろうな」
「か、可愛い? 私が?」
エルは一瞬にして、顔が熱くなっていったのを感じた。
可愛いなんて、今まで一度も言われたことがなかったからだ。
「可愛いって、どういうこと!?」
「改めて聞かれると返答に困るが、なんというか、クッキーでワイバーンを釣るって考えるところとか、無邪気で可愛いなと思って」
「そ、そう」
見た目の話ではなく、エルの考えや言動、行動を見て可愛いと思ってくれたようだ。
照れや羞恥を覚えたが、嬉しいことでもあった。今まで知らなかった感情である。
「あ、あの、イングリット」
「ん?」
「イングリットも、可愛い、と思う」
「は!? 私が可愛い!?」
「うん」
「ないない、ないないない!」
「私が個人的に可愛いと思うことは、否定できないから」
「確かにそうだ!」
イングリットがそう叫んだ瞬間、竿の先端がしなった。
「あ、エル、ワイバーンが釣れたぞ! 今だ、引け!」
「う、うん!」
エルは渾身の力で、竿を引いた。
すると、魔力で紡いだ糸が戻ってくる。
あとは力を込めなくても、糸が自動で巻かれるのだ。
「どんなワイバーンが釣れたんだろう」
「クッキー色のワイバーンかもな」
イングリットは、腰ベルトからナイフを引き抜く。
前回の失敗があったので、もしも獰猛そうな個体だったら糸を切るつもりなのだろう。
「お、見えてきた」
「さっきのワイバーンより、大きい?」
「みたいだな」
だんだんと、肉眼で見えるようになる。
「んん?」
「イングリット、どうかした?」
「いや、あれは、ワイバーン……ではない?」
「え?」
パチパチと、エルが二回瞬いただけで、その姿を捉えることができた。
すさまじい速さで、落下してきていた。
ナイフで糸を切る暇もなく、ソレは着地してしまった。
「おいおい、マジかよ」
「な、何これ……!」
エルが見事に釣り上げたのは真っ赤な鱗を持つ――火竜だった。




