少女とダークエルフはワイバーンと戦う
ブレスは広範囲に展開される。しかも、闇属性が付加されたものだ。イングリットの魔法が打ち勝つには、聖魔法でないといけない。ダークエルフである彼女が、聖魔法を使えるとはとても思えなかった。
エルはすぐさま、外套のポケットから召喚札を取り出す。迷わず破ってワイバーンに投げつけた。
ワイバーンのブレスがエルとイングリットに届くよりも、召喚札の魔物が出てくるほうが早かった。
一瞬にしてその場にあった土が盛り上がり、七米突ほどの巨大な泥人形の形となる。
イングリットの矢は泥人形の背中に突き刺さったが、味方判定されたのか魔法は展開されなかった。
泥人形はワイバーンのブレスを防ぎ、大地を揺るがす雄叫びを上げていた。
「泥人形、ワイバーンを動けないようにして!」
エルがそう命じると、泥人形はワイバーンの上に覆い被さった。
「それから、パン窯みたいな形になって!」
泥人形はエルの命令を聞き、半円状のドーム型となる。
「召喚札っていうか、泥人形すごいな。でもなんで、パン窯なんだ?」
「蒸し焼きにするから」
「お、おお」
「イングリット、火魔法の矢を射ることができる?」
「蒸し焼きは私ありきの作戦だったんだな」
「うん。できる?」
「やってみるさ」
イングルは矢筒から火の魔石がついた矢を取り出す。
狙いを定め、射った。
矢はきれいな弧を描いて飛んで行き、泥人形に体を押さえつけられているワイバーンに刺さった。
泥の中で火が爆ぜ、炎上する。
「おー! ワイバーンはよく燃えるなー」
「たっぷり、脂肪を蓄えていたのかもね」
火柱が上がると、泥人形は消えていった。
「ありがとう」
エルは手を貸してくれた名も知らない泥人形に、礼の言葉を呟いた。
「息絶えたようだな」
「うん」
「エルのおかげで、倒すことができた」
「お婆さんからもらった、召喚札のおかげだよ」
「とっさに召喚札を使った、エルの機転の勝利だよ」
イングリットはそう言って、エルの頭をぐりぐりと撫でた。
同時に、ピコーンと音がなる。
「ん?」
イングリットが取り出したのは、四角い木札。表面に魔法陣が浮かび、チカチカと光っていた。
「イングリット、それ、何?」
「ギルドカードだ。これで、ギルドに依頼したり、受けたりできる。討伐した魔物を自動で記録してくれたり、依頼を達成したときには教えてくれたりするんだ」
「へー、便利だね」
「さっきのは、ギルドに登録されていて、誰も解決できていなかった依頼の達成を知らせるものだ」
「もしかして、ワイバーンの討伐?」
「ああ、そうだ」
ギルドカードに浮かび上がった魔法陣に、報酬が書かれているようだ。それを見たイングリットは、ぎょっとする。
「報酬は金貨、五十枚だって!?」
「すごいね。冒険者って、儲かるんだ」
「いやいや、こんな高報酬の依頼、滅多にないぞ」
「そうなんだ」
イングリットは魔法陣に書かれた知らせを真面目な顔で読む。が、途中でぎょっとなった。
「おいおい、今回の討伐で、第三位になったって本当かよ!?」
「第三位?」
「冒険者の等級だ。七段階あって、下から第六位、第五位、第四位、第三位、第二位、第一位、無限大があるのだが」
「もともとイングリットは、第四位だったんだ」
「そうだ。まさか、ワイバーンの討伐で第三位になるなんて」
「第三位になると、何かあるの?」
「普通の依頼にも金額が上乗せされる。それから、国内の施設はほぼ出入りできるようになるんだ」
「いいことばかり?」
「いや、そうでもない。国が危機に陥ったとき、戦力として駆り出されるんだ」
「そういう仕組みなんだ」
「ああ。ほとんどの冒険者は、第三位まで上がらない。だから、気にしていないのだが」
イングリットは複雑そうな表情を浮かべている。
それもそうだろう。イングリットの本職は冒険者ではなく、魔技工士である。有事に駆り出されては、たまったものではない。
「エルがギルドのカードを持っていたら、活躍評価は分割されていたんだがな」
「それ、今からギルドに行って、情報を修正に行けないの?」
「あ――できる、かもしれない。でも、いいのか? ギルドカードの登録は、先ほど説明したとおり、戦争や魔物退治に駆り出される可能性がある」
「大丈夫。たくさん冒険に出るわけじゃないから」
「そうだよな。じゃあ、行こう」
ワイバーンが炭と化し、朽ちるのを確認してから街に戻った。
イングリットはギルドで、先ほど起こったことを説明する。
すると、受付の女性では対応できないようで、奥の部屋にくるよう招かれた。
客間に通され、茶と菓子がふるまわれる。喉が渇いていたエルは、茶を飲み干した。
五分ほど待って、やってきたのはギルド長だった。年頃は五十前後で、筋骨隆々、額から顎にかけて大きな傷が残っていた。元傭兵といった風貌である。
「黒い疾風、まさか、お前がワイバーンを倒すとはな」
「二つ名で呼ぶのは止めてくれ。恥ずかしい」
イングリットには『黒い疾風』という二つ名があるようだ。
「それで、活躍評価を分けることができるのか?」
「分けるって、本当にそこのお嬢ちゃんも一緒に倒したのか?」
「ああ。店でもらった召喚札があったんだよ。それがなきゃ、無傷で倒せなかっただろう」
「ワイバーンを無傷で討伐したのか!?」
「召喚札があったから、誰にだって勝てた」
エルの説明を、ギルド長は首を振って否定する。
「普通、お嬢ちゃんくらいの年齢の子は、召喚札が必要だと判断し、使うことはできないんだ。召喚札は貴重な品で、冷静に今必要だと思って使える人は少ない」
現に、亡骸となって発見された冒険者の荷物から、未使用の召喚札がでてくることはよくある話らしい。
「もったいないから、使うべき場面で使えていないことが大半だ」
ギルド長の話に、イングリットも頷く。
「たしかに、あのときエルが素早く召喚札を使ってくれて助かった。防御の矢では、闇属性のブレスは防ぎきれなかったかもしれない」
あのとき放った魔法の矢は、防御魔法が付加されたものだったようだ。
いろいろな魔法の矢があるものだと、エルは感心する。
「黒の疾風は長年単独行動をしていたようだが、いい相棒を見つけたようだな」
「まあな。それで、活躍評価は分けることができるのか?」
「もちろんだ。ギルドとしても、優秀な人材はいつでも歓迎だからな」
秘書らしき女性から、申込書が手渡される。名前と職業を記入する、簡単なものだった。
エルは身分証と同じ、エル・フェルメータという名を記入する。
「職業は、どうしよう」
「魔石を使って戦うなら、魔石師でいいのでは?」
「うん、魔石師にする」
ギルドカードはすぐに完成した。
名前と等級の第六位が書かれている。依頼をこなすことによって、等級は上がっていく仕組みらしい。
ワイバーン討伐の報酬である、金貨二十五枚も表示されていた。
これは、硬貨商へ持って行けば金に換えられる。
エルはギルドカードを得て、イングリットも第四位へ戻る。
再び二人は旅立つこととなった。




