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少女と猫とお人好しダークエルフの魔石工房  作者: 江本マシメサ
第一部 少女はダークエルフと出会う
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少女と猫は黒い悪魔に遭遇する

 エルは頭巾付きの外套がいとうをまとい、籠に詰めた魔石を持って村を目指す。

 猫妖精のヨヨは、渋々といった感じであとに続いてきた。

 モーリッツの家から二時間ほど歩いた先に、小さな村がある。

 茅葺き屋根の家が並び、村の中心には大きな井戸があった。

 周囲は畑が広がっているが、今年は雨が少なかったからか不作のようだ。

 森の中に通っている川は美しいが、村の近くにある川は生活用水を流しているからか濁っていて清潔には見えない。

 放牧させている牛は元気がなく、やせ細っているように見えた。

 歩いていたら、道端に猫や鶏が死んでいたのでぎょっとする。


「何、あれ?」

『世話をする余裕がないとか?』

「そ、そうかも」


 泡を噴き、白目を剝いている。死に顔は穏やかではない。

 エルはなるべく見ないようにして、先へと進んだ。

 あまり、人とすれ違わない。村全体が静まり返っていて、不気味だった。

 エルと同じ十一歳から十二歳くらいの少女を発見する。庭先で、洗濯をしている。洗濯板に服をこすりつけ、せっせと洗っていた。

 少女の手は、真っ赤になっていた。冬も間近となり、井戸の水も冷たいのだろう。

 水の魔石と風の魔石があったら、自分で洗濯なんてする必要はない。

 桶の中に水の魔石と風の魔石、粉末石鹸を入れて、くるくるかき混ぜる。すると、水が生まれた中に小さな竜巻ができて、洗濯物をくるくる回す。しばらく放置していたら、洗濯物の汚れは落ちる。脱水も簡単だ。水の魔石を除いて、風の魔石だけを使うだけでいい。

 水を取り除き、乾燥までしてくれる。二時間ほどで、洗濯のすべてが終わるのだ。

 声をかけたら、魔石を買ってくれるだろうか。

 そんなことを考えながら、エルはじっと少女を見つめる。

 ふいに、少女が顔を上げ、目が合った。


「ヒッ!!」


 少女は短い悲鳴を上げて、洗濯物を放り出して逃げていく。


「え……なんで?」

『よそ者が怖かったんじゃないかな? ここは、自給自足をして暮らす閉鎖的な村みたいだし』


 その言葉を、エルは実感することとなる。

 中心部に行くと、村人が増えてきた。

 しかし、すれ違う大人は奇異の目でエルを見ていた。井戸端で会議をする女性達も、エルを見ると酷く恐れ蜘蛛くもの子散らすようにいなくなる。


 閉鎖的な村──ここは商人すら出入りしていないらしい。商店や宿屋といった施設はなく、農作物を物々交換している場に出くわした。

 金銭でのやりとりはしていないようだった。

 こうなったら、野菜と交換でもいい。エルは勇気を出して、村人に声をかけてみることにした。

 年頃は四十くらいか。父親と同じ黒い目を持つ、優しそうな女性だ。


「あ、あの、すみません」

「あ、あんたは!?」


 優しそうな顔をしていた女性の目が、瞬時に鋭くなる。まるで、汚い物を見るかのような目で見つめられた。


「森に住む魔物喰いの手下だろう!?」

「え?」


 魔物喰いというのは、言葉の通り魔物を食べる者を呼ぶ言葉である。

 魔物の血肉には大量の魔力が含まれていて、食べると強大な力を得るのだ。

 だがしかし、大量の魔力を摂取すると人は死んでしまうため、魔物喰いは禁忌とされていた。

 禁忌を破ってまで魔物を食べる者は、たいてい悪い魔法使いである。そのため、魔物喰いと蔑称べっしょうされていた。


 どうやら、モーリッツは魔物喰いの魔法使いとして忌み嫌われていたようだ。

 だから村へは絶対に近づくなと、噛んで含めるようにエルに言っていたのである。


「いったい、何をしにきたんだ!」

「あの、魔石を、売りに」


 一つ、出来のいい火の魔石を差し出した。すると、女性はエルの作った魔石ははたき落とす。


「魔物喰いが運んだクズ魔石なんて、必要ないんだよ!」


 捨て台詞ぜりふのように言って、女性は走って去って行った。

 エルは呆然ぼうぜんと、その場に立ち尽くす。

 女性の姿が見えなくなっても、動くことができなくなっていた。


『ねえ、エル。帰ろうか』

「……うん」


 エルはヨヨと共に、トボトボと歩きながら来た道を戻っていく。

 せっかく作った魔石だったが、すべて無駄になってしまった。ここへは、二度と近寄らないほうがいいのだろう。

 モーリッツとフーゴが言っていたことは、間違いではなかったのだ。エルは心の中で反省していた。

 前方から壮年の男性がやってくる。酔っぱらっているのか、前かがみでフラフラしていた。

 すれ違った瞬間、エルは視界に一瞬移ったものを見てゾッとする。


「──え?」

『エル、どうしたの?』

「さっきの人、顔に黒い斑点があった」

『ホクロじゃなくて?』

「違う。ホクロより大きい。それに、首すじにコブも見えた」


 エルはモーリッツの医学書で、読んだことがあった。体に黒い斑点ができ、コブができる病気についての記述を。


黒斑病こくはんびょう、かも?」

『ええ、見間違いではなくて?』

「わからない。もう一度、見てくる」

『エル、止めな。確かめて、どうするって言うんだ』

「黒斑病だったら、さっきの人はすぐに死んでしまう」

『でも、エルは医者ではないでしょう?』 

「医者ではない。それに、魔法で治るものでもない。だから、医者に診せたほうがいいって言いにいったほうが──」

『無駄だって。村人から魔物喰いと忌み嫌われている人の言うことを、聞くと思う? それに、こんな小さな村に、医者がいるわけないだろう?』

「……」


 なす術はない。それに、感染なんかしたら大問題だ。

 エルはトボトボとした足取りで、家に帰る。


 ◇◇◇


 帰宅したエルは、黒斑病について覚えていることを紙に書きだしてみた。

 まず、この病気は三十年前に小さな村で発病が確認され、都市部まで流行った。死者は千人以上にも及んでいたらしい。しかしそれは、想定していた数よりずっと少なかった。モーリッツが治療法を早期発見したため、感染拡大を最小限に止めたようだ。

 桿菌かんきんという細菌から感染する急性感染症で、ネズミなどに付いたノミを介して人に感染。感染した人や動物からも、病原体が体に侵入する恐ろしい病気なのだ。

 モーリッツは黒斑病について研究し、土壌の中から発見した細菌から抗生物質を作る。

 その薬を用いた場合、病気はすぐに完治するのだ。

 エルは細菌の採取方法と抗生物質の作り方も覚えていたが、あることをふと思い出す。

 モーリッツは抗生物質を実験室に保管していたのだ。まだ、処分していない。

 エルは急いで地下にある実験室に向かう。

 決して、一人で入ってはいけないと言われていた部屋だが──。


『エル、何をしているの?』

「ヨヨ、一緒についてきて」

『え、やだよ』

「いいから」


 ヨヨを抱き、実験室の中へと入る。

 モーリッツの私物はほとんど処分していたが、実験室はそのままだ。

 石造りの部屋は肌寒く、体温が温かいヨヨで暖を取る。


「薬品棚は……」


 施錠されていた薬品棚の鍵は、いつの間にか開錠されていた。


「これ、いつもは施錠していたのに」

『エルが使えるように、開けておいてくれたんだろうね』

「先生……」


 心の中で感謝しつつ、中を開いた。ズラリと薬が並んでいる。劣化しないよう、保存の魔法がかけられていた。


「黒斑病の薬は──あった!」


 小さな瓶に入れられた黒斑病の抗生物質を、エルは手に取る。


『エル、その薬、もしかして村に持って行くの?』

「うん」

『止めたほうがいいと思うけれど……』

「でも、見なかった振りはできないから」

『お人よしが過ぎるよ』


 黒斑病の抗生物質をハンカチで包み、魔法鞄の中へ入れる。


『エル、他の薬も役立つかもしれない。薬箱に入れて、持ち歩いていたほうがいい』

「うん、そうだね」


 薬品棚の薬を薬箱へ移す。


『調剤道具も、もらいなよ。ここで埃被らせておくのも、もったいないし』

「いいのかな?」

『いいって。エルはモーリッツの弟子なんだから!』

「だったら、お言葉に甘えて」


 薬と調剤道具、それから薬の素材などを魔法鞄に詰める。

 実験室はものの一時間で、空っぽになった。


 ◇◇◇


 翌日、エルは村へ黒斑病の抗生物質を持って行った。

 昨日見かけた男性は、すぐに発見できた。


「あ──」

「あんた、またやってきたのかい!?」


 声をかける前に、昨日魔石を叩き落とした中年女性に見つかってしまった。


「あの、私、あの人の薬を持ってきて」

「そんなこと言って、呪いをばら撒く薬剤じゃないのかい!?」

「ち、違う!」


 この抗生物質を魔法で体内に送ったら、黒斑病が治るのだ。

 薬の瓶を取り出して、呪いではないと訴えた。


「帰れ! あんたなんかに頼るものか!」


 薬の瓶は叩き落とされ、地面に落下して中身がぶちまけられる。


「ああ!」


 黒斑病の抗生物質は一つしかない。それなのに、零れてしまった。

 女性は気味が悪いと、零れた抗生物質に土をかけていた。


 最後に、突き飛ばすように強く肩を押されたエルは、地面を滑るようにして倒れ込んでしまう。


『エル』

「うう……!」

『帰ろう』


 ヨヨの言葉に、エルは頷いた。

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