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少女と猫とお人好しダークエルフの魔石工房  作者: 江本マシメサ
第一部 少女はダークエルフと出会う
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少女は初めてズボンを穿く

 老婆の武器屋から出ようとしたが、エルはあることを思い出した。


「待って、イングリット。ズボンを買わなきゃ」

「あ、そうだったな」


 イングリットは踵を返し、再び老婆に話しかける。


「婆さん、エルが穿けるズボンは置いているか?」

「成人女性用のものならばあるけれど、お嬢ちゃんが穿けるような物は扱ってないねえ」

「だってよ?」

「裾を詰めるから、大丈夫」


 フーゴが買ってくる服は、寸法がデタラメでたまに大人用もあった。そういうときは、裾や袖を詰めて着ていた。そのため、寸法の調整は慣れている。


「何枚必要だい?」

「三枚、あればいいかな」


 店の奥から、持ってきてくれる。

 肌さわりがいい、綿のズボンを購入することに決めた。


「これはおまけだよ」


 老婆がエルに手渡してくれたのは、泥人形ゴーレムの絵が描かれている長方形の札。


「おー、エル、よかったな」

「これ、何?」

召喚札サモン・カードだ」


 召喚師サモナーと呼ばれる職業の者が作った札で、破って投げると絵に描かれた幻獣や魔人を召喚できるのだ。

 ただ、召喚した存在ものの力は、本体の十分の一とされる。

 それでも、契約の危険もなく召喚できるという点は大きい。


「召喚の危険って?」

「契約が不完全で、召喚した魔物に食われたり、対価として魔力を根こそぎ奪われたり、いろいろあるみたいだ」

「そうなんだ」


 召喚師というのは、魔物や幻獣など、ありとあらゆる生物と契約し、戦闘時に召喚して戦う者を呼ぶ。

 そんな召喚師の小遣い稼ぎが、召喚札を作ることなのだ。


「召喚札は、召喚師にしか作れないものなんだ。稀少な召喚札は、高値で取り引きされているそうだ」

「へえ、どうやって作るんだろう」

「ざっくりした製法しか知らないが、契約した魔物や幻獣を、直接特殊な魔法インクに浸けるんだとよ」

「生きている状態で?」

「ああ。生きている状態で、だ」


 エルは竜が巨大な鍋に入れられている様子を想像し、ゾッとしてしまった。


「泥人形の札は、わりと見かけるな。従順だから、作りやすいんだろうな」

「ヨヨを魔法インクに浸けたら、ヨヨの札ができるのかな?」

「できるな。ヨヨの召喚札を作りたいのか?」

「ううん、いらない。たくさんヨヨがいたら、口うるさくて困るから」


 イングリットはぷっと噴き出す。


「おばあさん、これ、本当にもらっていいの?」

「ああ、いいよ。たくさん買ってもらったし、貴重な素材も売ってもらったから」

「ありがとう」


 エルは深々と老婆に頭を下げた。

 召喚札はすぐに取り出せるように、外套のポケットに入れておいた。


「よし、じゃあ、エルのズボンの寸法直しをしたら、出るか」

「うん」

「どれくらいかかりそうだ?」

「一時間もあったら、終わる」

「そうか」

「だったら、うちでやってお行きよ。針も糸も、貸してあげるから」

「いいの?」

「ああ、いいよ。そのほうが、すぐに出発できるだろう?」


 エルは老婆のお言葉に甘えることにした。

 まず、ズボンを穿いて、長い部分はハサミで切る。そして、裾を縫い付けた。

 腰回りは紐で縛るだけなので、調整は必要ない。

 エルは迷いのない手つきで、どんどん布を裁ち、せっせと縫っていった。

 仕上げに、祝福の刺繍を刺す。星の形に、守護の呪文を描いたものだ。モーリッツが教えてくれたものである。

 途中、老婆が菓子と茶を持ってきてくれた。ジャムが載ったクッキーと、蜂蜜入りの紅茶である。


「エル、このクッキーうまいぞ」

「うん、あとで食べるから」

「紅茶も冷めるぞ」

「ん……わかった」


 一息入れたあと、作業を再開させる。集中し、一時間以内にズボンを完成させた。

 とりあえず、二枚だけ。三枚目は、必要だと感じたら縫えばいい。


「できた!」

「おう。早かったな」

「お嬢ちゃん、奥の部屋で、着替えてくるといいよ」

「お婆さん、ありがとう」


 エルはドキドキしながら、ズボンを穿く。

 実は、ズボンを穿くのは初めてだった。フーゴが買ってくるのは、ワンピースやスカートばかりで、不思議とズボンを穿く機会がなかったのだ。

 イングリットのズボン姿は、かっこ良かった。エルも、あのように穿きこなせたらいいなと考えつつ、穿き口に足先を滑り込ませる。

 初めてのズボンは、不思議な穿き心地だった。

 いつも、スースーしていた足下が、しっかり守られているような気がした。


「エル、大丈夫か? 穿けているか?」

「うん、大丈夫」


 金鷺の外套を着る前に、イングリットにズボン姿がおかしくないか確認してもらう。


「イングリット、どう?」

「いいじゃん。似合っているよ」

「よかった」


 ホッとしながら、金鷺の外套を着込む。

 ここでようやく老婆と別れ、店を出た。

 イングリットは背伸びをして、エルを振り返る。


「よっし。じゃあ、出かけるとしますか」

「うん、行こう」


 物語の世界に出てくるような、冒険は初めてである。エルの心はドキドキと高鳴っていた。


「出発、と、その前に、市場で肉を買わなきゃいけないな」

「お肉? どうして?」


 食料なら、先ほど確保した。生肉を持って行く理由がわからず、エルは首を傾げる。


「肉でワイバーンを釣る」

「ワイバーンを、釣る?」

「ああ、そうだ。釣ったワイバーンに乗って、サンセ鍾乳洞まで行くんだよ」


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