少女とダークエルフは街で装備を買う
イングリットは旅装束に着替える。今までは魔技工士が着ている呪文が描かれた魔法の外套に足下は編み上げのサンダルだったが、革の胸当てに矢筒、道具入れの鞄がついたベルト、長靴と冒険者らしい恰好になっていた。
街にいる間だけ、魔技工士の外套をまとうようだ。
「エルも、旅装束を揃えなければいけないな」
「これじゃだめ?」
エルが着ているのは、フーゴが買ってくれた頭巾つきの外套に、ワンピースだった。
これと似たような恰好で故郷の森から王都までやってきたが、魔物が出現する場所に行くのに相応しい恰好ではなかったようだ。
「最低でも、下はスカートではなく、ズボンがいいだろうな」
「わかった。どんなものがいいのか、見てもらえる?」
「もちろん」
「ありがとう、イングリット」
返事をする代わりに、イングリットはエルの頭をぐりぐりと撫でた。
街に出て、旅支度を調える。
中央広場を目指して歩き、市場街に出てくる。昨日同様、多くの人々が行き交っていた。
「あ、エル。あそこの店の乾燥果物、うまいんだ!」
イングリットはエルの手を握り、走り始める。
「いらっしゃい。って、あんたか」
「おう、親父。なんか、珍しいもんは入っているか?」
「サンタローザの乾燥させたやつを入荷した」
サンタローザ、それは鮮やかな赤い果肉のすももである。果物の乾物屋の店主は、瓶の中に入っていたものを摘まみ、エルとイングリットに味見として差し出してくれた。
「これ、食べていいの?」
「ああ、食え食え。ここの親父は太っ腹だから、なんでも食わせてくれるぞ」
周囲を見渡すと、どの店でも味見を行っているようだ。そうだとわかれば、エルは遠慮なくサンタローザと呼ばれていたすももを頬張る。
「最初は固いが、飴みたいに口の中で舐めていると、だんだんと溶けていって甘さを感じるから」
言われた通り、乾燥すももを口の中で転がしていく。すると、だんだん甘みを感じるようになった。
「頃合いを見て、奥歯でぎゅっと噛むと、旨味がじわ~~っとあふれ出てくるからやってみろ」
「ん――あ、本当だ。おいしい!」
店主は満足げに頷く。
「作業中でも、冒険中でも、口の中に入れておくには最適の乾燥果物なんだよ。うまいだけじゃなく、栄養豊富なんだ」
「じゃあ、それをもらおうか」
「まいどあり!」
「本当、親父は商売がうまいよな」
「俺もこの仕事が長いからな!」
イングリットは他にも、数種類の乾燥果物を購入していた。冒険に不足しがちな栄養を、果物で補う目的があるようだ。
他にも、保存食を購入する。乾燥肉に、魚、麺、オイル漬けの貝に、ベーコンの塊、ビスケットにパン。
荷物のすべては、エルの魔法鞄の中に収められる。
「それ、すんごい容量だな」
「まだまだ入るよ」
「とんでもない鞄だ」
食料は十分買い込んだ。エルが森から持ってきた物もまだ余っているので、足りなくなるということはないだろう。
「次に、武器と服だな」
市場を抜け、冒険者御用達の商店街へ向かう。
そこには、鎧姿の戦士がいたり、白い外套を着込んだ僧侶、露出度が高い身軽な服装の踊り子など、さまざまな冒険者が行き交っている。
エルと同じ年頃の少女は、一人も歩いていなかった。
どうやら武器屋もなじみの店があるようで、イングリットは迷いのない足取りで進んでいた。路地裏に入り、薄暗い道を抜けた先にあったのは、土をドーム状に固めて作ってある変わった外観の店だった。
「ここだ」
中に入ると、ひんやりしていた。内部は暗い印象があったが、魔石灯が天井からつり下がっていたので案外明るい。
店内には、騎士が身につけているような板金鎧に、丸や四角、多角形の盾、聖職者の外套など、さまざまな防具が揃えられていた。
店のさらに奥は、武器を扱っているようだ。
一見してこぢんまりとした外観だったが、中は意外と広い。
「いらっしゃい」
店の奥から出てきたのは、白髪頭の老婆である。
「今日は、どんな品をご入り用で?」
「この娘の装備を、と思って」
「なるほど。小柄だから、あまり重たくしないほうがいいねえ」
「そうだな。布製鎧では心許ないから、革製鎧くらいの強度がほしいのだが」
「ふむ、そうだねえ。寸法は、これくらいか」
老婆がエルに革製鎧を服の上から被せてくれた。思っていた以上のずっしりとした重量で、エルはふらついてしまう。
「ああ、これでも重いみたいだねえ」
「うーん。かといって、布製鎧は紙の装甲みたいだしなあ」
「お嬢ちゃんは、魔法使いだね?」
「どうして、わかったの?」
「銀色の髪を持つ者は、『賢者』としてあがめられることが多かったから、お嬢ちゃんもきっとそうだと思ってね。まあ、昔の話だから、聞き流しておくれ」
「……」
老婆の話を聞いたイングリットは、神妙な表情で呟く。
「エルの髪は、隠しておいたほうがいいかもな」
「わたしも、そう思った」
「私みたいに、街中では頭巾を被っておけ。窮屈かもしれないが、自分を守ることになる」
「わかった」
革製鎧を脱ぎ、棚に戻した。
「鎧じゃなくて、盾を持とうかな」
試しに、もっとも小さい円形の盾を手に取ろうとしたが、重たくて持ち上げきれなかった。
「くっ……ううん! む、無理!」
「エル、それは戦士用だから、持ち上げるのは無理だ」
「残念」
「お嬢ちゃん、これはどうだい?」
老婆が持ってきたのは、白い外套に金の刺繍が入ったもの。
「金鷺の外套と呼ばれている、魔法使い用のものなんだけれど」
着用した者の魔力に応じて、防御力が上昇する呪文が縫われているらしい。
ちょうど、エルの背丈にぴったりだった。
袖を通し、姿見で確認する。
「頭巾もあるし、いいかも」
「お婆さん、これ、いくらだ?」
「金貨五枚だよ」
「きっ、金貨五枚だと!?」
あまりにも、高すぎる。
なんでも、高貴な身分の少女の生誕祭用に作られた外套だったが、急に身内に不幸があって着る機会もなく売り出された一着らしい。
「さすがに、金貨五枚は無理だなあ。銀貨五枚くらいだったら、買ってあげるんだが」
エルも、外套一枚に金貨五枚もかけてられないと思った。かなり気に入っていたが、諦めるほかない。
「分割でもいいよ」
「え?」
「通常は受け付けないんだけれど、その外套はお嬢ちゃんによく似合っているから」
「……」
珍しく、エルは服を気に入った。本当は、脱ぎたくないくらいだった。
分割でいいと言われ、心が揺らぐ。
ただ、値段が値段だ。即決できるものではない。
「何か、珍しい物と交換でもいいけれどねえ」
「珍しい物……」
エルが森から持ってきた品に、珍しい品があるのか。鞄を探ってみる。
「聖鹿の角とか」
「え?」
鞄の容量からは想像もできないほどの、大きな鹿の角が出てきた。
純白で、すべすべしているのが特徴だ。
モーリッツは「聖職者の杖以外使えない」と切って捨てていたが、エルはいつか何かに使えると思って一つだけ取っておいたのだ。
「こ、これは、聖杖の材料となる、伝説の鹿の角じゃないかい!?」
「そうなんだ。うちの森には、ちらほら見かけたけれど」
「ど、どこの、森なんだい?」
「もう、燃えちゃってない」
「そ、そうかい」
老婆はエルが取り出した聖鹿の角を見る。
「驚いた。こんなに状態がいい聖鹿の角は初めてだよ」
「いくらか、お金になる?」
「これだと、金貨二十枚の価値があるだろうねえ」
「え!?」
エルは呆然とする。モーリッツから、聖鹿の角はよく燃えるからと、何度かお風呂を沸かすのに使っていた。
白い炎ができるので、面白がって何度も薪代わりにしていたのだ。
まさかこんなに高値が付くとは、想像もしていなかった。
きっと、モーリッツはあえてエルに教えなかったのだろう。
価値がある物と知っていたら、きっと転売することしか考えなかっただろうから。
エルは聖鹿の角を売り、金鷺の外套と、投石器を手に入れた。




