少女とダークエルフは旅支度をする
旅に出る前に、いったんイングリットの家に戻る。
「長弓は長い間使っていないから、弦を張り直す必要があるな」
イングリットが物置から、長弓を発掘するように取り出す。表面には呪文のようなものが刻まれ、弦の色が七色に光る。
「それは、普通の弓と違うの?」
「違うな。これは、魔法を込めた矢を放つ専用の弓なんだ」
「へえ、魔法の弓って、初めて見るかも。ダークエルフの村では、よく使われているの?」
「いや、これは私の創作魔法だ」
魔技工士であるイングリットは、弓に使う素材探しから始め、何もかも自作したらしい。 完成したのは一見して普通の長弓であるが、性能はまったく異なる。
「弓は、これを使うんだ」
「あ、鏃が、魔石」
「正解!」
魔石の鏃に魔法を付加し、魔物へ射る。例えば、火魔法が付加されたものを射った瞬間、魔法が展開され、対象へ届くのだ。
「射るときに、呪文を詠唱するの?」
「いいや、これは無詠唱で魔法が完成する。その秘密は、これだ」
矢の柄部分に、呪文が彫られている。そして、弓にも呪文が彫られていた。
「矢と弓を摩擦させることによって、魔法式が完成するんだ。そして、放った瞬間に魔法が展開される」
「すごい!」
矢は魔法を付加させれば、再利用することが可能らしい。実に画期的な、弓矢を利用した魔法だった。
「最初に話を聞いたときは、魔法の力で命中率を上げるのかと思っていたけれど、そういうことなんだ」
基本、攻撃は一撃必殺で、戦闘が長引く魔物は回避する、という戦闘方法を取っていたらしい。
「複数の魔物ならば、このフレイムボム・アロウだな。爆発系の火魔法で、中型魔物の群れくらいならば、一発で仕留めることができる」
先端には火魔法が付加された魔石が付いている矢を、イングリットはエルに見せてくれた。
「ふつうの矢とは、違う?」
「そうだな。鏃は魔石を削って作った物だし、柄の部分は耐魔の木、羽根はファイヤ・バードのものだ。付加する魔法によって、属性と相性のいい材料を集めて作っているんだ」
「へえ、面白いね」
「だろう?」
戦闘後は、なるべく矢を回収しているらしい。もっとも頻度が高い矢を見せてもらったが、耐魔の木を使っているからか矢の状態はすこぶるよかった。
「どうして、こんなものを思いついたの?」
「最初は普通の弓師だったんだが、単独行動していたら、死にそうになったんだよ」
「パーティーを、組まなかったんだ」
「そうだな。当時の私は仲間と思っていた男に裏切られたばかりで、傷心だったから。簡単に、人のことを信じられなかったんだ」
イングリットの日々の狩猟で磨いた弓矢の腕はそこそこよかった。しかし、単独行動をしながら、弓矢で魔物と戦うことは無理があったのだ。
「一回大けがを負ったとき、このままじゃ死ぬって思ったんだよな。ただ、戦闘方法を変えると言っても、私にできるのは魔法くらいで」
魔法使いは詠唱する時間が必要となる。単独で行動することに相応しい職業ではない。
「魔法と弓矢、両方使えたらいいな~とぼんやり考えていたときに思いついたのが、魔法を付加した矢で攻撃する方法だった」
イングリットは新たに、『弓術師』を名乗り、単独行動で冒険をするようになった。
話し終えたあと、エルはパチパチと手を叩いた。イングリットは誇らしげな表情を浮かべる。
「エルは魔石を投げて戦うんだろう?」
「でも、当たらないかもしれない」
「武器屋で、投石器を買えばいい。狙いを定めやすくなるだろう」
イングリットが絵を描いて、投石器について教えてくれる。
「投石器って?」
「二股に分かれた枝みたいなやつに、ゴムがついていて、石と一緒に引いたあと、飛ばすんだ」
「ああ、なるほど。そんな物が、あるんだね」
「そんなに重くもないから、エルにも使えるだろう」
魔石を投げるという戦闘方法に不安を抱いていたが、投石器を使うことによりなんとかなりそうだった。
「あとは、何かできるか? ナイフさばきの訓練とかは、していないよな?」
「うん」
「魔法は、何が使える?」
「四大属性は中位魔法くらいまでだったら使える。炎魔法と、氷魔法は少しだけ。回復魔法は、最大回復魔法までだったら使える」
「は?」
「ん?」
「四属性に、炎と氷だって!? それから、リザレクションだって!?」
「ぜんぶ、先生から習った」
「あんたの先生、何者なんだ! いやしかし、習ったとしても実際に使えるわけがない」
ありえないと、イングリットはブツブツ呟いている。
「もしも本当に、その魔法のすべてが使えるとしたら、エル、あんたは大聖女だ」
「大聖女?」
「混沌の世界を救世する、奇跡の存在だよ」
いまいち、ピンとこない。モーリッツは四属性の上位魔法に加え、炎と氷の大魔法を扱っていた。回復魔法のリザレクションは使えないといっていたが、豊富な知識を持っていた。勉強したら、みながみな、同じように大魔法を習得できるとエルは思い込んでいたのだ。
「エルの先生はきっと、伝説の大賢者か何かだろう」
「そう、だったんだね」
いまいちピンとこないが、イングリットが言うのならば間違いないのだろう。
「母親が王妃で、大賢者が先生で、魔石作りの達人で――エル、あんたはいったい何者なんだ?」
「わからない」
イングリットは脱力して、「だろうな」と呟いた。




