少女は真実の欠片に触れる
ふいに、フォースターの言葉が蘇る。
――長いしっぽ亭は、会員制の店でね。私も、娘にぬいぐるみを贈ろうと頼みに行ったのだが、十年後だと言われてねえ。十歳ともなったら、ぬいぐるみを贈っても、喜ばなかったんだよ
――ぬいぐるみはずっと、箱の中に保管されていたらしい
――子どもを産んだ娘は、私の贈ったぬいぐるみを元に、作りなおした物を孫娘に渡したらしい。作り直すのに十年かかったようだが、喜んでいたと話していたよ
フォースターから聞いた話を思い出し、エルは頭を抱え込む。
このぬいぐるみはおそらく、フォースターが娘に贈ったあと、作り直して孫娘にとわたった物だろう。
だから、フォースターと両親、三人分の魔力が込められているのだ。
ぬいぐるみは、フォースターから娘へ、そしてときを経て作り直される。
生まれ変わったぬいぐるみは、エルの誕生日にフーゴに手渡された。
そこから導き出される答えは、一つしかない。
「あの人が、わたしの、おじいさんなの?」
「おい、エル。どうしたんだ?」
「あ、いや、あとで、話す」
イングリットは「わかった」と返し、エルの隣にしゃがみ込んだ。手が震えていることに気づいたからか、突然ぎゅっと握ってくれる。
「うわ、エルの手、冷たい」
「イングリットは、温かいね」
「そうだろう?」
イングリットの温もりに触れていたら、ドクン、ドクンとイヤな感じに鼓動していた胸はだんだんと治まっていった。
そうこうしているうちに、工房からいなくなっていた店主が戻ってくる。
「フォースター公爵の保証書を見つけたぞ」
「あ、うん」
冷静になった瞬間、もう一つエルは思い出してしまう。
――もっとも罪深いことは──国王に娘を嫁がせてしまったことだ
――黒斑病で亡くなった王妃様は、フォースターさんの娘だったの?
――ああ
フォースターの娘は、亡くなった王妃だと話していた。
すなわち、エルの母親は王妃ということになる。
脳天を雷に打たれたような衝撃を、エルは受けてしまった。
「このぬいぐるみを最初に贈ったのは――フォースター公爵の一人娘であり、この国の王妃であったアルフォネ妃だ」
「ってことは、エルはこの国のお姫様、なのか?」
「知らない。何も、聞いていないから」
母親が王妃だったことも衝撃的だったが、それ以上に既に死んでいたという事実も判明する。
胸に、ぽっかりと穴が空いたような虚無感に襲われた。
もしかしたら、王都へやってきたら逢えるかもしれないと思っていたのだ。
父は死んだ。
母も、死んでいた。
肉親は、誰一人として生きていない。
十二歳の少女には、耐えがたい現実だった。
涙が溢れ、頰を伝って流れていく。
すぐに、イングリットが抱きしめてくれた。
悲しみと苦しみが、嗚咽となってあふれてきた。
エルは、声をあげて鳴く。
「うっ、うっ、うわああああああ!!」
しばらく涙が涸れることはなかった。
◇◇◇
落ち着いたエルは、何も考えられなくなっていた。他にも何かフォースターから重要な話を聞いていたような気もするが、今は思い出したくもなかった。
一度帰るか? というイングリットの言葉に、首を横に振る。
「ネージュを目覚めさせる方法を知るまで、帰れない」
「そうか、わかった。おい親父、このうさぐるみを目覚めさせる方法はあるのか?」
「そうだな。おそらく、一つの魔石に魔力が三つも込められていることがよくないのだろう。魔石を分けて、一つに一人分の魔力を分ければ、今日みたいに気を失うこともない」
「なるほどな。三人の魔力が暴走した結果が、失神だったのか」
ただ、人工精霊に使われる魔石は、普通の魔石ではない。
「水晶魔石と言って、ここから馬車で三日走った先にある、『サンセ鍾乳洞』で採れる魔鉱石から水晶を取り出し、魔石にしたものだけが心臓部として使えるのだ。ちなみに、ここにある在庫は、余分な物はない。一つ一つ魔鉱石を採掘する職人に依頼するのだが、稀少なもので一年に一回発見できたらもうけもの。五年以上探しても、見つからない場合もある」
「そうか」
エルは立ち上がり、決意を口にした。
「水晶魔石の素材になる魔鉱石を、サンセ鍾乳洞に探しに行く」
「エル、本気か?」
「本気。ネージュは、大事な家族だから」
二年間、一緒にいた。今まで何も喋らなかったけれど、傍にいたら安心するという不思議な存在だったのだ。
そのぬいぐるみは心があり、命名したら喋る上に動くようにもなった。
「動けないときにも、ネージュには心があった。だから、今もきっと悲しんでいるはず」
「そう、だな。そうだよな。エルの言う通りだ。このまま、動けなくなりました、はいそうですか、で終わる問題じゃないよな」
ここで、店主より忠告を受ける。サンセ鍾乳洞には、魔物が出現するらしい。
「ギルドで冒険者を雇ったほうがいい」
出現魔物を照らし合わせて、最低でも剣士、僧侶、魔法使いが必要だと言われる。
知らない大人と旅することに、不安を覚えた。
そんな思いを察してか、イングリットがある提案をしてくれた。
「だったらエル、私も水晶魔石探しに付いていってやるよ」
「いいの?」
「ああ。心配だからな」
「ありがとう」
イングリットは元冒険者だ。魔法の矢を操り、戦っていたと聞いていた。
エルは、魔石で応戦しようと考えている。攻撃魔法も使えるが、詠唱するより魔石を投げたほうが早いだろう。
「じゃあ、準備をして出かけるか」
「うん。あ、ヨヨはネージュを見守っていて」
『了解』
こうして、エルとイングリットは旅に出ることになった。




