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少女と猫とお人好しダークエルフの魔石工房  作者: 江本マシメサ
第一部 少女はダークエルフと出会う
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少女は図書館で父の行方を知る

 イングリットはぐっと背伸びをしていた。集中して書類を書いたので、疲れたようだ。


「なんか書いたり、整理したりってのが苦手なんだよなあ」

「帳簿とかも、苦手そう」

「苦手っつーか、付けてないな」

「え?」

「ん?」

「帳簿付けてなかったら、どうやって研究資金とか、売上額とか出しているの?」

「出してない。手元にあるお金が、私の財産だ」


 エルは人生で初めて、開いた口が塞がらないという状況に出会ってしまった。

 ヨヨから『エル、大丈夫?』と聞かれて自分を取り戻す。


「そんなの、絶対にダメ!」

「どうしてだ?」

「適当に管理していたら、お金が足りなくなったり、どれだけ利益があったりしたか、わからなくなるでしょう?」

「でも、今まで困ったことはないし」

「それは、困っている状況に、気づいていないだけなの!」


 十二歳の少女に怒られる大人というのは、街中で非常に目立つ。それに気づいたエルは、イングリットの手を引いて歩き始めた。


「困っていることに、気づいていない、か。確かに、エルの言うとおりかもな」

「うん」

「帳簿の管理の仕方を、私に教えてくれるか?」

「いいよ」

「よかった。エル以外に、頼れる人はいないから」


 イングリットの呟きを聞いて、胸がぎゅっと締め付けられる。

 エルは長い期間王都に滞在するつもりはない。エルがいなくなったら、イングリットはまた独りぼっちになってしまうのだ。


「エル、どうかしたんだ?」

「あ、えっと、なんでもない」

「そうか。おっと、エル、図書館は右に曲がるんだ」

「案内、してくれるの?」

「ああ、乗りかかった船だしな」


 イングリットはエルを図書館まで案内してくれた。それだけでなく、内部についてもいろいろ教えてくれる。


「まず、受付で入館許可証を発行する。身分証を見せるだけだから、簡単だ」

「わかった」


 三階建てである図書館のエントランスは吹き抜けになっていて、天井に張った色鮮やかなステンドグラスを通した陽光が床に降り注いでいる。夢のように、美しかった。


 受付には、二十歳前後の若い女性がいた。エルが入館許可証を発行したいと申し出ると、身分証を出すように言われる。


「あなたは――労働者階級ですね」


 一気に、女性の声が低くなった。明らかに、階級を見て態度を変えた。あまり、気持ちがいいものではない。

 すぐに入館許可証が差し出されたので、エルは礼を言って受け取った。


「な、身分証って、クソみたいだろう?」

「うん、くそみたい」


 モーリッツが聞いたら激昂げっこうしそうなくらい汚い言葉だったが、モヤモヤとしていたので文句の一つや二つ言わないと気が済まなかったのだ。

 使ってはいけない言葉を吐いたら、不思議と心が軽くなった。


「中流者階級の市民名簿は、あっちみたいだな」

「うん」


 見渡す限りの本、本、本である。蔵書整理を行う職員は、利用者など気にせずにテキパキと働いていた。


 まずは、中流者階級の名前が記録された本棚から調べる。


「親父さんの家名はなんだったか?」

「ノイリンドール。フーゴ・ド・ノイリンドールっていうんだけれど」

「おい、エル。名前と姓にドが付く名前は、貴族だぞ」

「そう、なんだ」

「ああ。三十年前くらいから、名前の間にドを入れるようになったらしい」


 モーリッツの持っていた本は、古いものばかりだった。そのため、貴族の名前にドが付く本はなかったのだ。


「お父さん、貴族、だったんだ」

「みたいだな」


 なぜ、貴族なのに森暮らしをすることになったのか。

 なぜ、偽名を名乗っていたのか。

 なぜ、何もかもエルに内緒にしていたのか。


 わからないことだらけである。目の前がぐらりと歪み、真っ暗になりそうだった。


「エル、危ない!」

「!」 


 イングリットに肩を支えられ、ハッとなる。


「今日は、帰るか?」

「ううん。お父さんの生家について、調べたい」

「そうか……」


 イングリットはエルと手を繋ぎ、貴族名鑑のある棚まで導いてくれた。


 フーゴの実家は、すぐに見つかった。

 ノイリンドール家は国内でも五本指に入る名家で、爵位は侯爵。


「とんでもねえ大貴族じゃないか!」

「……」


 家系図の中に、フーゴの名前もあった。現当主の、三番目の子どものようだ。

 しかし、そこで衝撃的な単語を目にする。


「フーゴ・ド・ノイリンドール――三十七歳、没……!?」


 本日二度目の、目眩を覚えた。イングリットが、体を支えてくれる。


「父さん……!」


 フーゴは一年前に、亡くなっていた。

 全身鳥肌が立ち、胃がスーッと冷えるような心地悪い感覚に襲われる。


 ドサリ! と重たい音が鳴った。

 倒れたのはエルではなく、ネージュだった。


「え、ネージュ、どうして?」

「おい、うさぐるみ、どうした!?」


 エルは倒れたネージュを起こし、ポンポン叩きながら声をかける。


「ネージュ、どうしたの、ネージュ!?」


 その問いに答えたのは、ネージュではなくヨヨだった。


『エル、ネージュの動力は、フーゴの魔力だ。すでに死んでいるという事実を知って、拒絶反応を起こしているとか?』


 命の源である魔力の主の死は、人工精霊にとって衝撃的なものなのかもしれない。

 ヨヨに指摘されて、ネージュの異変の理由に気づく。


「ああ、そうか。このうさぐるみは、人工精霊だったんだな。エルの親父さんの魔力で、動いていたと」

「そう」

「もともと、そんなにたくさんの魔力は、注がれていなかったのかもしれないな」

「だったら、ネージュに、私の魔力を注いだら、動くようになる?」

「いや、どうだろう。その辺は、専門外だ」


 どうしたら、ネージュは目覚めるのか。頭を抱えるエルに、ヨヨがある提案をした。


『エル、長いしっぽ亭に連れて行こう!』

 

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