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少女と猫とお人好しダークエルフの魔石工房  作者: 江本マシメサ
第一部 少女はダークエルフと出会う
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少女は身分証制度について話を聞く

「身分証、作れるの?」

「作れる。一枚だけではあるがな」

「でも、いいの? 故郷の仲間とか、王都にやってこない?」

「森から出てくるもの好きなダークエルフなんて、私くらいだろう。その辺は気にするな」

「うん、ありがとう」


 朝食を食べ、活力を得たイングリットは背筋をピンと伸ばして話をする。


「では、詳しい話をするぞ。エルの愉快な仲間である、猫君とうさぐるみも聞いておくように」

『了解』

『わかりましたわ』


 エルとヨヨ、ネージュは一列に並んで座り、イングリットの話を聞く姿勢を取った。


「まず、身分証の名前は自己申告だ。よって、魔法使いにも優しいものとなっている」


 魔法使いにとっての名前は、命と同じくらい大事なものである。魔法を使う際の鍵と表現すればいいのか。

 もしも、自らよりも強い魔法使いに名前を把握されたら、魔力を支配される可能性があるのだ。


「魔法使いの名前についての原理は、知っていると言ったか?」

「うん。もっとも危険なことは、自分から魔法使いに姓名を名乗ること」

「そうだ」

「次に危険なのは、人伝いに名前を聞くこと。でもこの場合は、支配される確率はぐっと下がる」

「まあこれは、天と地ほどの実力が離れていないと、支配は無理だろうな。本人が自らを名乗るからこそ、支配が可能となる」


 名前だけ、姓だけ知った場合は、支配は難しい。しかし、魔法使いの多くは警戒して、名前すら名乗らない場合が多い。


「偽名でも特に問題ない。ただ、貴族名鑑に載っている貴族や、国民名に載っている中流者階級の者達は、照会するようだ。家名によって、入れる施設、入れない施設があるからな」

「待って。労働者階級の名前は、記録されていないの?」

「ない」

「そ、そんな……!」


 エルは図書館で、父親の聞き慣れない家名について調べようと思っていたのだ。もしも、労働者階級であった場合、情報は得られない。

 ショックのあまり、頭を抱え込む。ヨヨとネージュは励ますように、そっと身を寄せていた。


「私は、どうすれば……」

「いや、エル。あんたの父親は、たぶん、中流者階級以上の、いいところのぼんぼんじゃないのか?」

「どうして、そう思うの?」

「昨日、父親は何もできなかったとか、話していただろう? 労働者階級の男は一通り自分のことはできるし、ある程度の家事もできる。何もできないということは、使用人のいる家で育ったという証だ」

「そっか。そう、かもしれない」


 いつも髪をボサボサにし、ひげも生え放題だった。単に、だらしがないのかと思っていたが、手入れの仕方が分からなかっただけなのかもしれない。エルは今になって、フーゴの行動を振り返る。


「それで、エル。あんたは、どうするんだ?」

「本名は、名乗らないほうがいいと思う」

「だな。労働者階級で生真面目に申請しても、受けられる恩恵は少ないし」

「問題は、偽名をどうするか、だけれど」

「だったら、私の家名を名乗ればいい」

「フェルメータの森?」

「ああ、そうだ。普通に名乗るときは、エル・フェルメータになるな。フェルメータを名乗っていたら、魔技工士協会の建物に出入りできる特典がある」

「そうなんだ」

「とは言っても、これくらいか」

「イングリットがいいのならば、王都ではフェルメータを名乗りたい」

「だったら決まりだな」


 紹介で身分証を作るときは、重要な決まりがあるらしい。


「それは、紹介した者、された者、片方が犯罪を行ったら、共に罪を問われるということだ」

「なるほど。だから、紹介制度が許されているんだね」

「そうだ。身分証で紐付けされた者達が犯罪を行った場合は、普通の犯罪よりも罪が重たくなるんだ。それが、犯罪行為への抑止へとなっている」


 家名によって受けられる特典や、犯罪を起こしたときの決まりなど、なかなか上手い具合に法律が作られていた。

 ごくごく普通に暮らすだけならば、持っていて損はない。


「まあでも、労働者階級への差別が昔よりも強くなったとかで、反対する奴も多いな」

「たしかに、酷いね」

「反対運動も定期的に行われている。これを、国王がどう対処するかが、今後を左右することになりそうだな」

「そうだね」


 労働者階級の者達が一致団結して街中で暴れたら、制圧することは難しいだろう。子どものエルでも、その危うさは理解できる。


「昨日も言ったが、王都の治安はよくない。父親が見つかったら、すぐにここを発ったほうがいいな」

「うん……」

「新居が決まったら、教えてくれ。魔石を買い付けに行くから」

「イングリット、わたしのところまで、来てくれるの?」

「もちろんだ」


 エルの心がほっこり温かくなる。イングリットとの縁は、王都を離れても続きそうだ。そのことが、なんだか嬉しかった。


 話が一段落ついたところで、イングリットとエルはギルドへ出かける。

 そこで、身分証を作るのだ。下町から歩いて三十分ほどの場所にあった。

 ギルドは王都の中央街にある、ひときわ目立つ煉瓦の建物だ。三階建てで、多くの人々が出入りしていた。


「この建物が、ギルドだったんだ」

「王都の象徴の一つでもある。王城、時計塔の次に目立つな」


 ギルドは仕事を仲介・斡旋あっせんし、一日にもっとも多くの人が出入りする施設だ。

 中に入ると、大剣を背負った冒険者や、斧を背負ったドワーフ、猫耳の獣人まで、さまざまな種族の者達が仕事を求めてやってきていた。

 エルがやってきても、目立つことはない。小さな少女がやってくることも、ギルドでは珍しいことではない。

 さすがに、ダークエルフのイングリットは目立つようで、外套の頭巾を深く被っていた。


 イングリットは身分証の申込書をさらさらと記入し、五分と経たずに完成させた。そのまま受付に提出すると、それほど待たずに身分証が支給される。

 エルには、薄い木札でできた身分証が差し出された。

 魔法のインクで、名前と身分が書かれている。


 エル・フェルメータ――労働者階級。それだけ書かれた、シンプルな情報である。


「イングリット、ありがとう」

「いえいえ」


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