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少女と猫とお人好しダークエルフの魔石工房  作者: 江本マシメサ
第一部 少女はダークエルフと出会う
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少女は比較的平和な朝を迎える

 エルは初めて、誰かと一緒の布団に入った。フーゴが一緒に眠ってくれた記憶はない。物心ついたときから、エルは一人で眠っていた。

 まさか、初めて出会った人と一緒に眠るなんて、今この瞬間も信じ難い。けれど、イングリットのことは信じてもいいと、エルの本能が告げている。

 イングリットは体温が高く、布団の中はすぐに温かくなった。肌と肌が触れあうことは不思議な感覚で、少しだけ気恥ずかしくなる。


「んー、二人だとぎゅうぎゅうだな。エル、狭くないか?」

「平気」

「そっか。猫君とうさぐるみは入れそうにないな。足下は開いているが」

『僕は床の上で結構ですのでー』

『わたくしもよ』

「了解。じゃあ、みんな、おやすみ」


 イングリットはそう呟いたあと、すぐに眠ってしまった。エルは驚き、思わず顔を覗き込んだ。

 規則的な、スースーという寝息を立てている。深い眠りの中にいるようだった。


「噓、イングリット、もう眠った」

『一日中外で元気よく遊んでいた、男の子並の入眠速度だね』

「羨ましいかも」


 今日は、いろいろあって疲れている。魔石灯の灯りを消したら、眠気が襲ってくる。

 瞼を閉じると、羊の数を数える前に意識はなくなった。


 ◇◇◇


 翌朝、エルは日の出と同時に目覚める。イングリットは寝相が悪いようで、寝台から落ちていた。寒かったのか、ヨヨを抱き枕にして眠っている。鎧を脱いで眠っていたネージュは枕になっていた。なんとも気の毒な状態である。


「イングリット、起きて。寝台で寝ないと、風邪を引くよ」

「う~ん」


 起きる気配はないので、ヨヨとネージュを引き抜いてあげた。イングリットには、毛布をかけてあげる。


『エル、助かったよ』

『ありがとうございます』

「二人とも、自力で脱出できたでしょう?」

『そうなんだけれど、エルに寝台を貸してくれるいい人だから、逃れることができなくって』

『同じく、ですわ』

「そう。二人とも、ありがとうね」

『いえいえ』

『これくらい、なんてことはありませんわ』


 二度寝をするほどの時間ではない。着替えをして、顔を洗い、朝食の準備をすることにした。

 陽光差し込む中で見た台所は汚かった。昨日、お風呂に入る時は薄暗い中だったので気にならなかったが。

 ヨヨとネージュには、台所へ入らないように言っておく。埃が積もっているので、毛に付着してしまうからだ。

 台所は実験室代わりに使っていたのだろう。瓶や調剤道具などが雑多に転がっている。調理台の端には、キノコも生えていた。もちろん、毒キノコである。


「ここでは、料理は作れない」

『どうするの?』

「外にでる。この家は、裏庭があるから。もしかしたら、スープに入れる薬草もあるかもしれないし」


 エルは魔法鞄を提げ、勝手口から外に出た。イングリットから、裏庭にある植物は自由に採取して使っていいと言われていたのだ。

 廊下の埃はみないようにして、進んでいく。勝手口の扉も、玄関同様開きにくくなっていた。最終的に、ネージュが体当たりして開いた。

 目の前に広がるのは――大草原。


「うわ」

『うげ!』

『まあ!』


 イングリットの裏庭と聞いて、きちんと世話が行き届いていないだろうなと予想していた。考えは当たり、実際の裏庭は草花の密度が非常に高い野原状態である。

 ヨヨとネージュには、裏庭に入らないように言っておく。ノミやヒルが付く可能性があるからだ。

 ただ、生えているものはすべて薬草だった。キノコも、食べられる。エルはじっと目をこらし、朝食に使えそうな薬草とキノコを摘んだ。


「ここでも、料理はできない。室内で、する」

『それがいいかも』

『この小規模草原が炎上したら、困りますもの』


 きれいな部屋は、寝室しかない。イングリットは物音を立てても起きないような気がした。エルは、採取したばかりの薬草とキノコを持って、二階に上がる。


 イングリットはまだ、床の上で眠っていた。

 エルは部屋の隅を陣取って、調理を始める。一品目は、薬草たっぷり入れたキノコスープ。鉄皿に魔石を置き、足がついた鍋を置いて点火させる。鍋に水を注ぎ、まずはキノコを投下した。

 キノコで出汁を取り、薬草と角切りベーコンを入れてコトコト煮込む。港町で買ったパンを魔石で温めたら、朝食の完成だ。

 魔石ポットで紅茶を淹れていると、イングリットが目を覚ます。


「なんか、いい匂いがする」

「イングリット、朝食ができているよ」

「え!?」

「起きたばかりだけれど、食べられる?」

「食べられる」


 イングリットは床を這いつくばってエルのもとへとやってきた。どうやら、低血圧症のようだ。


「大丈夫なの?」

「食事を取ったら、動けるようになる」

「そう」


 エルはイングリットの分のパンをナイフで切り分け、たっぷりと木イチゴのジャムを塗ってあげた。

 イングリットは、嬉しそうに受け取って頰張る。


「んん! うまい!」


 スープを飲んではおいしいと言い、紅茶を飲んでは世界一だと絶賛する。

 今まで、料理をふるまって、人から反応をもらったことがなかったエルは、イングリットの言葉をくすぐったく感じていた。


「今日は、どうするんだ?」

「図書館で、家名名簿を調べたい」

「調べて、どうするんだ?」

「父の実家を、突き止める」

「そうか」


 明らかに訳ありなエルだが、イングリットは深く突っ込んで聞いてこない。

 興味がないというよりは、エルの様子を見て深入りしてはいけない話題だと察しているのだろう。

 イングリットのそういうところを、ありがたく思う。


「図書館は、労働者階級は入れない。エルはどの階級なんだ?」

「持っていない」

「へ?」

「身分証は、持っていないの」

「持っていないって、どうやって、王都に入ったんだ!?」

「お金持ち専用の馬車に乗ったら、身分証の確認は免除されたみたいで」

「やばいな、それ。悪い奴は、お金があったら王都に自由に出入りできるってことじゃん」

「そうだよね」


 身分証には、これだけでなく穴があちらこちらあるらしい。


「まったく、税金を無駄にするような政策をしやがって」


 ちなみにイングリットは労働者階級で、図書館には出入りできない。


「どうしよう」

「人探しならば、ギルドに頼むこともできるが。まあこれも、身分証がいるな」

「そっか」


 しゅんと俯くエルに、イングリットが提案をする。


「私が保証人になるから、身分証を作ればいい」

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