少女はダークエルフをお風呂で丸洗いする
イングリットが服を脱いでいる間、エルはぬるま湯に薬草石鹸で泡立てる。
「イングリット、お風呂はいつもどこで入っているの?」
「中央広場にある、公衆混浴場だ。少々値は張るが、きれいだから」
「ふうん」
「下町にある公衆混浴場には行くなよ。あそこは、女性は無料で風呂に入れるが、混浴なんだ」
「なんで混浴なの?」
「それは――エル、あんた、いくつだ?」
「十二歳」
「だったら、知っておく必要があるな。下町の公衆混浴場は、女が春を売る場所なんだよ」
「!」
「その顔は、意味がわかったってことだな。きちんと教育してくれた親御さんに、感謝することだ。たまに、出稼ぎに王都にきた娘が知らずにうっかり立ち寄って、そのまま公衆混浴場でずるずる働く、なんてことがあるからさ」
安いからと、下町の公衆混浴場を選んだら大変なことになる。隠さずに説明してくれたイングリットに、エルは感謝する。
そして、性教育を一通り教えてくれたモーリッツにも、心の中で感謝した。知識や情報は、エルを守る盾となるのだ。
服を脱ぎ、一糸まとわぬ姿になったイングリットは堂々と立っていた。公衆混浴場に通っていると言っていたので、他人に裸を見られても平気なのだろう。
イングリットの体は、きれいだった。健康的な小麦色の肌はなめらかで、ふっくらとまろやかな曲線を描く胸は大きく、くびれのある腹部にはうっすら筋肉が浮かんでいる。尻は小さく、脚はすらりと長い。理想的な、大人の女性の体だ。
エルは、いつか自分もこのように育つのかと考える。
母親を知らないエルは、将来どんなふうに成長するのか、想像できずにいたのだ。
モーリッツやフーゴが男親だったので、仕方がない話ではあるが。
自分の母親は、どんな人なのか。今まで、フーゴに聞いたことがなかった。なんだか悪いような気がして、気にしていないふりをしていた。
今度会った時に、母親について質問してみよう。頑張って王都まできたのだ。それくらい許されるだろう。
「その桶に、入るのだったな」
「あ、うん。どうぞ」
イングリットは、明らかに小さな桶にちゃぷんと音を立てながら浸かった。膝を折り曲げ、身を縮めるようにして座る。
「熱くない?」
「ん、いい湯加減だ」
「よかった。石鹸、かけるよ?」
「ああ」
エルはイングリットの頭上から薬草石鹸を溶いた湯をかける。
「うわっ、石鹸をかけるって、こういう意味か!」
目を瞑っていなかったようで、石鹸の泡が目に入ったと騒いでいる。
「すぐに終わるから、大人しくしていて」
「おい、犬を洗うのとは、わけが違うからな!」
「わかったから」
あまりにもわーわー言うので、エルは新しくタライにお湯を作って手渡す。イングリットは素早く目を洗っていた。
「あー、マシになった」
「じゃあ、洗うよ?」
「頼む」
石鹸を被った髪を、エルは洗う。ヨヨを洗う時より、優しい手つきを心がけた。
「石鹸、いい香りがする。春の、新緑の香りだ」
「手作りの、薬草石鹸なの」
「そうだったんだな。なんだか、森で生活してたときを思い出す」
「気に入った?」
「ああ」
イングリットの髪を洗い、頭皮を揉んだあと、新しく作った湯をかけて石鹸を流す。
桶の湯は溢れる前に、魔石を使って蒸発させた。
二回目の石鹸をかける。今度は、体を洗うのだ。
「擦るよ」
「ああ」
森に自生していた天糸瓜を乾燥させた垢擦りを使う。背中をごしごしと擦ったら、イングリットは「痛い!」と叫んだ。
「な、なんだこれ!? 拷問なのか!?」
「垢を落としているから、我慢して」
「涙が出てきているぞ!」
「小さな子どもじゃないんだから」
「この痛さは、大人でも泣くぞ」
またもや、わーわー騒ぎ出すイングリットを前に、エルは笑ってしまった。
「おい、笑い事じゃないからな!」
「ごめん。なるべく優しくするから」
「ああ、わかったって、痛い!!」
全身洗い終わったイングリットは、ぐったりしていた。
「なんか、疲れた」
「きれいになったよ。一皮剝けた感じ」
「本当、脱皮したみたいだ」
今度はエルが湯を浴びる。床の上に倒れていたイングリットは起き上がり、嬉々とした表情で提案した。
「だったら、私が洗ってやるよ!」
「え?」
「私ばかり洗ってもらうのも悪いからな! 遠慮はしなくてもいい」
「あ、うん。わかった」
イングリットはエルがしたように魔石で桶に湯を張り、ぬるま湯に薬草石鹸を溶いている。
「エル、ぼーっとしていないで、服を脱げよ」
「……」
「恥ずかしいのか?」
「他人の前で、服を脱いだことがないから」
「そっか。じゃあ、自分で洗うか?」
「ううん、お願い、したい」
「わかった。じゃあ、服を脱いでいる間だけ、向こうを向いているから」
「わかった。ありがとう」
イングリットが後ろを向いている間、エルは服を脱いで桶に張った湯に浸かった。
「脱いだか?」
「うん」
「石けんをかけるぞ」
「お願い」
イングリットは顔に石鹸を溶いた湯がいかないよう、手でせき止めながらかけてくれた。そして、優しい手つきでエルの髪を洗ってくれる。
その瞬間、どうしてか涙が溢れてしまった。
「おい、どうかしたのか? 石鹸が、目に入ったか?」
「う、うん」
「だったら、お湯で顔を洗え。水がいいか?」
「水が、いい」
「そうか。用意しよう」
イングリットが用意した水で、エルは顔を洗った。火照っていた肌が、冷やされる。涙も引っ込んだので、ホッとした。
イングリットに優しくされて、涙腺が緩んでしまったのだろう。
エルとイングリットの、初めての夜の話だった。




