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少女と猫とお人好しダークエルフの魔石工房  作者: 江本マシメサ
第一部 少女はダークエルフと出会う
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少女はダークエルフをお風呂で丸洗いする

 イングリットが服を脱いでいる間、エルはぬるま湯に薬草石鹸で泡立てる。


「イングリット、お風呂はいつもどこで入っているの?」

「中央広場にある、公衆混浴場だ。少々値は張るが、きれいだから」

「ふうん」

「下町にある公衆混浴場には行くなよ。あそこは、女性は無料で風呂に入れるが、混浴なんだ」

「なんで混浴なの?」

「それは――エル、あんた、いくつだ?」

「十二歳」

「だったら、知っておく必要があるな。下町の公衆混浴場は、女が春を売る場所なんだよ」

「!」

「その顔は、意味がわかったってことだな。きちんと教育してくれた親御さんに、感謝することだ。たまに、出稼ぎに王都にきた娘が知らずにうっかり立ち寄って、そのまま公衆混浴場でずるずる働く、なんてことがあるからさ」


 安いからと、下町の公衆混浴場を選んだら大変なことになる。隠さずに説明してくれたイングリットに、エルは感謝する。

 そして、性教育を一通り教えてくれたモーリッツにも、心の中で感謝した。知識や情報は、エルを守る盾となるのだ。


 服を脱ぎ、一糸まとわぬ姿になったイングリットは堂々と立っていた。公衆混浴場に通っていると言っていたので、他人に裸を見られても平気なのだろう。

 イングリットの体は、きれいだった。健康的な小麦色の肌はなめらかで、ふっくらとまろやかな曲線を描く胸は大きく、くびれのある腹部にはうっすら筋肉が浮かんでいる。尻は小さく、脚はすらりと長い。理想的な、大人の女性の体だ。

 エルは、いつか自分もこのように育つのかと考える。

 母親を知らないエルは、将来どんなふうに成長するのか、想像できずにいたのだ。

 モーリッツやフーゴが男親だったので、仕方がない話ではあるが。

 自分の母親は、どんな人なのか。今まで、フーゴに聞いたことがなかった。なんだか悪いような気がして、気にしていないふりをしていた。

 今度会った時に、母親について質問してみよう。頑張って王都まできたのだ。それくらい許されるだろう。


「その桶に、入るのだったな」

「あ、うん。どうぞ」

 

 イングリットは、明らかに小さな桶にちゃぷんと音を立てながら浸かった。膝を折り曲げ、身を縮めるようにして座る。


「熱くない?」

「ん、いい湯加減だ」

「よかった。石鹸、かけるよ?」

「ああ」


 エルはイングリットの頭上から薬草石鹸を溶いた湯をかける。


「うわっ、石鹸をかけるって、こういう意味か!」


 目を瞑っていなかったようで、石鹸の泡が目に入ったと騒いでいる。


「すぐに終わるから、大人しくしていて」

「おい、犬を洗うのとは、わけが違うからな!」

「わかったから」


 あまりにもわーわー言うので、エルは新しくタライにお湯を作って手渡す。イングリットは素早く目を洗っていた。


「あー、マシになった」

「じゃあ、洗うよ?」

「頼む」


 石鹸を被った髪を、エルは洗う。ヨヨを洗う時より、優しい手つきを心がけた。


「石鹸、いい香りがする。春の、新緑の香りだ」

「手作りの、薬草石鹸なの」

「そうだったんだな。なんだか、森で生活してたときを思い出す」

「気に入った?」

「ああ」


 イングリットの髪を洗い、頭皮をんだあと、新しく作った湯をかけて石鹸を流す。

 桶の湯は溢れる前に、魔石を使って蒸発させた。

 二回目の石鹸をかける。今度は、体を洗うのだ。


「擦るよ」

「ああ」


 森に自生していた天糸瓜へちまを乾燥させたあか擦りを使う。背中をごしごしと擦ったら、イングリットは「痛い!」と叫んだ。


「な、なんだこれ!? 拷問なのか!?」

「垢を落としているから、我慢して」

「涙が出てきているぞ!」

「小さな子どもじゃないんだから」

「この痛さは、大人でも泣くぞ」


 またもや、わーわー騒ぎ出すイングリットを前に、エルは笑ってしまった。


「おい、笑い事じゃないからな!」

「ごめん。なるべく優しくするから」

「ああ、わかったって、痛い!!」


 全身洗い終わったイングリットは、ぐったりしていた。


「なんか、疲れた」

「きれいになったよ。一皮剝けた感じ」

「本当、脱皮したみたいだ」


 今度はエルが湯を浴びる。床の上に倒れていたイングリットは起き上がり、嬉々ききとした表情で提案した。


「だったら、私が洗ってやるよ!」

「え?」

「私ばかり洗ってもらうのも悪いからな! 遠慮はしなくてもいい」

「あ、うん。わかった」


 イングリットはエルがしたように魔石で桶に湯を張り、ぬるま湯に薬草石鹸を溶いている。


「エル、ぼーっとしていないで、服を脱げよ」

「……」

「恥ずかしいのか?」

「他人の前で、服を脱いだことがないから」

「そっか。じゃあ、自分で洗うか?」

「ううん、お願い、したい」

「わかった。じゃあ、服を脱いでいる間だけ、向こうを向いているから」

「わかった。ありがとう」


 イングリットが後ろを向いている間、エルは服を脱いで桶に張った湯に浸かった。


「脱いだか?」

「うん」

「石けんをかけるぞ」

「お願い」


 イングリットは顔に石鹸を溶いた湯がいかないよう、手でせき止めながらかけてくれた。そして、優しい手つきでエルの髪を洗ってくれる。

 その瞬間、どうしてか涙が溢れてしまった。

 

「おい、どうかしたのか? 石鹸が、目に入ったか?」

「う、うん」

「だったら、お湯で顔を洗え。水がいいか?」

「水が、いい」

「そうか。用意しよう」


 イングリットが用意した水で、エルは顔を洗った。火照っていた肌が、冷やされる。涙も引っ込んだので、ホッとした。


 イングリットに優しくされて、涙腺が緩んでしまったのだろう。


 エルとイングリットの、初めての夜の話だった。

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