少女のために猫が作る『ふかふかのパンケーキ』
翌日、甘い匂いで目を覚ます。暖を取っていたヨヨはいない。
寝間着のままで下りていくと、ヨヨが台所に立ち、何かを作っていた。
「ヨヨ、おはよう」
『おはよう、エル』
「何を作っているの?」
『パンケーキさ!』
魔法でフライパンを動かし、パンケーキを一回転させる。
ふかふかに焼きあがったパンケーキは、白い皿の上に三段重ねて盛り付けられていた。
一番上にバターが置かれ、蜂蜜がとろ~りかけられる。
『さあ、たんと召し上がれ』
「これ、わたしの分?」
『そうだよ。しっかり食べるんだ』
蜂蜜がかかったバターがパンケーキの熱で溶けて、黄金に輝く。
パンケーキをじっと見つめていたら、ぐうっとお腹が鳴った。
椅子に座りナイフとフォークを手に取って、パンケーキに入刀する。
三段まとめて切ったけれど、三枚分のパンケーキを頰張るのは難しい。一枚分をフォークに刺して食べた。
「んんっ! ふわっふわ!」
ヨヨのパンケーキは世界一おいしい。食べたのは、本当に久しぶりである。
「ヨヨ、これ、おいしい」
『まあ、当たり前だよね』
ヨヨは料理好きというわけではなく、世話焼きなのだ。基本、クッキーやパンケーキを作ってと頼んでも、首を縦に振ることはない。
今日はエルを元気づけるために、作ってくれたのだろう。その気持ちが嬉しいと、エルは思う。
パンケーキを食べ終えると、一日の日課である魔石作りを行う。
地下にある、エル専用の作業部屋に行って、昨日採ってきた魔鉱石を魔法鞄から取り出した。
『うわ、魔鉱石が十……二十……三十五個も採ったんだ』
「うん。ヨヨに急かされながらも、頑張ったよ」
『だって、陽が沈みそうだったんだもの』
「ヨヨは心配症だから」
『エルが不用心なんだよお』
ヨヨの訴えは無視して、作業を開始する。
まず、床に描いた火の魔法陣の上に、エルの身長と同じくらいの陶器の瓶を置く。
そこに、精製水を注ぎ、魔鉱石を入れた。
魔法陣を足でたんたんと二回踏み、魔力を流す。すると、発火した。
『びっくりするよね。エルまでモーリッツのズボラ魔法を覚えるから』
「作業をする時は、楽だし」
ズボラ魔法とは、足で踏むだけで魔法を発動させる術式である。
仕掛けがあって、ただ踏んでいるだけというわけではない。
ブーツの靴底に呪文が刻まれていて、魔法陣と摩擦させることによって魔法が完成するのだ。モーリッツが考えた魔法であるが、エルはそれを見て覚えた。
瓶の中の水が、ぐつぐつ沸騰する。
これは、魔鉱石を浄化させる作用がある。世界に存在する自然素材は、たまに汚染されていることがある。その状態で作ると、魔石が突然爆発したり、暴走したりするのだ。
魔石作りにおいて、大事な工程である。
瓶の中をぐるぐるとかき混ぜ、浄化が完了したら湯から上げる。
濡れた魔鉱石は水分を拭きとって、次の工程へ。
本日作るのは、もっとも使用頻度が高い火の魔石。
台所から暖炉、部屋の灯り、焚き火と、多岐にわたって活躍する。モーリッツがもっとも多く買い取ってくれる魔石であった。
『ねえ、エル。魔法鞄の中にも、たくさん火の魔石はあるよね? なんで、新しく作っているの?』
「鞄の中の魔石は、先生のために作っていた魔石。今から作る魔石は、村に売りに行こうと思って」
『え、止めなよ。モーリッツとフーゴから、村に行ってはいけないと言われていたでしょう?』
「村に行ってはいけない理由まで聞いていない。それに、約束した二人はもういないから」
『いや、そうかもしれないけれどさ~』
「ヨヨは本当に心配症」
『いや、今回ばかりは僕の心配しすぎじゃないと思うけれどな』
「先生と父さんの約束は大事。わかっている。でも、このままだったら、暮らしてはいけないから」
『それはそうだけれど……』
今まで、フーゴが王都まで出稼ぎに行き、買ってきた品物だけで暮らしてきた。
フーゴが戻らなくなってからは、モーリッツを頼って生活していた。
生活に必要な物は、モーリッツがどこからか用意していたのだ。
「そういえば、先生はどこで品物を得ていたの?」
モーリッツが買い物に行く様子は想像できない。筋の通った人嫌いだったのだ。
『ああ。モーリッツは妖精を使役していたんだよ』
「そうだったんだ」
妖精が人型となり、食材や生活必需品を買い集めていた。それらは、高位魔法使いのみができる芸当である。
「じゃあ、わたしには無理だったのかも」
『そうだよ。だから、モーリッツは僕にエルをよろしくって丸投げしたんだ』
「ヨヨも、人型になれるの?」
『なれないんだな』
「買い物は?」
『できないかも?』
「だったら、わたしが魔石を売ってお金を稼いで、お買い物するしかないじゃない」
『まあ、うん』
ヨヨと喋っている場合ではなかった。魔石を作らなければと、エルは腕まくりをして気合いを入れた。
最初に、魔石加工用の火を作る。
魔法陣用の錬成台に魔法筆で魔法陣を描き、火の精霊の好物である砂鉄を振りかける。続いて、呪文を唱えた。
「──巻きあがれ、火よ!」
魔法陣の上に火が生まれ、じりじりと燃え上がる。そこに、浄化させた魔鉱石を入れた。
魔法の火の中にある魔鉱石は、だんだんと赤く染まっていく。
水晶のように透明になった上に赤く色づいたら、火の魔石の完成だ。
あとは、粗熱が取れるのを待つだけ。一時間ほどで、完全に冷える。
「うん、上出来」
『エル、それ、いくらで売るの?』
「あ、そっか、値段、決めなきゃ。でも魔石って、一ついくらで売るんだろう?」
モーリッツは粗悪品の魔石は銅貨一枚、そこそこ質のいい魔石は銀貨一枚、とっておきの魔石は金貨一枚で買い取ってくれた。
しかしこれは、流通している魔石の価値ではないと以前話していたことをエルは覚えている。
『う~~ん。人間の生活必需品っていうから、そんなに高値ではないと思うけれど』
「銅貨一枚から二枚じゃ、安すぎるよね?」
『うん、それは安すぎると思う』
話し合った結果、火の魔石は銅貨十枚で売ることになった。高いと言われたら、次から値段を下げたらいいのだ。
一時間後、冷えた火の魔石を籠に詰める。
『エル、本当に村に行くの? 止めたほうがいいって』
「私だって、行きたくない。でも、魔石を売らないと、生活できないから」
『……』
父親が遺した財産はない。家には、価値がある品は一つもないとモーリッツが言っていた。
一方、モーリッツがどれだけの財産を持っているか、エルは知らない。知っていても、使うことはないだろう。
『エル、村の人に、エルが作った魔石だって言ったらいけないからね』
「わかっている」
『変な人にも、売ったらダメだよ』
「大丈夫」
『それから──』
「ヨヨ、本当に心配し過ぎ。大丈夫だから」
『で、でも~~』
「じゃあね、ヨヨ。わたしは行ってくるから」
『あ、待ってよ。僕も行くから!』
こうして、エルとヨヨは初めて村に向かうこととなった。