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少女と猫とお人好しダークエルフの魔石工房  作者: 江本マシメサ
第一部 少女はダークエルフと出会う
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少女はダークエルフと契約する

 共同生活を送るにあたって、決まりごとを作る。


「何か、絶対に守ってほしいこととかある?」

「いや、あんまりそういうのはないけれど……」

「けれど?」

「あんたの名前くらいは聞いておきたい。ずっと、お嬢ちゃんなんて呼ぶわけにもいかないだろう?」

「あ!」


 名乗っていなかったことを、すっかり失念していた。


「どうしてもというわけではない」


 イングリットのことは信用してもいいだろう。初対面の相手に名乗ってはいけないと教えられたが、エルはイングリットには教えてもいいと思った。


「まあ、偽名でもいいが」

「大丈夫。私はエル。エル・ハルツハイル」

「呼び方は、エル、でいいか?」

「うん、いいよ。あなたは、イングリットさん?」

「いいや、呼び捨てでいい。さん付けされると、くすぐったくなるから」

「わかった。イングリット、これからよろしく」

「エル、よろしくな!」


 これで、めでたく下宿先が始まる──わけではなかった。


「契約書作って」

「いいよ、めんどくさい」

「ダメ。こういうのは、きちんとしなくては」


 エルは魔法鞄の中から、羊皮紙と羽ペン、インクつぼを取り出す。そして、イングリットに契約書を書かせた。


「契約書って、何を書くんだ?」

「家の中の設備使用についてと、解約、退去についての決まりと、違約金についてと」

「そんな細かく決めなくてもいいって」

「ダメ! こういう契約書を交わしておかないと、損するのはイングリットだから!」

「私のために、そこまでしてくれるなんて、エルはいい人だ」

「いい人じゃない。あとで、いろいろ揉めたくないだけ」

「そうか……。そうだよなあ」


 イングリットはこたつの中でぐったりしながら、契約書を渋々といった様子で書いていく。

 一時間ほどかけて、ようやく完成した。


「エル、これでいいか?」

「まあ、うん、いいかな」


 エルは自分で書くことを指示した契約書の内容を読み直し、署名した。これで、二人の間で契約が結ばれる。


「エルは、いったい何をしに王都に来たんだ?」

「父を、捜しに」

「たった一人で?」

「そう。保護者が、死んでしまったから」

「そうか。大変だったな。まだ、十二、三くらいだろう? 私が王都に来た年よりも、ずっと若いし」

「うん」

「まあ、私もできる限り協力してやるから。悪いことをしようと近づく奴は、ぶっとばす。ここに滞在している限り、エルのことは守ってやるから」


 イングリットはそう言って、エルの頭をぐりぐりと撫でた。

 その撫で方は、どこかフーゴがエルを撫でる時の無骨な手に似ていた。そう気づいた瞬間、エルのまなじりからポロポロと涙が零れる。


「え、うわっ!! エル、どうしたんだ!?」


 聞かれても、答えることができない。ただただ、涙が溢れて困っているとしか言いようがなかった。

 どうしたらいいのか、あたふたしているイングリットに、ヨヨが近づいて話しかける。


『エルはきっと、ホッとしたから泣いちゃったんだ。今まで、頼れる大人がいなかったから』

「そうか。いや、そうだよな。私だって、ジェラルドが一緒でも、王都に来る時は怖かったから、エルはもっともっと怖かっただろう」


 肩を震わせて泣きじゃくるエルに、イングリットは優しく声をかけた。


「夕食は、食べたか?」

「た、食べた」

「だったら、今日はゆっくり眠るといい。特別に、今日は私の寝台を貸してあげよう」


 イングリットは優しくエルの手を引き、立ち上がらせる。

 寝室へと移動したが、イングリットの寝室は一階の部屋以上に雑然としていた。

 それは、エルの涙が引っ込んでしまうレベルだった。

 寝室は寝台があるばかりなのに、研究道具が持ち込まれていた。

 木箱や本が積み上げられ、丸められた羊皮紙がいくつも転がっている。足の踏み場はない。加えて、寝台の上までいろいろと睡眠に不必要な物が置かれていた。


「ここ……汚い」

「そうか?」

「掃除しないと、眠れない」


 エルはそう呟き、イングリットが返事をする前に掃除を始めた。

 魔法鞄に入れていた木箱を取り出し、どんどん物を詰めていく。


「あ、私も手伝う──」

「イングリットは動かないで、そこにいて!」

「はい」


 床の上の物がなくなると、エルは箒を取り出して掃き始める。次に、床をぬれ雑巾で拭き、布団は窓にかけて埃を払った。本当は力いっぱい叩きたかったが、夜なので自粛した。

 一時間ほどで、寝室はきれいになった。


「おお、すごいな」

「すごくない。毎日掃除していたら、こんなことにならないのに」

「いや、まあ、すまない」


 布団、シーツ、枕も洗った記憶がないというので、エルが魔石を使って素早く洗った。


「この寝台、二人くらいだったら眠れる」

「そうか? 狭くないか?」

「大丈夫」

「だったら、二人で眠るか」


 そのまま寝台に足をかけようとしたイングリットの腕を、エルはむんずと掴んだ。


「まだ、何かあるのか?」

「お風呂は?」

「昨日の夕方入ったが」

「毎日入らないと、ダメ! 特に、外に出かけた時は、汚れているから」

「まあ……そうだな」


 家に風呂はないというので、台所で入ることにした。

 エルが家から持ってきた大型の桶に湯を作る。


「あの、これ、小さくないか?」

「いいから、服を脱いで入って」

「お、おう」


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