少女はダークエルフと勇者の魔技巧品を試す
二階には物置が二つと寝室、屋根裏部屋があるようだ。
「こっちだ」
導かれたのは物置の一つ。扉を開いた先にあったのは、四角い物体に布団が被せられ、上から板を置いた物。
「これが、迷宮で発見した勇者の異世界魔技巧品、きょ、きょたつ、だ」
「きょたつ?」
「む? きょたつ……きょたちゅ? 違うな。すまない。発音が難しいのだ」
イングリットは設計図を取り出し、エルに見せてくれる。
「これなのだが」
「それは、こたつ、と読むのだと思う」
「ん……? ああ、これは、こたつ、と発音するのだな」
設計図には『COTATSU』と書かれていた。異世界の文字で、研究は進んでいるがほとんどは謎のままだった。
「なぜ、異世界語が読める?」
「先生が暇つぶしに研究していたから」
モーリッツがまとめた論文を読んでいたので、エルはある程度異世界語が読める。
「どうやら勇者は、このこたつを作った文化圏の者ではないようで、地面に説明を書いて知らないかと仲間に問いかけていたようだ」
「ふうん」
「こたつが生まれたのは、『ニッホン』と呼ばれていた国らしい。一方で、勇者が生まれ育った国は、ニッホンから海を渡った先にあったと」
「勇者は、ニッホン製の製品が好きだったんだよね?」
「そうみたいだ。各地の迷宮に、ニッホン製と書かれたらくがきがあるらしい。って、詳しいな」
「先生が、勇者の本をたくさん持っていたから」
「そういうわけか」
イングリットはさっそく、エルからもらった魔石を設置するようだ。
板を外し、布団を剝いだ下にあったのは、四角い台である。
台の四か所に短い足がついていて、用途は謎だ。
「これ、なんなの?」
「体を温める魔技巧品らしい」
「そうなんだ」
台をひっくり返すと、中心に四角い突起があった。そこに、魔石をはめ込む。
「さて、これで起動するのか……」
台を元に戻し、布団をかけて板を乗せる。板の表面に、呪文が刻まれていた。それを、指先で摩る。
すると、板に魔法陣が浮かんだ。
「おお! 起動したぞ!」
イングリットは満面の笑みで振り返って言った。
「すごい! 今までどんな魔石を使っても、起動できなかったのに!」
「よかったね」
「ああ!」
こたつは体を温める魔技巧品である。いったい、どのような使い方をするのか。
「この中に、入るのか?」
「さあ?」
「試してみよう」
イングリットは一瞬の躊躇いののちに、布団を捲ってこたつの中に入る。
数十秒後、顔だけ出して叫んだ。
「熱い! それから息苦しい!」
「その使い方は違うみたいだね」
ならば、寝転がって布団代わりにするのか。イングリットは顔だけ出した状態で寝転がる。
「むう。この体勢では、伸ばした足が布団から出るな。ニッホンに住む人間は、小さな妖精なのか?」
「う~ん。その使い方は違うのかも」
「なぜそう思う?」
「台に布団だけでなく板を被せているから、寝る、体を温める以外の用途もあるのかもしれない」
「なるほど。しかし、これはどうやって使う物なのか……」
こたつを覗き込んだヨヨが、ポツリと呟いた。
『それ、もしかして食卓なんじゃない?』
ネージュも同意する。
『言われてみたら、小さな食卓に見えますわ』
「なんだと!? だが、食卓にしたら、低くて小さくないか?」
ピンときたエルは、こたつの前に座って足を伸ばす。
「こうやって、使う?」
「!」
エルの様子を見たイングリットも、座って足を伸ばした。
「これだ、非常にしっくりくるぞ! これが、こたつの使い方だ!」
「かもしれないね」
通常、食卓は椅子に座って使う。しかしながら、ニッホンに住む人は、床に座って食卓を使っていたのかもしれない。そうすれば、こたつの使い方にも納得できる。
「こたつ、温かい。なんか、癖になりそう」
「そうだな。なんだか、まったりする。不思議な気分だが、嫌いじゃない」
ヨヨとネージュもこたつに入った。
『は~~……体に染みる』
『ほどよい温かさですわ』
体がほっこりと温かくなる魔技巧品、こたつ。この世界にはない、新しい魔技巧品だろう。
「イングリットは、これを売り出すの?」
「あ~、どうしようか」
こたつを起動できる魔石はエルにしか作れない。それに、貴族相手の商売はできないという。
「どうして?」
「私が貴族と連絡を取ろうとすると、ジェラルドが妨害しやがるんだ」
「酷いね」
「まったくだ」
そんな事情があったが、まったく取り引きできないわけではない。
イングリットは魔法騎兵隊の研究院の学者と知り合い、魔技巧品を売っているという。
学者は一日中研究に没頭している者ばかりで、案外金を持っているようだ。
「このこたつも、学者にだったら需要があるかもしれないな」
魔石の耐久時間は、一日八時間使うとしたら約三ヵ月間。板の表面に、魔石の残量が示されていた。
「この炎の魔石は、いくらで販売しているんだ?」
「最高品質の高位魔石は、金貨五枚」
「三ヵ月金貨五枚か……けっこう高いな。ただ、この品質の魔石が金貨五枚は、安すぎるが」
イングリットから、魔石の販売価格は考え直したほうがいいと助言された。
その点はモーリッツにも言われていたのだ。
安売りが過ぎると、大変な目に遭うと。
「問題がずれたな」
懸念は、ただ温かいだけのテーブルを使うための魔石代に、金貨五枚以上も払えるのか、だ。
「火の魔石も使ってみる?」
「ああ、頼む」
テーブルの裏に火の魔石をはめ込み、残量を確認する。
「ふむ。火の魔石だと、一ヵ月保つのだな」
「火の魔石は一つ金貨一枚……価格は要検討だけれど、炎の魔石よりは安い」
「そうだな。売るとしたら、火の魔石を勧めたほうがいいかもしれん。が、その前に──」
イングリットはこたつから出て、エルに三つ指を突いて頭を下げた。
「私に、魔石を売ってくれ!」
ドキン、と胸が高鳴る。「クズ魔石」と罵られてきた魔石を、イングリットは望んでくれているのだ。
「できたら、定期的に購入したい」
ありがたい話である。フーゴを捜すために、資金は必要だ。
ここでイングリットと契約したら、金の心配をしなくてもよくなるだろう。
「何か、条件があるのならば、付けてもいい」
条件と言われ、エルはもっとも困っていることを挙げてみた。
「王都に滞在する間、ここで、下宿することは可能?」
「下宿、か?」
「うん。掃除洗濯、炊事、なんでもするから」
フーゴがいてもいなくても、住む場所が必要だ。もう、生まれ育った森には帰れないのだから、新しい家が必要となる。
幸い、イングリットは善人で、ここの家は手入れをする者が必要な状態だ。
イングリットにとっても、悪い話ではないだろう。
「私だけじゃなくて、妖精のヨヨと精霊のネージュもいるんだけれど、ダメ?」
「いや、ダメじゃない」
イングリットは即答だった。




