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少女と猫とお人好しダークエルフの魔石工房  作者: 江本マシメサ
第一部 少女はダークエルフと出会う
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少女はダークエルフの話を聞く その二

「料理が冷めない保温魔石鍋、食材を冷やして保管する保冷魔石庫、井戸に行かずとも水を調達できる魔石水道と、私が考えた魔技巧品は次々商品化し、飛ぶように売れたらしい。ジェラルドは大喜びで、私を褒めたたえた。その時は、それで満たされていたんだ。でも──」


 ある時、違和感を覚えた。

 だんだんと暮らしが派手になるジェラルドは、工房に立ち寄らなくなったのだ。毎晩遊んで歩き、高額の買い物も繰り返していたらしい。

 一方で、イングリットの生活は変わらないまま。工房の二階で質素な暮らしをしていた。

 そんな中で、新しく入った助手が、イングリットに聞いてきたのだ。

 金を使っていないようだが、いったいどれだけの大金を貯め込んでいるのかと。


「私は、月に銅貨を三十枚貰っているだけだった。銅貨三十枚でも、少女時代の私の感覚からしたら、大金だった。しかし、新しく入った助手は、それだけしか貰っていないと聞いて、目を極限まで見開いて驚いていたんだ」


 その時初めて、イングリットは低い賃金で馬車馬のように働いていたことを知らされた。


「私の働きは、月に金貨五十枚もらっても、足りないくらいだったらしい。それ以上の大金が、工房に入っていたんだ」


 騙され、不当な扱いを受けていたことに気づいたイングリットは、すぐにジェラルドを糾弾した。


「けれど、奴は言ったんだ。最初に権利を主張しなかった私が悪い、と」


 イングリットは五年間、ジェラルドの工房で働いていた。その間に、ジェラルドは生涯遊んで暮らせるほどの財産を築いていたようだ。

 金が欲しいわけではなかった。一言、謝ってほしいだけだった。

 それなのに、イングリットは「金の亡者だ」と罵られ、周囲から白い目で見られる。

 誰も、イングリットの味方になってくれなかった。


「もう、何もかもバカバカしいと思って、工房を飛び出したんだ。誰も止めなかったよ」


 その当時、すでにたくさんの魔技巧士を雇っていた。その中で、他にも売れ筋商品を生み出す者もいたため、イングリットは必要ないと判断されたのだろう。

 それから、イングリットは王都を飛び出す。二十一歳の時から、四年間は冒険者として各地を転々と旅していた。


「一人でギルドの依頼をこなしていたんだ。まずは、地味な薬草探しから始まって」


 いなくなった猫探しに、落とし物探し、魔法薬作りに魔物討伐、迷宮の宝さがしに貴族の護衛と──さまざまな仕事をこなしていた。


「狩猟で培った弓矢が、魔技巧士の技術が、冒険に役立つとは思わなかったよ」


 イングリットの武器は、魔法の弓矢である。火や風を付加した矢を放ち、魔物を狩るのだという。


「魔法の弓矢、初めて聞く」

「そうだろう? 私が考えたんだ」


 旅する中で、イングリットは心躍るものを目にした。


「それは、異世界の勇者が迷宮に残したらくがきだ」


 旅の途中、自分の世界にある品々を、剣で地面に描いていたのだ。それが、現代にも残され、迷宮内での名所となっている。


「それが何か、説明文も書かれているのだが、異世界語なので何のことだか判明していないらしい。私は、それを独自に解析して、魔技巧品として作りたいと思ったのだ」


 イングリットは王都に戻って、どこかに工房を借りて研究を始めることにした。

 以前勤めていた工房を辞めてから四年経っていた。


「久々に王都に戻ったら、いけ好かないジェラルドの工房の経営が傾いていたんだ」

「あなたがいなくなったから?」

「さあな。でもまあ、とにかくざまあみろと思った」


 イングリットは心置きなく研究にいそしんでいたが、一年後に思いがけない事態となった。


「ジェラルドの工房から、私が過去に提出していた設計図をもとに、ある商品の開発を成功させ、製品化された商品が、貴族の間で大ヒットしたんだ」

「それは、どんな魔技巧品だったの?」

「魔石車だ」


 イングリットが魔石車を考えたのは、十年前。当時の技術では、制作費がかかりすぎる上に売れないだろうと判断されたのだ。

 それを、引っ張り出してきて商品化したところ、大ヒットしたらしい。


「もう、わけがわからなかった。私の考えた魔技巧品が、知らないうちに売れまくっていたからさ」

「それで、何か文句を言いに行ったの?」


 イングリットは首を左右に振る。


「ジェラルドと話すのも、バカバカしい。だが、まったく悔しくなかった、と言ったら噓になる。私の感情は、裏切られた時に死んでいたのかもしれない」


 魔石車の流行を見ない振りをしながら、イングリットは自分の研究に打ち込んでいた。

 そして、苦労の末に完成したものの、今度は別の問題が発生する。


「勇者がのこした異世界の魔技巧品は、普通の魔石では起動させることができなかったのだ」


 さまざまな魔石で試したものの、どれを使っても反応しない。

 調べた結果、質のいい魔石でないと、発動できない構造になっていたことが明らかになる。


「あんたの魔石ならば、勇者の魔技巧品が起動するかもしれないんだ!」

「動いたら、いいけれど」


 ここで話が一段落した。エルは採掘した魔鉱石をイングリッドへ差し出した。


「これ、採れたよ」

「まじか……! あ、あんた、本当にすごいな。本当に、採れるなんて」

「すごく、質がいい魔鉱石だね」

「そうだろう?」


 イングリットは魔鉱石を見つめたまま、動こうとしない。


「ねえ、魔技巧品、見せて」

「あ、ああ。そうだったな」


 完成した魔技巧品は、二階にあるらしい。

 イングリットに誘われ、エルは二階へと上がっていった。

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