少女はダークエルフの話を聞く
「驚いたな。あんたみたいな女の子が、魔石技士をしているなんて」
「魔鉱石の発掘もしていたけれど」
「は? 魔鉱石の発掘もか? だったら、岩の塊から、魔鉱石を採ることができるのか?」
「できるけれど」
魔鉱石の発掘は、特別な技術が必要だ。
岩の中の魔鉱石の存在を感じ取り、自らの魔力を流し込んで場所を把握する。そして、ハンマーとタガネを使って少しずつ岩を削る。
魔鉱石は繊細で、傷つけると魔石として加工できないのだ。
そのため、魔鉱石の採掘は誰にでもできるわけがなく、その技術も職人の間で守られている。
エルが魔鉱石の採掘ができると分かるや否や、イングリットは立ち上がり、奥の部屋へと消えて行った。一分後、荷車に乗せた岩を運んでくる。
「この、岩の中の、魔鉱石を、採ってみて、くれないか? 採れたものは、もらっても、いいから」
「うん。いいけれど」
エルの半身ほどの岩に、手を添える。中にある魔鉱石の存在を感じ取った。
「あ、これ、すごい魔鉱石が眠っている」
「そうだろう? そう思って持ち帰ったのはいいが、魔鉱石を採掘する技術がなくて、そのまま五年ほど放置していたんだ」
魔鉱石を採掘してくれと職人に頼み込んだが、誰も受けてくれなかったという。
「けっこうな金を積んだんだがな。無理だった」
「どうして、無理だったの?」
「私がダークエルフだからさ。物語に出てくる悪いダークエルフの印象が先行して、まともに話を聞いてくれない奴もいる。それだけならまだいい。店の入店を断られた時は腸が煮えくり返りそうだった」
ダークエルフの印象は人が創作で作ったものである。実際のダークエルフは、悪い存在ではないのだろう。
エルも物語の印象を信じていたが、イングリットは悪い性質を持っていない。むしろ、善良なほうだろう。
「人だって、いい人ばかりではないのに」
「そうなんだよ。私は、悪いダークエルフじゃないっての!」
お気の毒に……。そんなことを思いながら、魔鉱石を採掘する。
岩にタガネを当て、ハンマーでトントンと叩いた。エルにはだいたい魔鉱石がどの辺にあるのかわかるが、イングリットにはさっぱりらしい。
「最近、魔鉱石も高騰していて、それに伴って魔石の値段もバカみたいに値上がりしているんだ。下町の人間は、ほとんど魔石を買えていない」
「魔石車が流行っているから?」
「そうだよ。まったく、バカな品物だ。あんなの、なくなればいいのに!!」
魔石を大量に消費する魔石車は、貴族の道楽の象徴だという。使用した際に排出されるガスも、問題になっていた。
「改良とか、できないの?」
「魔石車を、か?」
「そう。魔石の使用は最小限にして、排気ガスもでないようにするの。大きな工場を作って大量生産して、一台当たりの制作費を抑えて、みんなが乗れるようにするの」
「魔石車を、誰もが乗れる物として普及させる?」
「うん」
具体的に、どのような魔法式を使い、どのような構造で作るという着想はない。エルはただ、思ったことを話しただけだ。
イングリットにバカにされると思っていた。しかし、彼女はエルの考えを否定しなかった。
「いいな、それ」
「え?」
「え? って、あんたが言い始めたんだろうが」
「そうだけれど。同意してもらえるとは思わなかったから」
コンコンコンと、ハンマーでタガネを打つ音だけが部屋に響く。
沈黙を破ったのは、イングリットだった。
「私は家族が多くて、驚くほど貧乏で、毎日働いてばかりだった」
掃除、洗濯、炊事に狩り、それから名もなき家事に追われる毎日だったという。
そんな中で、イングリットは生活費が少しでも安くなるように、独自の魔技巧品を作っていた。
「まあ、手慰みというか、楽しみでもあったのかもな」
同じ集落で生まれても、人は平等ではない。イングリットには、年頃の娘達はしているように、川で丁寧に髪を梳る時間すらなかったのだ。
「だからさ、髪を梳る時間を作りたくて、家事を短縮できる魔技巧品を作ったんだ」
結果、イングリットは同じ年頃の娘達と川に行く時間ができた。
これで、同じようにきれいになれる。そう思っていたが、他の娘は真珠のような爪に、絹のような髪を持っていた。
一方のイングリットは、ほとんど手入れしていないや爪や髪は荒れていて、恥ずかしくなる。
「彼女達は、何年も何年もかけて、きれいな髪や爪を維持していたんだ。いまさら、それと同じくらいきれいになるなんて、無理だということはわかっていたよ」
やはり、人は平等ではないのだ。イングリットは深く絶望したように話していた。
「ある日、若い人間の男がフェルメータの森に迷い込んできたんだ。遺跡を捜していた最中だったらしい。ひどく憔悴していて、うちで保護してやったんだが、最初はダークエルフだと怖がっていてな」
魔王の手先であるダークエルフが悪逆非道を繰り返した物語が大流行したあとだったようで、ありえないくらい怯えていたようだ。
「髭だらけで、水浴びも何日もしていないくらい汚れていて、今にも死にそうだった。しかしまあ、しばらく過ごすうちに元気になって、それから、打ち解けて……」
その男の名は、ジェラルド・ノイマー。貴族の依頼を受け、遺跡を捜している中でダークエルフの森へと迷い込んでしまったようだ。
そんな療養中のジェラルドの世話はイングリットの仕事だった。当時十六歳だったイングリットは、誠心誠意世話をした。
「ジェラルドは私が作った魔技巧品を素晴らしいと絶賛してくれたんだ。私は、それが嬉しかった」
家族からは「また、しょうもない物を作って」と言われていたが、ジェラルドは認めてくれた。イングリットにとって、これ以上嬉しいことはなかったのだという。
「怪我が完治したジェラルドに、私は誘われたのだ。王都に行って、仕事の助手をしてくれないか、と」
イングリットはすぐに頷き、生まれ育った森を出ることを決意した。
「家族は猛反対だった。騙されて、傷つけられて終わりだと言っていたが、少女時代の私には何一つ響いていなかった」
ジェラルドと共に王都に行ったイングリットは、新しい暮らしを始める。
都会での生活は戸惑うことも多かった。ダークエルフというだけで、畏怖の目を向けられることもあった。
そういう時は、ジェラルドがイングリットを庇ってくれたのだ。
「私は、ジェラルドが始めた魔技巧士の工房で助手をすることとなった。とはいっても、作業をするのはすべて私。ジェラルドは金を出すだけだったが、当時の私はなんの違和感を覚えることもなく、せっせと働いていた」
一年後、イングリットが考案した魔技巧品が製品化する。
それは、瞬く間に人気商品となった。
「私は自分の魔技巧品が売れまくっていることに浮かれて、大事なことを失念していた」
「もしかして、商品の権利はあなたになかったの?」
「そうだ」




