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少女と猫とお人好しダークエルフの魔石工房  作者: 江本マシメサ
第一部 少女はダークエルフと出会う
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少女はダークエルフと茶会をする

 ネージュとヨヨは部屋の隅に身を縮めて座っていた。自分達で空いている場所を確保していたようだ。

 エルは今まで見たことがない雑然とした部屋の中で、不思議に思う。

 物語の中で、「散らかっていますが、どうぞ」と言って家に招くのは、謙遜の意味合いが強いと書かれてあった。実際に、散らかっている場合はほとんどない。

 しかし、「散らかっているが、遠慮なくあがってくれ」と言ったイングリットの部屋は、実際に散らかっていた。

 一般的な謙遜は、ダークエルフの森で育ったイングリットには当てはまらないのかもしれない。

 そんなことを考えつつ、エルは魔法鞄の中から茶を選ぶ。何がいいのか。夜だから、興奮作用である茶素が少ないものがいいだろう。森で採った林檎草で作った茶に決めた。

 林檎草茶は心を落ち着かせる効果がある。いまだ、傭兵らしき男に追い駆けられた名残か、胸がドキドキしていた。今のエルに必要な茶でもあるだろう。


 林檎草茶が入った瓶、魔石ポット、カップ、ソーサー、茶菓子と鞄の容量以上の品々を取り出すと、イングリットが身を乗り出して魔法鞄を覗き込んできた。


「なんだ、それ!?」

「鞄」

「それはわかるけれど、何か特別な魔法がかけてあるだろう?」

「もらい物だから、よくわからない」


 何か聞かれた時は、こういうふうに答えるに限る。モーリッツ独自の魔法鞄なので、詳細を聞かれても説明できないし、同じ品は二度と手に入らないからだ。


 魔法鞄に興味津々なイングリットは無視して、魔石ポットで湯を沸かすことにした。

 二段重ねになったポットの一段目に火の魔石を入れ、二段目に水の魔石から作った水を注ぐ。瞬時に湯が沸いた。


「ちょっと待て。なんだ、それは!?」

「魔石ポットだけれど」

「これは、すごい。魔石の力を制御して、一瞬で湯が沸く温度を作り出しているのか! 一見して単純なように見えて、すさまじい技術がこもった魔技巧品だ!」

「……」


 どうやら、魔石ポットは実用化されていないようだ。エルは内心「しまった」と思う。

 何やらイングリットが続けざまに質問をしていたが、無視して林檎草茶を淹れる。

 ティーカップに注ぐと、ふんわりと甘い香りが漂った。

 茶菓子は秋に拾った木の実で作ったケーキ。皿を用意したら洗わないといけないので、ティーカップの縁に置く。そうすると、ケーキは温まっておいしくもなる。

 エルの手抜き技術でもあるのだ。


「どうぞ」

「ああ、ありがとう」


 まず、ケーキを食べて、林檎草茶を飲む。いつもの味に、心がホッとした。


「うまいな」


 イングリットの口にも合ったようだ。

 それからしばし、静かに茶を飲んでケーキを食べるだけの時間となる。

 イングリットはエルに何も質問しない。ただ、ケーキと茶を褒めるばかりだった。

 そんな空間が、なんだか落ち着く。

 二杯目の林檎草茶を飲み干したイングリットが、本題へと移る。


「すまない。あんたの魔石について聞いてもいいか?」

「うん」


 イングリットは先ほどエルから受け取った炎の魔石を取り出した。

 魔石灯を当て、じっと見つめる。

 すると、彼女の紫色の目に光が宿る。宝石のように美しく輝いていた。

 瞳の中の宝石が輝く理由わけは、歓喜だろう。


「やはり、間違いない。これは、とんでもない高品質の魔石だ。おそらく、この魔石を作れるレベルの職人は、王都にはいないだろう。それほど、とんでもない魔石だ。込められた魔法も素晴らしいが、加工技術もかなりのものだろう。見てくれ、この魔石の濁りのない美しさ。こんなに澄んだ魔石は、見たことがない。本当に、きれいだ!」


 魔石を褒められたエルは、恥ずかしいような嬉しいような、複雑な感情が入り混じる。

 そんなエルとは裏腹に、イングリットは熱弁を続けていた。


「私の魔技巧品は、魔石の力が足りなくて、どれも動かないんだ。しかし、この魔石ならば、使えるかもしれない! 魔技巧品が動くのならば、私の研究を無謀だと嘲笑あざわらった者達を、見返すことができる!」


 イングリットは身を乗り出し、向かい側に座っているエルの手を握って懇願した。


「教えてくれ! いったいどこの魔石技士から買い付けたんだ? 私は、この魔石を作った魔石技士と、取り引きがしたい!」

「そ、それは──」

「頼む! 絶対に、口外しないから!」

「わたし」

「ん?」

「わたしが作ったの?」

「はい?」

「この魔石を作ったのは、わたし」


 エルの返事を聞いたイングリットは、大きな目をさらに大きく見開いた。


「イングリット。あなたは、わたしの魔石を買ってくれるの?」

「え、あの、本当に、あんたがこの魔石を作ったのか?」

「今、目の前で魔石を作ってみようか?」


 イングリットは口をポカンと開いたまま、コクリと頷く。


 羊皮紙を広げ、魔法陣を魔法筆でサラサラと描く。そこに、火の妖精が好む砂鉄を振りかけ、呪文をとなえた。


「──巻きあがれ、火よフォティア


 魔法陣の上に火が巻きあがったそこに、魔鉱石を入れる。

 火に炙られる魔鉱石は、みるみるうちに赤く染まっていく。裏表と裏返しながら炙ること五分ほど。水晶のように透明になり、最後に赤く色づいたら火の魔石が完成した。


「これで、信じる?」


 イングリットは、驚いた顔のままコクコクと何度も頷いた。


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