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少女と猫とお人好しダークエルフの魔石工房  作者: 江本マシメサ
第一部 少女はダークエルフと出会う
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少女はダークエルフの自宅へおじゃまする

 ダークエルフの美女は、エルの炎の魔石を見て硬直していた。

 よくよく見たら、手が震えている。


「あの、その魔石がどうかした?」

「これ、あん──いいや、ここで話すことじゃないな。近くの店、いいや、私の工房で話さないか?」

「何を、話すの?」


 ダークエルフの美女は僅かにしゃがみ、エルと視線を同じにする。そして、目をキラキラと輝かせながら言った。


「あんたの、すんごい魔石について話をしたい」

「すごい?」

「ああ、すんごい。こんなキレイな魔石、見たことがない。詳しい話を聞かせてくれ」


 初めて、モーリッツ以外から、魔石を褒められたからだ。

 嬉しくなったエルはすぐに頷きそうになったが、知らない大人に付いていってはいけないとモーリッツに言われていた。念のためヨヨに確認を取る。


『まあ、別に悪い人じゃないみたいだから、大丈夫なんじゃない?』

「そうだよね」


 エルはダークエルフの美女の誘いに頷いた。


「よし。じゃあ、一応、先に名乗っておく。私はフェルメータの森に住むイングリットだ」

「わたしは──」


 名前を言いかけて、口を閉ざす。危うく、名乗りそうになった。


「わたしは……」


 噓の名前でもいいので、名乗ればいいのに何もでてこなかった。


「あんた、魔法が使えるのか?」

「うん」

「だったら、簡単に名前を名乗れるわけがないか」


 モーリッツレベルの高位魔法使いならば、名前を把握しただけで相手を制圧できる。

 その辺の事情を察して、名乗れないことは気にするなと言ってくれた。


 一応、挨拶として手と手を握り合った。ダークエルフの美女改めイングリットは、エルの手を握ったまま歩き始める。


「あなたは、何をしている人なの?」

「魔技巧士だ」

「だったら、中央通ちゅうおうどおりに工房があるの?」

「中央通りに工房を持つ魔技巧士は、金にがめつい奴らばかりだ」

「そうなんだ」


 まっすぐ行ったら中央通りである。イングリットは脇道に逸れ、路地へと入っていく。

 王都の裏通りに魔石街灯はない。周囲は薄暗いというレベルではない。ほぼ真っ暗という中を、イングリットはズンズン迷いなく進んでいた。


『けほ、けほ、この道、空気が悪いですわ!』

『ここの通りの空気、もやっとしているねえ』


 ネージュとヨヨの言葉に、イングリットは振り返らずに言葉を返す。


「王都全体が、こんなもんだよ。私の育った森に比べたら、驚くほど空気が汚い」


 エルは魔法鞄から手巾を取り出し、口に当てた状態で歩く。

 だんだんと、路地は細く分岐は増えていった。

 十分ほど歩いた先は、王都の下町と呼ばれる場所だ。古びた木造の家が並んでいる。

 特徴といえば、四階建ての家が狭い路地を囲むように建っていること。非常に圧迫感がある。向かい合った家と家の間に紐を通し、そこに洗濯物を干していた。その様子は、エルにとって少しだけ面白いものだった。


 地面は窓から差し込む灯りに照らされ、街灯がない路地よりはだいぶ歩くやすくなっている。


「ここ、すごいね」

「労働階級が住む通りだ。一ヵ月の家賃はなんと、銅貨五枚」

「労働階級って?」

「知らないのか?」

「うん。今日、ここに来たばかりだから」


 王都には、階級と呼ばれるものがあるらしい。


「まず、王都に住む者の大半を占める労働階級、次に、全体の二割程度しか存在しない中流階級、そして、ごく少数の存在である上流階級。それらの頂点に立つのが王族だ」


 身分証の登録時に年収や財産を書き込み、どこの階級であるか振り分けがなされるようだ。ちなみに、子どもの場合は親の階級と同じになる。


「現在の法律では、同じ階級の者同士でしか結婚は認められていない。他に、労働階級が入店できない商店もある。他にもいろいろあるが、簡単にまとめたらクソみたいな決まりだ」

「大変なんだ」

「ああ、そうなんだよ」


 そんな話をしているうちに、イングリットの工房に辿り着く。二階建てで、今にも傾きそうなボロ家だった。


「ここが私の工房だ」


 そう言って、イングリットは扉の取っ手に手をかけたが、なかなか開かない。


「鍵、かかっているんじゃないの?」

「いいや、侵入者除けの魔法はかけてあるが、鍵はかけていない」


 何度か引いたり押したりを繰り返していたが、最終的には扉を蹴って開けていた。

 扉は少し傾いてしまっているらしい。老朽化による弊害だと。


「散らかっているが、遠慮なくあがってくれ」

「おじゃまします」


 ギイと、重たい音を鳴らしながら扉は開かれる。

 イングリットが呪文を発したら、部屋がパッと明るくなった。天井と窓、床と、置かれていた魔石灯が一斉に点灯したのだ。

 通常、魔石灯を使う際は、火の魔石を発動させて角灯に入れなければならない。


「呪文を発しただけで点灯するなんて、便利」

「これは、私の発明品なんだ。ものぐさ研究院の学者を中心に売れている」

「へえ、そうなんだ」

「でもまあ、売れるっていってもそれくらいだな」

「どうして?」

「貴族の家では、使用人を大勢雇うことをステータスとしている。そんな中で、雇い過ぎた使用人には仕事がない。そんな使用人は、魔石灯を点けたり消したりする仕事と、角灯の管理を任せるんだと」

「無駄」

「貴族は無駄が好きなんだよ」


 一般的な家庭では、魔石灯を点けたり消したりするのは小さな子どもの仕事らしい。魔石に触れさせて、将来困ったことにならないよう、使い方を覚えさせるのだとか。


「そんなわけで、私の開発した自動魔石灯は需要がないわけだ」

「便利なのに」

「まったくだよ」


 イングリットのあとに続き、部屋の中へと足を踏み入れる。

 入ってすぐ部屋になっていて、奥に階段と扉が見えた。

 テーブルの上には何かの設計図が書かれた羊皮紙が広げられ、よくわからない部品が散乱している。床には破られた設計図に、広げられたまま置かれた本、工具など、足の踏み場がないくらい物が散乱していた。


「じゃあ、その辺に座っていてくれ。何か、飲み物でも」

「どこに座るの?」


 長椅子がないのは当たり前として、座ることができる隙間は空いていない。

 エルは真面目な顔で問いかけた。


「あ、いや、そうだな。すまない」


 イングリットは椅子の上にあった本を撤去し、座れるようにした。


「あとは、茶でも発掘・・してくるから」


 発掘という言葉が、エルの中で引っかかる。いつも淹れていないから、どこに茶があるのかわからないのだろう。

 果たして、それは飲んでも大丈夫な茶なのか。エルは恐ろしく思った。


「あの、お茶はわたしが淹れるから」

「いいのか?」

「うん。なんか、怪しいお茶を淹れそうだから」


 失礼な発言であったが、イングリットは何も言わない。心当たりがあったのか、明後日あさっての方向を見ていた。


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